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第6章
第2話
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「カブとダイコンが煮えました。後はどうすればいいですか?」
「ざるにあげて、湯切りしてちょうだい」
お義母さまはぬか漬けに夢中だ。
鍋の野菜は、こぽこぽと泡と一緒に踊っている。
この後にもまだまだ、しなければならない作業は山積みだ。
奉公人たちもそれぞれに、忙しく働いている。
私は鍋の取っ手をつかんだ。
「あっつ!」
勢いでうっかり持ち上げた鍋の取っては、皮膚まで溶かすように熱い。
「あっ、あ……」
足元がよろける。
重たいうえに熱い!
だけどここで手を離してしまったら、鍋の中身が台無しだ。
「鍋敷きを用意なさい」
大きな手がひょいと伸びて、私から鍋を取り上げた。
「あ、熱いですよ!」
「そこでよいでしょう。危ないので、小松菜をどけてください」
「ふ、布巾で持たないと!」
晋太郎さんは、ため息をついた。
「そう思うのなら、早く鍋敷きを出してくれませんか。なんならそこの、布巾でもいいです」
慌てて板の間に布巾を広げ、思い直してそれを畳む。
「早くここに……」
「小松菜」
山と積まれたその束を抱えて持ち上げると、その人はようやく鍋を布巾に置いた。
「あ、熱くはないのですか?」
「熱いですよ」
義母の呼ぶ声が聞こえる。
晋太郎さんは行ってしまった。
ざるの山を運ぶ手伝いをするよう言われている。
「あ、これを使いますか?」
持ち上げた山のうちから、その一つを差し出す。
私はそれを受け取った。
「早く湯から出さないと、冷ますのに時間がかかりますよ」
ざるの山を抱えたまま、その人は外に干すため土間を出て行く。
とり残された私は、呆然と見送った。
この手はまだじんじんと痛むのに、あの人は何ともないのだろうか。
すごく熱かったよ?
あの人にしたって、熱くなかったわけでは決してないだろうに……。
大きなさじで、鍋の中身をすくう。
まだ湯気の立ち上る大根をざるに移した。
その人は庭先の縁側に座って、作業を眺めながらぼんやりとスルメをかじっている。
その姿を見ただけで、なぜだか急に恥ずかしさがこみ上げてきて、大根の一切れを落っことしそうになる。
夜になって、その人は部屋にやってきた。
「手を見せてください」
私にはどうしても、確認しておかなければならないことがある。
「まだ起きていたのですか?」
「手を……見せてほしいのです」
行燈の薄明かりの中で、ムッと顔をしかめたその人は、渋々と正面に腰を下ろした。
「ざるにあげて、湯切りしてちょうだい」
お義母さまはぬか漬けに夢中だ。
鍋の野菜は、こぽこぽと泡と一緒に踊っている。
この後にもまだまだ、しなければならない作業は山積みだ。
奉公人たちもそれぞれに、忙しく働いている。
私は鍋の取っ手をつかんだ。
「あっつ!」
勢いでうっかり持ち上げた鍋の取っては、皮膚まで溶かすように熱い。
「あっ、あ……」
足元がよろける。
重たいうえに熱い!
だけどここで手を離してしまったら、鍋の中身が台無しだ。
「鍋敷きを用意なさい」
大きな手がひょいと伸びて、私から鍋を取り上げた。
「あ、熱いですよ!」
「そこでよいでしょう。危ないので、小松菜をどけてください」
「ふ、布巾で持たないと!」
晋太郎さんは、ため息をついた。
「そう思うのなら、早く鍋敷きを出してくれませんか。なんならそこの、布巾でもいいです」
慌てて板の間に布巾を広げ、思い直してそれを畳む。
「早くここに……」
「小松菜」
山と積まれたその束を抱えて持ち上げると、その人はようやく鍋を布巾に置いた。
「あ、熱くはないのですか?」
「熱いですよ」
義母の呼ぶ声が聞こえる。
晋太郎さんは行ってしまった。
ざるの山を運ぶ手伝いをするよう言われている。
「あ、これを使いますか?」
持ち上げた山のうちから、その一つを差し出す。
私はそれを受け取った。
「早く湯から出さないと、冷ますのに時間がかかりますよ」
ざるの山を抱えたまま、その人は外に干すため土間を出て行く。
とり残された私は、呆然と見送った。
この手はまだじんじんと痛むのに、あの人は何ともないのだろうか。
すごく熱かったよ?
あの人にしたって、熱くなかったわけでは決してないだろうに……。
大きなさじで、鍋の中身をすくう。
まだ湯気の立ち上る大根をざるに移した。
その人は庭先の縁側に座って、作業を眺めながらぼんやりとスルメをかじっている。
その姿を見ただけで、なぜだか急に恥ずかしさがこみ上げてきて、大根の一切れを落っことしそうになる。
夜になって、その人は部屋にやってきた。
「手を見せてください」
私にはどうしても、確認しておかなければならないことがある。
「まだ起きていたのですか?」
「手を……見せてほしいのです」
行燈の薄明かりの中で、ムッと顔をしかめたその人は、渋々と正面に腰を下ろした。
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