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十七節

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夜道を歩いて、関の家へ急ぐ。

ほんの僅かな滞在期間だったはずが、妙にあの場所の雰囲気を、俺自身が引きずってきているような気がする。

まるであの女に、呪いをかけられたような気分だ。

ふん、呪いか。

せめて、まじないとでも言っておこうか。

月星丸の寝かされている部屋に入る。

そこには葉山が座っていた。

俺が入って来たことに、気づいていないわけはないが、枕元に座りじっと腕を組んだまま動かない。

ちらちらと揺れる灯りの中で、葉山は目を閉じていた。

「何しに来た」

言いたいことは沢山あったが、とりあえず葉山の横に座る。

葉山は目を開けただけで、一言も発しなかった。

「罪人は捕らえたのか」

「罪人などおらぬ」

俺は、再び目を閉じた葉山の横顔を見た。

「罪人がおらぬとはどういうことか。現に往来で人が刺されたのだぞ」

「もし罪人を捕らえよというのなら、お前が捕らわれて処刑されることになる」

「おい。どういうことだ」

「そういうことだ。罪人など探しても無駄だ。俺に捕まりたくなければ、ここで大人しくしておけ」

俺は一瞬、その言葉の意味を考えかけたが、そんな理不尽なことに何かを考える必要はねぇ。

すぐに葉山の襟元をつかんで、引きずりあげた。

「そりゃどういう意味だ」

「鏡月楼へ行ったのであろう。そこで話は聞かなかったのか?」

タカリと頭上で物音が聞こえた。

俺は葉山を掴んでいた手をはなす。

「一つ確認しておくが」

刀の柄に手をかける。

「貴様、どっちの味方だ」

葉山も、腰の刀に手を置いた。

「それを知らぬのが、そなたのメデタイところだ!」

天井の板が抜ける。

黒装束に身を包んだ男が飛び出した。

振り下ろされる刃を刃で受け止める。

葉山は鞘ごと抜いた刀で、自身の身を守るように構えた。

強い。

身軽な身のこなしと師範代のような正確な刀裁き。

剣術の教本と戦っているようだ。

下に構えた刃と刃が重なりあい、押しつけられるその力を受け止めるだけで、俺の腕はぶるぶると震えている。

「お前、何者だ」

そうささやいた瞬間、男は後方へ高く飛び上がり、間合いをとった。

斬りかかった俺の脇をするりと抜けると、半身を起こした月星丸に斬りかかる。

「葉山!」

俺は後ろを向けたその男の背を、思い切り蹴り跳ばした。

「お前も加勢しろ!」

床に転がった男は、そのままくるりと一回転して立ち上がった。

俺の腹に一発の肘うちを喰らわせると、月星丸を真横に斬る。

斬られた布団から、無数の綿が飛び散った。

男がもう一度刀を振り上げる。

それが振り下ろされた時、俺の右腕から血しぶきが上がっていた。

間一髪、男への体当たりで、刃先の軌道は月星丸から逸れた。

俺は即座に剣を左手に持ちかえ、斬りあげる。

男の黒装束が、はらりとめくれ落ちた。

「その香り、藤ノ木の回し者か」

俺はもう一度正眼に構えて、男と向かいあう。

「お前、どこから来た」

男が、ふっと笑ったような気がした。

そのまま廊下に飛び出すと、庭を駆け抜け塀を跳び越える。

「待て!」

追いかけようとした俺の、腕の傷がズキリと痛む。

思わずその場にうずくまった。

「くそっ」

騒ぎで起き上がってきた関と家の奉公人たちが、心配そうにのぞき込んでいる。

ほっと一息をついた葉山が、腰に鞘の刀を戻しながら言った。

「あなた方にお怪我がなくて、何よりです」

「俺が斬られた!」

「ここは医院だぞ。よかったな、安心いたせ」

関は俺の腕をめくると、手当てを始めた。

関に向かって葉山が言う。

「あなた方は、この私が全力でお守りいたします」

「俺と月星丸も守ってもらいたいもんだがなぁ!」

「それは出来ん」

「さぁ、手当ては済みましたよ」

関は俺の腕に巻いたさらしを、ぽんと叩いた。

「さほど傷が深くないのはさすがだな。ほら、あなたも泣き止みなさい」

関は、月星丸を振り返った。

「こういう時は、何か声をかけてあげるものですよ」

そう言って、関は立ち去る。

そんなことを言われても、何を言っていいのかさっぱり思いつかない。

それは葉山も同じようだった。

「もう寝ろ。今夜はこれ以上、騒ぎは起こらないだろうからな」

「ごめんなさい、ごめ、ん、なさい……」

俺はこの場の雰囲気に困って、葉山を振り返る。

俺と月星丸を守る気のない男は、目を閉じてじっと座っていただけだった。

俺はその葉山の隣に腰を下ろすと、同じように目を閉じた。
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