3 / 50
第1章
第3話
しおりを挟む
お姉さまは純白の衣装に、波打つ金色の髪を毅然となびかせる。
「いいのよルディ。リシャールさまも、妹を許してやってください」
「もちろんですとも。エマさまにお願いされては、断る理由もございません」
紅い目が礼儀的にでも微笑んだのを見届けると、マートンはひざまずき、私に向かって手を差し出した。
「えっ。よ、よろしい……ですの?」
マートンがダンスに誘ってくれた? 本当に?
「もちろんだよルディ。僕と踊ってくれるかい?」
マートンが一番に私をダンスに誘ってくれるのは、初めてだ。
本当なら今すぐにでも飛びついて大はしゃぎしたいけど、今はその気持ちをぐっと堪える。
「マ、マートンは……、本当に私でよろしくて?」
「もちろん。僕がルディと踊りたいから誘ってるんだ」
彼の深く落ち着いた緑の目が、私を見上げる。
マートンが私をダンスに誘ったことを見届けると、お姉さまはリシャールと踊り始めてしまった。
ずっと憧れていた彼の手に、恐る恐る手を伸ばす。
それが重なった瞬間、マートンは力強く私を引き上げた。
「はは。これくらいのことで取り乱して落ち込むなんで、ルディらしくないじゃないか。いつもの元気なルディさまはどうした?」
「だって今日は、マートンとの……」
婚約発表をするつもりだったのに。
まだそのことを知らない彼に、私から話すわけにはいかない。
「お姉さまは、マートンと一番に踊りたかったんじゃない?」
「エマがこんなことで、誰かに腹を立てたりすると思う? ダンスの順番なんて、気にするようなことでもないさ」
それはそうかもしれないけど、慣習として最初にダンスを踊るのは、パーティーの主催者と、その出席者の中で一番身分が高い人と決まっている。
第一王子である彼がお姉さまと踊るのは、だから間違ってはいない。
それでもお姉さまの気持ちを考えると、マートンと踊りたかったはずだ。
音楽は流れ続ける。
他の参加者たちも、それぞれに踊り始めていた。
私はマートンの腕の中で、すっかり縮こまっている。
ごめんなさい。
二人の邪魔をするつもりはなかったの。
物心ついた頃から、マートンはエマお姉さまのものだった。
私は単なる「妹」でしかないことを、誰よりも自分がよく知っている。
このダンスの誘いだって、お姉さまとレランドの第一王子であるリシャールさまの体面を保つためだ。
二人には幸せな婚約発表を迎えてほしかったのに……。
そのお姉さまは、今はリシャール殿下と踊っている。
「マートンが私を最初にダンスに誘ってくれるのは、初めてね」
「え? そうだっけ?」
「初めてよ。だってマートンは、いつだってお姉さまが一番なんだもの」
「まぁ、そこは否定しないけどね」
クスッと微笑んだその笑顔が眩しすぎて、思わず顔を伏せる。
耳まで赤くなっていることを、どうかこの人に気づかれませんように。
「ねぇ、マートン。レランドって、どんな国なの?」
「ここブリーシュアから遙か南西にある、とても小さな国だ。いわゆる世界樹の恩恵が届かない、辺縁の土地だよ」
この世界は、世界樹によって守られている。
生きた世界樹の葉からこぼれ出るアロマが行き届く範囲だけが、魔物を生み出す瘴気を退ける。
「じゃあ人が住むのも、難しいってこと?」
「世界樹の研究が進んでいることは、ルディも知ってるよね」
「えぇ」
その世界樹と呼ばれる樹は、「聖女」と呼ばれるごく一部の素質をもつ乙女が、祈りを捧げることでしか大きく育たない。
かつては「魔力」とも「呪い」とも呼ばれていたその力が、乙女の命を削り世界樹を育てる。
聖女の位を授けられるのは、その資質を持って生まれてきた者だけだ。
「レランドは、聖女研究や保護がまだまだ進んでいない国だ。世界樹の育ちにくい土地で、聖女たちの命を削ることなく瘴気を払えないか。きっと彼がエマに会いに来た理由は、そんなところにあるんじゃないかな」
私と踊っている最中でも、彼の目はお姉さまを探し続けている。
曲の終わるタイミングで、マートンはもう一度お姉さまをいる場所を確認した。
レランドの第一王子であるリシャールは、ダンスが終わり互いにお辞儀をしたところで、聖女であるお姉さまの手を取る。
私たちはそれを横目に見ながら挨拶を交わした。
「レランドの王子も、だったら普通にちゃんと支援の申し入れをすればよろしいのに。それをこんなやり方をするなんて……」
「辺境国はレランドだけじゃないからね。そう簡単にはいかないさ。一度も枯れたことのない世界最古の世界樹を持つブリーシュアに、各国から支援の申し込みは後を絶たない」
ダンスを終えたお姉さまに、リシャールがお茶を勧めている。
その立ち居振る舞いは、どこをどう見ても完璧な王子とお姫さまだった。
「ルディ。僕はそろそろエマを助けに行くよ。きっと彼女も困っている」
マートンはついさっきまで私に添えられていた腕をあっさりと振りほどくと、突然現れたライバルの元へそわそわと近づいてゆく。
マートンにとって、多分これは初めての経験なのだ。
幼い頃からずっとお姉さまに寄り添ってきた彼にとって、自分以外の男性がお姉さまに近づくなんてことは、ありえなかった。
二人の様子が気になるのも、痛いほど分かる。
「私もお助けに参りますわ!」
それでも私だって、二人を応援する気持ちは変わらない。
お姉さまの公務が本格的に始まってしまえば、ナイトであり婚約者であるマートンとも、頻繁に会えなくなる。
どれだけ想っていたって、五つも歳の離れた彼の目に「妹」としか映ってないのなんて、十分すぎるほど知り尽くしていた。
それでも、どんな理由であっても、出来るだけ長くマートンとお姉さまの側にいたい。
大好きな二人のために、出来ることならなんだってする。
今日のために新しく仕立てたド派手な赤いドレスの裾を掴むと、現場に駆け込んだ。
マートンはお姉さまにピタリと寄り添う王子に、果敢に挑んでいる。
伯爵家であるマートンの身分を考えると、とても太刀打ち出来る相手ではない。
「いいのよルディ。リシャールさまも、妹を許してやってください」
「もちろんですとも。エマさまにお願いされては、断る理由もございません」
紅い目が礼儀的にでも微笑んだのを見届けると、マートンはひざまずき、私に向かって手を差し出した。
「えっ。よ、よろしい……ですの?」
マートンがダンスに誘ってくれた? 本当に?
「もちろんだよルディ。僕と踊ってくれるかい?」
マートンが一番に私をダンスに誘ってくれるのは、初めてだ。
本当なら今すぐにでも飛びついて大はしゃぎしたいけど、今はその気持ちをぐっと堪える。
「マ、マートンは……、本当に私でよろしくて?」
「もちろん。僕がルディと踊りたいから誘ってるんだ」
彼の深く落ち着いた緑の目が、私を見上げる。
マートンが私をダンスに誘ったことを見届けると、お姉さまはリシャールと踊り始めてしまった。
ずっと憧れていた彼の手に、恐る恐る手を伸ばす。
それが重なった瞬間、マートンは力強く私を引き上げた。
「はは。これくらいのことで取り乱して落ち込むなんで、ルディらしくないじゃないか。いつもの元気なルディさまはどうした?」
「だって今日は、マートンとの……」
婚約発表をするつもりだったのに。
まだそのことを知らない彼に、私から話すわけにはいかない。
「お姉さまは、マートンと一番に踊りたかったんじゃない?」
「エマがこんなことで、誰かに腹を立てたりすると思う? ダンスの順番なんて、気にするようなことでもないさ」
それはそうかもしれないけど、慣習として最初にダンスを踊るのは、パーティーの主催者と、その出席者の中で一番身分が高い人と決まっている。
第一王子である彼がお姉さまと踊るのは、だから間違ってはいない。
それでもお姉さまの気持ちを考えると、マートンと踊りたかったはずだ。
音楽は流れ続ける。
他の参加者たちも、それぞれに踊り始めていた。
私はマートンの腕の中で、すっかり縮こまっている。
ごめんなさい。
二人の邪魔をするつもりはなかったの。
物心ついた頃から、マートンはエマお姉さまのものだった。
私は単なる「妹」でしかないことを、誰よりも自分がよく知っている。
このダンスの誘いだって、お姉さまとレランドの第一王子であるリシャールさまの体面を保つためだ。
二人には幸せな婚約発表を迎えてほしかったのに……。
そのお姉さまは、今はリシャール殿下と踊っている。
「マートンが私を最初にダンスに誘ってくれるのは、初めてね」
「え? そうだっけ?」
「初めてよ。だってマートンは、いつだってお姉さまが一番なんだもの」
「まぁ、そこは否定しないけどね」
クスッと微笑んだその笑顔が眩しすぎて、思わず顔を伏せる。
耳まで赤くなっていることを、どうかこの人に気づかれませんように。
「ねぇ、マートン。レランドって、どんな国なの?」
「ここブリーシュアから遙か南西にある、とても小さな国だ。いわゆる世界樹の恩恵が届かない、辺縁の土地だよ」
この世界は、世界樹によって守られている。
生きた世界樹の葉からこぼれ出るアロマが行き届く範囲だけが、魔物を生み出す瘴気を退ける。
「じゃあ人が住むのも、難しいってこと?」
「世界樹の研究が進んでいることは、ルディも知ってるよね」
「えぇ」
その世界樹と呼ばれる樹は、「聖女」と呼ばれるごく一部の素質をもつ乙女が、祈りを捧げることでしか大きく育たない。
かつては「魔力」とも「呪い」とも呼ばれていたその力が、乙女の命を削り世界樹を育てる。
聖女の位を授けられるのは、その資質を持って生まれてきた者だけだ。
「レランドは、聖女研究や保護がまだまだ進んでいない国だ。世界樹の育ちにくい土地で、聖女たちの命を削ることなく瘴気を払えないか。きっと彼がエマに会いに来た理由は、そんなところにあるんじゃないかな」
私と踊っている最中でも、彼の目はお姉さまを探し続けている。
曲の終わるタイミングで、マートンはもう一度お姉さまをいる場所を確認した。
レランドの第一王子であるリシャールは、ダンスが終わり互いにお辞儀をしたところで、聖女であるお姉さまの手を取る。
私たちはそれを横目に見ながら挨拶を交わした。
「レランドの王子も、だったら普通にちゃんと支援の申し入れをすればよろしいのに。それをこんなやり方をするなんて……」
「辺境国はレランドだけじゃないからね。そう簡単にはいかないさ。一度も枯れたことのない世界最古の世界樹を持つブリーシュアに、各国から支援の申し込みは後を絶たない」
ダンスを終えたお姉さまに、リシャールがお茶を勧めている。
その立ち居振る舞いは、どこをどう見ても完璧な王子とお姫さまだった。
「ルディ。僕はそろそろエマを助けに行くよ。きっと彼女も困っている」
マートンはついさっきまで私に添えられていた腕をあっさりと振りほどくと、突然現れたライバルの元へそわそわと近づいてゆく。
マートンにとって、多分これは初めての経験なのだ。
幼い頃からずっとお姉さまに寄り添ってきた彼にとって、自分以外の男性がお姉さまに近づくなんてことは、ありえなかった。
二人の様子が気になるのも、痛いほど分かる。
「私もお助けに参りますわ!」
それでも私だって、二人を応援する気持ちは変わらない。
お姉さまの公務が本格的に始まってしまえば、ナイトであり婚約者であるマートンとも、頻繁に会えなくなる。
どれだけ想っていたって、五つも歳の離れた彼の目に「妹」としか映ってないのなんて、十分すぎるほど知り尽くしていた。
それでも、どんな理由であっても、出来るだけ長くマートンとお姉さまの側にいたい。
大好きな二人のために、出来ることならなんだってする。
今日のために新しく仕立てたド派手な赤いドレスの裾を掴むと、現場に駆け込んだ。
マートンはお姉さまにピタリと寄り添う王子に、果敢に挑んでいる。
伯爵家であるマートンの身分を考えると、とても太刀打ち出来る相手ではない。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる