私が救えなかった少女

ももさん

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立会人のお誘い3

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「立ち会ってくれたお礼を兼ねて、お前に女を紹介してやるよ」と石丸は言った。

「女?」
「ああ、後輩の綾瀬《あやせ》っていう女だ。どうもお前のことが気になるみたいでな、こまめを通して紹介してくれとよ」

 こまめは白い歯を見せ笑った。「宇田川さんはけっこう人気ありますからね」

「羨ましい限りだなおい!」と石丸は私の肩を叩いた。

 廊下を歩いていると、壁に貼られてある掲示板の前で女子生徒が一人立っていた。髪型は茶髪のショート、化粧も頑張っていたが子供っぽさは抜けきっていない。

「あれが綾瀬です」とこまめは言った。

 そう、綾瀬だ。あれが綾瀬だ。
 私は思い出していた。

 そばまで近づくと、綾瀬はこちらに体を向けた。頑張って化粧を塗りたくった顔を赤くさせ、初々しく頭をぺこりと下げる。

 こまめは言った。「綾瀬、こちらが宇田川さんだ。わかっているだろうが」

 綾瀬は照れたように笑い、うんと答えた。
 確かにこの子に告白されたことがある。いつの時期だったかは忘れてしまったが、今のように初々しく頬を染めていた。

 だが、私は断った。綾瀬は泣いていたが、そのあと付き合った男と大変上手くいった。彼氏はのちにJリーガーになり、ミッドフィールダーとして活躍する。大出世を果たすのだ。

 二人のその後は知らないが、きっと仲睦まじくやっているはずだ。

 私は思わず表情を緩めた。

「あ、あの先輩……」
「綾瀬、他にもっといい男がいるはずだよ」と私は言った。
「えっ?」綾瀬はぽかりと口を開け困惑した。「それって、私じゃだめってことですか……」
「きみ、サッカーは好きか?」
「は、はい……好きですけど」
「そうか、ならきっと素敵な彼が見つかるよ。私なんて汚い事務所しか持てないんだ」
「えっえっ?」
「じゃあな」

 私は綾瀬の横を通り過ぎ、歩き出した。石丸とこまめも困惑した様子を見せたが、すぐに後ろをついてきた。

 背後から綾瀬の泣き声が聞こえてきた。

 だがその涙は、これからの幸せを掴むために必要なものだ。
 不愉快なことばかりだったが、ほっと息がつける出来事があって良かった。これで苛立ちもましになった。

 石丸は訝しげに私の顔を覗き込んだ。「振ったくせになに顔を緩めてんだ?」
「ミッドフィールダーの彼に、よろくしくと挨拶していたんだよ」
「はあ、なんだそれ?」
「こっちの話だ」 
「ほんと、お前は変わってんな」

「よく言われるよ」と私は言った。

 石丸もきっと、数年後には私の言った意味もわかることだろう。その頃には、この会話のことなど忘れているだろうが。
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