桔梗の花咲く庭

岡智 みみか

文字の大きさ
上 下
47 / 86
第10章

第7話

しおりを挟む
晋太郎さんが水をやっているのを見かけた。

力仕事は頼みなさいと言われたけど、自分でやらないと意味の無いような気がする。

あの人はお義父さまの部屋で、囲碁を始めたばかりだ。

どうせなら気づかれないうちに、こっそりとやってしまいたい。

土間へ戻る。

手桶とひしゃくを見つけると、井戸へ走った。

桶にいっぱいになるまで水を汲み、庭へ戻る。

ひしゃくでそれをまくと、あっという間に水はなくなった。

もう一往復、あともう一回。

一度にまける水の量はわずかだ。

これで終わりにしよう、これで最後だを何度も繰り返し、庭の八割までまけた。

せめてもう一回だけ……。

なみなみと汲んだ桶から、歩くたびに水がこぼれ落ちていた。

そこに出来たぬかるみに気づかず、ふっと足を滑らせる。

「きゃあ!」

転んだ勢いで尻餅をついた。

悲鳴を聞きつけた奉公人たちが飛び出してくる。

「志乃さま、大丈夫ですか!」

助け起こされた小袖は泥だらけで、ひねった足には痛みが走る。

騒ぎを聞きつけやって来た晋太郎さんは、すっかり呆れた顔で見下ろした。

「何事です」

泥だらけになった私を見て、ため息をついた。

「まさか庭に水やりを?」

「自分で……、やりたかったのです」

「水やりをですか?」

またため息をつかれた。

「つい二、三日前にも、雨は降ったばかりですよ。そんな必要はありません」

「ですが私は!」

立ち去ろうとしたその人は、振り返った。

「なんですか?」

「……何でもありません」

奉公人に助け起こされ、運ばれる。

足を引きずっているのを見られ、お義母さまにまで「今日は一日休んでいなさい」と言われてしまった。

泥のついた小袖は洗濯するからと、身ぐるみまではがされ、襦袢だけにされてしまう。

雨が降っていたかなんていちいち覚えてないし、ましてや庭の水やりだなんて、今まで一度もやったことはない。

実は料理だって裁縫だって掃除だって、嫁入り前にはほとんど手伝ってこなかった。

何もかも好き好んでやりたいフリしてやってるわけじゃないのに……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

戦国の華と徒花

三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。 付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。 そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。 二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。 しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。 悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。 ※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません 【他サイト掲載:NOVEL DAYS】

百代の夢幻

蒼月さわ
歴史・時代
源九郎義経は軍勢に囲まれて今まさに短い生涯を終えようとしていた。 その間際に昔の記憶が甦っては消えてゆく。 自害しようとする義経の前に現れたのは、怪異だった…… 夢と現が重なりあう。 誰が見ているのだろう。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...