上 下
17 / 40
第5章

第4話

しおりを挟む
 さっきの遠山くんの言葉を気にしているのか、彼らしくない小さな声で、自信なくつぶやく。

「そんなことないよ」

 怖いとは思ってないけど、今でも近寄りがたいとは思ってる。
浮かべた愛想笑いに、彼は凍りついていた表情をわずかに緩めた。

「鍵、俺も一緒に探すね」
「う、うん……」

 その申し出は嬉しいけど、本当は一人で探したかった。
遠山くんなら簡単に追い払えるのに、どうして坂下くんにはそれが出来ないんだろう。
やっぱり心のどこかで「怖い」と思ってるのかな。
断りたいけど断れなくて、逆に遠山くんならよかったのになぁとか思いながらも、彼の動かす手をじっと見ている。
……って、ん?

「ねぇ。持田さんはさ……。クラスの男子で、他にしゃべったりするのって……」
「あった! 自転車の鍵!」

 見つけた! 
坂下くんのすぐ足元に、赤い自転車があった! 
L字型のシルバーの鍵にぶら下げられた、色の剥がれた古いキーホルダー。
コレに間違いない!

「わぁ、本当だ。よかったね。館山さんに届けてくれば」

 嬉しい! やった! 
喜ぶ私に坂下くんはそう言ってくれた。
だけど違う。
そうじゃない。

「これね、遠山くんも探してたの」
「そっか。じゃあ遠山に渡せば?」
「ね。手、出して」

 私と同じサイズなのに、彼には小さすぎるすっかり汚れた軍手の上に、館山さんの探していた赤い自転車の鍵をのせる。

「え。なんで?」
「私は恥ずかしいから、坂下くんから渡してきて」
「恥ずかしいって、意味分かんないんだけど」
「きっと館山さんは、私からもらうより、坂下くんから渡された方が嬉しいと思うから」
「……。は? 何それ」
「だって坂下くんも、その方がいいと思うでしょ」

 私なんかよりずっと可愛くてずっと美人の彼女の方が、この人にはお似合いだと思うから。

「ねぇ、本気でそう思ってんの?」
「え?」

 不意に彼は立ち上がると、遠くでまったりと戯れていた高校生集団に向かって、大声をあげた。

「おーい。館山―!」

 その声に、学年主任と清掃を続ける彼女が、こちらを振り返る。

「自転車の鍵、持田さんが見つけてくれたぞー!」
「え! 本当に?」

 誰もが認める完璧な美少女が、スローモーションのかかったキラキラしたステップで、こちらに近づいてくる。
走る度に揺れる長い黒髪とピュアすぎる瞳は、少女漫画そのまんまだ。
大変。
坂下くんの隣で、彼女と比べられたくない。
引き立て役には慣れてるけど、今はちょっとキツい。

「じゃ、後はお二人でどうぞ」

 逃げようとした私の腕を、彼がガッシリと掴んだ。

「ちょ、なんで……」
「なぁ。俺いまめっちゃ腹立ってるんだけど、それってなんの気遣い?」
「気遣いとかじゃなくて、当然っていうか……」
「それが持田さんからの、俺への好意ってこと?」
「は? なにそれ」
「違うなら、それでいいから」

 「好意」だなんて、そんな風に受け取ってほしかったんじゃない。
私は自分の立ち位置から外れたくない。
ただそれだけ。
艶やかな髪をなびかせ、とってもかわいい館山さんが息を切らせ駆け寄ってくる。

「坂下くん。持田さんが見つけてくれたって、本当?」
「ほら」

 彼の手が掴んだ腕を離してくれない。
私と同じ軍手のはずなのに、私より小さくて華奢で可愛い彼女の手に、赤い自転車が渡る。

「えー! ホントに見つけてくれたんだ。持田さん、ありがとう」

 ねぇ、もう逃げたりしないから。
放してくれてもよくない? 
純粋な好意から向けられたキラキラな笑顔に、私はなぜか居心地悪くて、よく出来た作り笑いを浮かべる。

「いや。館山さんが、困ってたみたいだから」
「うん。嬉しい。ありがとね。これ、すごく大事なものだったの。無くしてショックだったの。見つけてくれて本当にうれしい」

 ようやく坂下くんの手が離れる。
館山さんは大喜びして、その場できゃあきゃあ飛び跳ねながらはしゃいでいる。
そんなに大事だったんだ。
このキーホルダー。
彼女にこんなに喜んでもらえるなら、見つけてよかった。
「集合―!」という先生の掛け声が聞こえた。

「もう行かなきゃ」

 助かった。二人を残し、逃げるように立ち去る。
その瞬間の、坂下くんの整いすぎた表情のない顔が、冷たく見えたのはきっと気のせいだ。
だから見なかったことにしよう。
ずっと昼寝をしていた絢奈は、ようやく起きあがりまだ重い瞼をこすっている。

「あれ。坂下くんとなにかあった? なんかこっちずっと見てるよ」
「何にもないよ。そんなのあるわけないし」
「だったらまぁ……。いいんだけど」

 学校の体育のジャージって、どうしてこんなに風通しがよくて寒いんだろう。
春先は少しでも日が傾くと、すぐに冷たい風に変わる。
逃げてきた私はジャージのファスナーを一番上まで引っ張り上げると、そこに顔を埋めて見られたくない顔を隠した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

とりあえず天使な義弟に癒されることにした。

三谷朱花
恋愛
彼氏が浮気していた。 そして気が付けば、遊んでいた乙女ゲームの世界に悪役のモブ(つまり出番はない)として異世界転生していた。 ついでに、不要なチートな能力を付加されて、楽しむどころじゃなく、気分は最悪。 これは……天使な義弟に癒されるしかないでしょ! ※アルファポリスのみの公開です。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...