9 / 9
最終話
しおりを挟む
暗闇の中に、小さな手が伸びる。
それは震える体を揺り動かした。
「またうなされておいでですか」
辺りは静かな闇に覆われていた。
尼僧は休んでいた寝所で体を起こす。
「ありがとう。助かりました」
「またあの夢にございますか」
尼僧は静かに笑みを返した。
「経を上げに参ります」
凍てついた廊下を進み、仏前に灯りを灯す。
尼僧と幼女は並んで手を合わせた。
あの夜からすでに、数年が経っていた。
「お助けください。まだ息がございます」
見るも無惨な姿の女子が、この寺に運び込まれた。
寝かされると、腫れ上がったまぶたをようやく持ち上げる。
「ここは? ここはどこにごぜぇますか?」
「安心なさい。あなたを傷つける者は、もうここにはおりませぬ」
「……。よかった……」
喰い破られた喉から、息が漏れている。
肉は削げ、骨まで見えていた。
先が長くないのは、誰の目にも明かだった。
「尼さんか。あたしは尼になるのか」
女子の頬を、血の混じった涙が伝う。
「戒名には、きっと風の字をいれておくんなせぇ。そしたらあたしは、もうどこにも縛られることなく、好きに……」
尼僧は経を上げ終わると、頭巾に隠された首筋に手を当てた。
「風信さま、夜明けにございます」
幼女の開いた扉から朝日が差し込む。
尼僧はその光に向かって、もう一度手を合わせた。
それは震える体を揺り動かした。
「またうなされておいでですか」
辺りは静かな闇に覆われていた。
尼僧は休んでいた寝所で体を起こす。
「ありがとう。助かりました」
「またあの夢にございますか」
尼僧は静かに笑みを返した。
「経を上げに参ります」
凍てついた廊下を進み、仏前に灯りを灯す。
尼僧と幼女は並んで手を合わせた。
あの夜からすでに、数年が経っていた。
「お助けください。まだ息がございます」
見るも無惨な姿の女子が、この寺に運び込まれた。
寝かされると、腫れ上がったまぶたをようやく持ち上げる。
「ここは? ここはどこにごぜぇますか?」
「安心なさい。あなたを傷つける者は、もうここにはおりませぬ」
「……。よかった……」
喰い破られた喉から、息が漏れている。
肉は削げ、骨まで見えていた。
先が長くないのは、誰の目にも明かだった。
「尼さんか。あたしは尼になるのか」
女子の頬を、血の混じった涙が伝う。
「戒名には、きっと風の字をいれておくんなせぇ。そしたらあたしは、もうどこにも縛られることなく、好きに……」
尼僧は経を上げ終わると、頭巾に隠された首筋に手を当てた。
「風信さま、夜明けにございます」
幼女の開いた扉から朝日が差し込む。
尼僧はその光に向かって、もう一度手を合わせた。
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
秦宜禄の妻のこと
N2
歴史・時代
秦宜禄(しんぎろく)という人物をしっていますか?
三国志演義(ものがたりの三国志)にはいっさい登場しません。
正史(歴史の三国志)関羽伝、明帝紀にのみちょろっと顔を出して、どうも場違いのようなエピソードを提供してくれる、あの秦宜禄です。
はなばなしい逸話ではありません。けれど初めて読んだとき「これは三国志の暗い良心だ」と直感しました。いまでも認識は変わりません。
たいへん短いお話しです。三国志のかんたんな流れをご存じだと楽しみやすいでしょう。
関羽、張飛に思い入れのある方にとっては心にざらざらした砂の残るような内容ではありましょうが、こういう夾雑物が歴史のなかに置かれているのを見て、とても穏やかな気持ちになります。
それゆえ大きく弄ることをせず、虚心坦懐に書くべきことを書いたつもりです。むやみに書き替える必要もないほどに、ある意味清冽な出来事だからです。
座頭の石《ざとうのいし》
とおのかげふみ
歴史・時代
盲目の男『石』は、《つる》という女性と二人で旅を続けている。
旅の途中で出会った女性《よし》と娘の《たえ》の親子。
二人と懇意になり、町に留まることにした二人。
その町は、尾張藩の代官、和久家の管理下にあったが、実質的には一人のヤクザが支配していた。
《タノヤスケゴロウ》表向き商人を装うこの男に目を付けられてしまった石。
町は幕府からの大事業の河川工事の真っ只中。
棟梁を務める《さだよし》は、《よし》に執着する《スケゴロウ》と対立を深めていく。
和久家の跡取り問題が引き金となり《スケゴロウ》は、子分の《やキり》の忠告にも耳を貸さず、暴走し始める。
それは、《さだよし》や《よし》の親子、そして、《つる》がいる集落を破壊するということだった。
その事を知った石は、《つる》を、《よし》親子を、そして町で出会った人々を守るために、たった一人で立ち向かう。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
愛を伝えたいんだ
el1981
歴史・時代
戦国のIloveyou #1
愛を伝えたいんだ
12,297文字24分
愛を伝えたいんだは戦国のl loveyouのプロローグ作品です。本編の主人公は石田三成と茶々様ですが、この作品の主人公は於次丸秀勝こと信長の四男で秀吉の養子になった人です。秀勝の母はここでは織田信長の正室濃姫ということになっています。織田信長と濃姫も回想で登場するので二人が好きな方もおすすめです。秀勝の青春と自立の物語です。
平治の乱が初陣だった落武者
竜造寺ネイン
歴史・時代
平治の乱。それは朝廷で台頭していた平氏と源氏が武力衝突した戦いだった。朝廷に謀反を起こした源氏側には、あわよくば立身出世を狙った農民『十郎』が与していた。
なお、散々に打ち破られてしまい行く当てがない模様。
平隊士の日々
china01
歴史・時代
新選組に本当に居た平隊士、松崎静馬が書いただろうな日記で
事実と思われる内容で平隊士の日常を描いています
また、多くの平隊士も登場します
ただし、局長や副長はほんの少し、井上組長が多いかな
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
楽しませていただきました。それにしても、タイトルが気になります。 夢野凛
ありがとうございます! まだ完結しておりません。完結までお楽しみに(,,・ω・,,)