53 / 62
第15章
第4話
しおりを挟む
彼らの記憶に僕が残るのなら、僕はここに来た意味があったと思う。
岸田くんが順位5位から4位に取り戻した。
彼の指先が壁に触れるのを確認してから、僕は飛び込む。
沈んだ体を、すぐに浮き上がらせた。
海にいたころは、僕にとって泳ぐことは何の意味もないことだった。
だけどそこに意味を与えてくれた地上の仲間たちに、僕は感謝している。
そのためにだったら、僕は彼らのルールで、いくらでも速く泳ごう。
それが僕の出した答えだ。
ターンを決め、すぐに復路に入る。
約束通り、ぶっちぎりの一位で泳ぎ切った。
3分18秒52。
やっぱり『NEW』の文字。
次の最終組にもこの記録を超えるチームは現れず、僕たちは最後の競技の、優勝カップを手に入れた。
引退試合となったこの大会が終わると、みんなは写真を撮ったり抱き合ったりなんかして、僕もその中に入れてもらう。
スマホとか持ってないって言ったら、後で画像をプリントして渡してくれるって、他の部員から言われた。
解散が告げられ、みんなはそれぞれ自分の場所に帰っていく。
僕はみんなから離れたところで、置いてあった鞄を持ち上げた。
「なぁ、宮野!」
一人で帰ろうとしていた僕に、岸田くんが近づいてくる。
「あ、あのさ。お前、これからも水泳は続けるんだろ?」
彼はもう、僕とケンカしていたことは、忘れてしまったみたいだ。
僕はそんな岸田くんを、かわいいと思うと同時に、うらやましくも感じる。
だけどもう、僕に選択肢はない。
「どうすればお前みたいに泳げるようになるのか、本気で教えてほしい」
「大丈夫。僕はもう泳がないよ。クロールもバタフライも、他の泳ぎも全部。この大会でお終い。だから、もう僕にマネされるとか、そんな心配しなくていいよ」
「は? なんだそれ。つーか泳がないって、どういうこと?」
彼が驚いたことの方に、僕は驚く。
「俺は、お前に負けたことが悔しかったんじゃない。いや、それはそうなんだけど、何て言うか……。水泳は続けろよ!」
「はは。それが出来ればよかったんだけど」
今の僕の手は、人間の手のように見える。
まるで本当に二本の足になったかのような、足元に目を落とす。
「僕はどうやら、人間にはなれなかったみたいだ。だからもうすぐ、海に帰らなくちゃいけない」
「は? ちょっと待て。お前、人間になったんじゃなかったのか?」
彼の顔色が変わった。
「だって、奏と付き合ってただろ。キスもしてたし」
岸田くんの手が、僕の腕を掴む。
「だけど、僕の魔法は解けなかった。奏は僕のことをどう思ってたのかは知らない。だけど僕の方が、本当の意味で奏を好きじゃなかったみたいだ」
「どういうこと?」
「難しいんだ。人間になるって。僕も人間みたいに、誰かと簡単にキスが出来ればよかった」
夏の終わりの太陽が、会場となっていたプール前広場を照らす。
僕は岸田くんにそっと微笑むと、彼の手から離れ、人間の群れの中を歩き出す。
この世界がオレンジ色に染まってゆくのを、僕はあと何回見ることが出来るだろう。
あと何回電車に揺られ、バスに乗り、学校へ通えるのだろう。
そういえば、僕は2月に海を出て以来、一度も海を見ていない。
そのことに気づいた時、僕は海へ行こうと思った。
岸田くんが順位5位から4位に取り戻した。
彼の指先が壁に触れるのを確認してから、僕は飛び込む。
沈んだ体を、すぐに浮き上がらせた。
海にいたころは、僕にとって泳ぐことは何の意味もないことだった。
だけどそこに意味を与えてくれた地上の仲間たちに、僕は感謝している。
そのためにだったら、僕は彼らのルールで、いくらでも速く泳ごう。
それが僕の出した答えだ。
ターンを決め、すぐに復路に入る。
約束通り、ぶっちぎりの一位で泳ぎ切った。
3分18秒52。
やっぱり『NEW』の文字。
次の最終組にもこの記録を超えるチームは現れず、僕たちは最後の競技の、優勝カップを手に入れた。
引退試合となったこの大会が終わると、みんなは写真を撮ったり抱き合ったりなんかして、僕もその中に入れてもらう。
スマホとか持ってないって言ったら、後で画像をプリントして渡してくれるって、他の部員から言われた。
解散が告げられ、みんなはそれぞれ自分の場所に帰っていく。
僕はみんなから離れたところで、置いてあった鞄を持ち上げた。
「なぁ、宮野!」
一人で帰ろうとしていた僕に、岸田くんが近づいてくる。
「あ、あのさ。お前、これからも水泳は続けるんだろ?」
彼はもう、僕とケンカしていたことは、忘れてしまったみたいだ。
僕はそんな岸田くんを、かわいいと思うと同時に、うらやましくも感じる。
だけどもう、僕に選択肢はない。
「どうすればお前みたいに泳げるようになるのか、本気で教えてほしい」
「大丈夫。僕はもう泳がないよ。クロールもバタフライも、他の泳ぎも全部。この大会でお終い。だから、もう僕にマネされるとか、そんな心配しなくていいよ」
「は? なんだそれ。つーか泳がないって、どういうこと?」
彼が驚いたことの方に、僕は驚く。
「俺は、お前に負けたことが悔しかったんじゃない。いや、それはそうなんだけど、何て言うか……。水泳は続けろよ!」
「はは。それが出来ればよかったんだけど」
今の僕の手は、人間の手のように見える。
まるで本当に二本の足になったかのような、足元に目を落とす。
「僕はどうやら、人間にはなれなかったみたいだ。だからもうすぐ、海に帰らなくちゃいけない」
「は? ちょっと待て。お前、人間になったんじゃなかったのか?」
彼の顔色が変わった。
「だって、奏と付き合ってただろ。キスもしてたし」
岸田くんの手が、僕の腕を掴む。
「だけど、僕の魔法は解けなかった。奏は僕のことをどう思ってたのかは知らない。だけど僕の方が、本当の意味で奏を好きじゃなかったみたいだ」
「どういうこと?」
「難しいんだ。人間になるって。僕も人間みたいに、誰かと簡単にキスが出来ればよかった」
夏の終わりの太陽が、会場となっていたプール前広場を照らす。
僕は岸田くんにそっと微笑むと、彼の手から離れ、人間の群れの中を歩き出す。
この世界がオレンジ色に染まってゆくのを、僕はあと何回見ることが出来るだろう。
あと何回電車に揺られ、バスに乗り、学校へ通えるのだろう。
そういえば、僕は2月に海を出て以来、一度も海を見ていない。
そのことに気づいた時、僕は海へ行こうと思った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
草食系なんて言わせない
こつぶ
恋愛
高校二年生の後輩君が憧れの先輩に恋する話。
好きな人が近くにいるだけで何でもできる気がする。
本当はガツガツ行きたい系男子。
解き放たれたが最後。(笑)
こんな男子今時いるのか?…いや、いて欲しい。
Sな年下好きさんに。
サラッと読める、甘めストーリー。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
ココロハコブ
江上蒼羽
恋愛
平成25年に作成した作品の為、内容は古めです。
私が愛して止まないバンドの同名曲を題材に物語を作ってみました。
意地を張ったり、強がったりするのは簡単。
だけど素直になるのって、なかなか難しい…
会いたいーーー…
たった4文字の言葉が言えなくて。
H25.2/17 作成
H31.3/21 ~公開
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
願わくは、きみに会いたい。
さとう涼
ライト文芸
挫折してしまった天才スイマーのナギと、ある偶然がきっかけで親密な関係になる千沙希。
けれどそれはカレカノの関係とは違うものだった。
それでも密かに恋心を募らせていく千沙希はナギが競泳選手として復活するのを静かに見守り続けていた。
(画像は「NEO HIMEISM」様よりお借りしています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる