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二十八節

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夏が始まる前の、草深い季節だ。

今が盛りと伸びる青草の波間を、背を低くして進む。

山門の辺りに人気はない。

俺は窪地を見つけると、その中に身を隠した。

参詣道は、周囲の土地から土手のように少し高くなっている見晴らしのよい一本道だ。

月が中天にかかった。

約束の時間だ。

山門脇の通用門が開いた。

中から女が抜け出してくる。

身の丈や仕草から、顔が見えずとも月星丸だと確認できる。

一気に緊張が走った。

月星丸は周囲を確認すると、一本道を無心に駆け抜ける。

俺は他に動きがないかを確認してから、その後を追った。

町への入り口までは、二町はある。

ひゅんと矢の走る音が聞こえた。

とっさにかがみ込んだ月星丸の頭上を、それが抜けてゆく。

「立ち止まるな、走れ!」

「千さん!」

月星丸が道を逸れて、こちらに駆け寄ってくる。

俺は町の入り口に目を向けた。

待たせていた葉山の部下の背後に、人影が見えたと思った瞬間、仲間の一人が膝を折って倒れる。

抵抗する間もなく、もう一人も後ろから首を斬られた。

「くそっ」

足を止めた俺は、刀の柄に手をかけた。

近寄ろうとする月星丸に向かって矢が飛ぶ。

月星丸の足も止まった。

「隠れていないで姿を現せ!」

草むらから、黒装束に身を包んだ間者が立ち上がる。

その数五、六人はいるだろうか。

月星丸に近寄ろうとする俺に向かって、容赦なく矢が飛ぶ。

「いい加減諦めなさい」

お萩の声だ。

やはりくノ一であったか。

抜き身の剣を片手に近づいてくる。

月星丸が短刀を抜いた。

「あら、かわいい」

その後ろからは、先ほど葉山の部下を斬り、つけたばかりの血のりを払いながら、男が歩み寄る。

関の家を襲った武芸の教本から抜け出たような男だ。

その剣を鞘に収めると、新しくもう一本の刀をすらりと抜き構える。

「大人しくついてくるなら、この男の命は助けてあげるわよ」

お萩が笑った。

月星丸は教えられた通りに、短剣を構えている。

「自らの運命を悟るなら、一人くらい命を助けて、誰かの役に立ってみたら?」

周囲を囲む連中との間には、まだ距離がある。

俺はじりじりと月星丸に近寄る。

お萩が何かの合図を送った。

月星丸に近寄ろうとする俺に矢が飛んでくる。

俺はそれを一刀ではね除けると、土塊を蹴り上げた。

一瞬、気をとられた隙に背後に立つ一人を斬り捨てる。

直後、月星丸に斬りかかった者を肘うちから水平に斬ってのけた。

駆け寄った月星丸が、ぴたりと背中に張り付く。

「妙間寺は分かるな、最初に行こうとしていた寺だ」

背中で月星丸がうなずいた。

「そこに向かって走れ。俺は後から行く」

短刀を懐にしまったようだ。

俺は手の内の剣をもう一度握り直す。

これで残るは、正面にいる二人と三人だけだ。

「それとも、ここでなぶり殺されるのを、見ててもらう?」

最後の矢が飛んできた。

それと同時にお萩が斬りかかる。

それを受け止めた俺の脇を、教本の男が走った。

お萩を押しのけ、男の剣を刀で振り払う。

走り出した月星丸の背を、もう一人の男が追った。
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