上 下
28 / 32

二十七節

しおりを挟む
出立の日、女行列とはいえ、その周囲には数人の男の護衛がつく。

俺は葉山たちの後から、目立たぬようにつきそうことになった。

「こんな厄介な行事は、回避できなかったのか」

「城を抜け出ているという事実がある以上、致し方あるまい。これも正常に戻す為の段階的準備の一つだ」

そこまで言われると反論の余地もない。

余分な仕事はどんなことでも嫌がる葉山が引き受けたのだ。

これはいつかやらねばならぬこと。

狭い庭先に、行列のための女が集まる。

俺にはそれが恐ろしくて近寄れない。

その数、五十になろうかという大集団だ。

屋敷から出てきた月星丸が駕籠に乗るために庭へ下りた。

こちらを振り返る。

頭を下げ、なにか礼を述べているのを、俺は障子の隙間からこっそりのぞいていた。

屋敷の女中が心配して声をかけてくれたが、そのような気遣いが出来るのなら、そもそも俺に話しかけるでない。

尼寺に入るとしばらくお顔が見られませんからとか、そういう問題ではないのだ。

あんなものの前に出るなんて、さらし首にされている気分だ。

俺は適当な返事をしてから、行列が出て行くのを見送った。

完全にその気配が消えてから、ようやく草履を履く。

屋敷の者が持たせてくれた弁当を手に、俺は散歩にでも出るような気配で通りにでた。

行列の去った後を、ゆっくりとついていく。

特に何者かが後を追う気配もない。

昼前に出た行列は、夕暮れ時には件の寺へ到着する予定だ。

その行く先が、急に方向を西に向けた。

予定では、この通りをただ真っ直ぐ北上すればよいだけだったはず。

大通りを左に曲がった行列に、俺は思わず足を速めた。

ゆっくりと進む、月星丸を担いだ行列は、それでも止まることなく確実に道を進んで行く。

行列の所定の位置に葉山の姿がない。

俺は裏通りに入ると、駆け足で行列を追い抜き、その前に出た。

先頭を歩く女の隣に、葉山がいた。

葉山は女に何かを話しかけていたが、女は聞く耳を持たない。

俺に気づいた葉山は、視線だけで合図を送る。

この行列の行き先は、変えられたということか。

葉山は行列中央の月星丸の乗る籠近くまで移動すると、そのままそれに付き添うように歩いている。

俺は一本奥の通りを、行列から離れぬように急いだ。

行列はやがて、郊外の山寺へと入っていく。

そこも尼寺だ。

門の横に立ち中に入る行列を、葉山たち数人の男が見送る。

門が閉じられた後で、俺は葉山に駆け寄った。

「おい、どういうことだ」

「方違え、だそうだ」

葉山がイラついている。

方違え? いつの時代の話しだ。

この行列と目的地であった尼寺を用意したのは藤ノ木と聞いていたが、さすがに方違えまでは計算に入っていなかったらしい。

尼寺にしては門構えの重厚な作りだ。

高い塀が辺りを取り囲む。

「早急にこの近くに宿を探せ」

寺から離れて門前町に戻った葉山が、部下に命じた。

既に日は落ち、辺りが暗くなり始めている。

屋敷から付き添った女中は二人しかいない。中の様子も分からなかった。

「中の者に文を託す。それで様子をうかがい知るより、他にない」

葉山は網袋から筆と紙を取り出した。

その場でさらさらと用を書き付け、使いの者に渡す。

「これをあの寺に届けろ。中の女中宛だ。必ず本人に自ら手渡し、返事をもらうまで帰って来るな」

使いの者は、寺に向かって走る。

「何日ここに留め置くつもりだ」

「このあたりで、名高い陰陽道の師でも探してくるか?」

占いで出立に凶とでれば、いつ本来の逗留先に出発できるのかも分からない。

再び行き先の変更を強要される可能性もある。

俺たちは用意された宿に入ると、寺に入った女中からの返事を待つことになった。

付き添いとして行列に加わった男は俺を含めて四人。

そのうちの一人は寺に使いに行き、うち二人は万屋と藤ノ木に急を知らせる使いに走った。

俺は部屋で葉山と向かい合う。

「敵方の差し金か」

「他にあるまい」

葉山はじっと、何かを考え込んでいる。

宿の窓から寺の様子は分からない。

俺は窓辺にもたれて、民家の屋根の隙間から見える寺院の屋根の端を見ていた。

もう少し時間が経ち、中も落ち着き寝静まる頃には忍び込むことも可能であろうが、今はまだ早い。

ここは典型的な門前町風情の小さな村で、寺は山裾にある。

町と寺との間には荒れた土地が広がっていて、身を隠す場所もないが潜伏も不可能だった。

「この町中の宿で、怪しい人間を探すか?」

俺がそういうと、葉山は首を振った。

「仲間はいるかもしれんが、女の刺客が中にいる可能性の方が高い」

女装をするにしても、俺は明らかにがたいがでかいし、葉山は色白の中並みだが、細くつり上がった厳しい目つきが、完全に強面の男顔だ。

「余計な詮索は自らの目をつぶすようなものだ。返事を待つ。今できることは、それだけだ」

時だけが刻々と過ぎていく。

送ったはずの使者は、誰一人として帰ってこない。

やがて満月が山の端に顔を出した。

「ただいま戻りました!」

聞こえてきたのは、山寺へ送った使者の声だった。

手にした文を葉山が広げる。

そこには、今宵山寺を抜け出すゆえ、町外れの参詣道入り口で落ち合おうとの内容が書かれていた。

「あのバカが考えそうな内容だな」

「月子さまが自ら出てくると思うか?」

そう言った葉山に、俺はうなずく。

「俺はあいつを連れてそのまま北の尼寺へ向かう。後ろは任せた」

葉山は文を懐にしまうと、一つうなずいた。

「ただいま戻りました!」

次に戻ってきたのは、藤ノ木のところへ出した使者だった。

文を葉山に差し出す。

葉山はそれを受け取ると一人で目を通し、そのまま懐へしまう。

「何が書いてあった」

「大事ない。少し出かけてくる」

葉山は立ち上がった。

「おい! 今しんがりは頼んだと受けた直後だぞ!」

「状況が変わった。お前一人で何とかしろ。この者たちは好きに使え」

葉山は部屋を出ていく。

一番頼りにしていた男が、ここで抜けるとはどういうことだ。

一瞬、河原で首を斬られる寸前だった月星丸の姿が頭に浮かぶ。

だがすぐにそれを振り払った。

月を見上げる。

考えている暇はない。

俺はすぐに二人の男に視線を戻した。

「俺は寺院の山門の脇に潜む。二人は待ち合わせ場所の参詣道に立ち、とにかく周囲に気を配れ」

参詣道で落ち合う時刻が迫っていた。

俺は腰の刀をぐっとつかんでそれを確かめると、宿を出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

御懐妊

戸沢一平
歴史・時代
 戦国時代の末期、出羽の国における白鳥氏と最上氏によるこの地方の覇権をめぐる物語である。  白鳥十郎長久は、最上義光の娘布姫を正室に迎えており最上氏とは表面上は良好な関係であったが、最上氏に先んじて出羽国の領主となるべく虎視淡々と準備を進めていた。そして、天下の情勢は織田信長に勢いがあると見るや、名馬白雲雀を献上して、信長に出羽国領主と認めてもらおうとする。  信長からは更に鷹を献上するよう要望されたことから、出羽一の鷹と評判の逸物を手に入れようとするが持ち主は白鳥氏に恨みを持つ者だった。鷹は譲れないという。  そんな中、布姫が懐妊する。めでたい事ではあるが、生まれてくる子は最上義光の孫でもあり、白鳥にとっては相応の対応が必要となった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

春恋ひにてし~戦国初恋草紙~

橘 ゆず
歴史・時代
以前にアップした『夕映え~武田勝頼の妻~』というお話の姉妹作品です。 勝頼公とその継室、佐奈姫の出逢いを描いたお話です。

狩野岑信 元禄二刀流絵巻

仁獅寺永雪
歴史・時代
 狩野岑信は、江戸中期の幕府御用絵師である。竹川町狩野家の次男に生まれながら、特に分家を許された上、父や兄を差し置いて江戸画壇の頂点となる狩野派総上席の地位を与えられた。さらに、狩野派最初の奥絵師ともなった。  特筆すべき代表作もないことから、従来、時の将軍に気に入られて出世しただけの男と見られてきた。  しかし、彼は、主君が将軍になったその年に死んでいるのである。これはどういうことなのか。  彼の特異な点は、「松本友盛」という主君から賜った別名(むしろ本名)があったことだ。この名前で、土圭之間詰め番士という武官職をも務めていた。  舞台は、赤穂事件のあった元禄時代、生類憐れみの令に支配された江戸の町。主人公は、様々な歴史上の事件や人物とも関りながら成長して行く。  これは、絵師と武士、二つの名前と二つの役職を持ち、張り巡らされた陰謀から主君を守り、遂に六代将軍に押し上げた謎の男・狩野岑信の一生を読み解く物語である。  投稿二作目、最後までお楽しみいただければ幸いです。

処理中です...