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第四章:ケツマ〇コ奴隷カメ
たとえば僕が死んだら
しおりを挟む「……あ――……」
病院のベッドに横たわり、天井を見上げていた椿は、遠慮がちに病室に入ってきたひょろりとした長身に目を向けた。
「……草薙さん――」
「……やぁ――」
柔和な笑みを向け、コートを脱いだ草薙は、洋菓子店の袋を脇に置いた。
ベッド脇のパイプ椅子に腰かけ、頭に付いた雪の粒をはらい、
「外はとても寒い。雪が降りはじめてきたよ」
椿に話しかける。
「……ほんとだ」
起き上がった椿は、四階の病室の外を見る。
大きな粉雪が、風に踊るように舞い散っている。
「――ここはこんなに暖かいのに……」
前開きの入院着姿の椿はつぶやく。
「外は氷の世界なんですね」
「…………」
数週間会わないうちにずいぶん痩せたな、と草薙は思う。
銀の死の知らせを受け、警察に保護されていた椿は卒倒し、そのまま入院した。
何も喉を通らず点滴だけで生きていたが、看護師の話では、ここ数日はゼリーなど少しずつ摂れるようになってきたという。
「昨日、橘の母親が遺骨を受け取りに来た」
草薙は単刀直入に話を切り出した。
「須長の事件については、容疑者死亡のまま、いずれ書類送検されることになる。こんなふうに捜査を終えることになるのは我々の不手際というよりほかにない。せっかく君が勇気を出して証言してくれたのに――ほんとうにすまない……」
「いいえ……」
椿は首を振った。
「草薙さんがいなかったら、ぼくはいまごろ、あの人に殺されていた。だからもう――いいんです」
「……これから何回か、君に事件のことを確認するかもしれない。そのときはまた協力してくれるかい?」
「はい……」
短い沈黙ののち、
「ぼくの友人で、埼玉で印刷会社を経営しているヤツがいるんだ」
草薙は話を変えた。
「そこは寮がある。住み込みで働きながら、夜間の高校や大学に通っている若者もたくさんいるらしい。……もし君が望むなら、働けるよう相談してみるよ。君の伯父さんはぼくから説得して――」
「草薙さん」
唇の端を上げ、「……ありがとうございます」と椿は薄く笑う。
ぞくっとするほどに美しい、魔性の微笑み。
「……入院しているあいだ、ずっと考えてました」
窓の外に目を向けた椿は、胸のうちをゆっくりと打ち明けた。
「たとえばぼくが死んだら――何か、変わるんだろうか。……お母さんが亡くなってあの家に連れていかれてからずっと、ぼくは叔父と従兄弟たちの奴隷でした。いろんな自由を奪われ、まるで家畜みたいに扱われて……。
死んだらラクになれるのかもしれない。何度もそう思ったけれど、死ぬ勇気もなく、ここまできて――だけど今回本当に殺されるかもしれないと思ったとき、はじめて、自分は生きたいと願っていたことに気付きました。
……ぼくが死んでも、けっきょく何も変わらない。死んでしまったらもう何もできないし、ご飯も食べられない。そんなの、とてもつまらないし、なんだか悔しい。だから――もう死にたいとは思わないことにしました。
どこに行っても、きっと行きつく果ては同じ――だったらぼくは思うまま――自分の好きなように生きていきたい……」
……舞い落ちる雪のなか、鳥たちが長い隊列を作り飛んでいる。
同じ方向を目指しているようで、どこかちがう場所に飛んでいってしまうものもいる。群れから離れた鳥は――いったいどこに辿りつくのだろう?
「……そうか」
椿が前向きになってくれたのだと解釈した草薙はほっとした。
よかった。
これならきっともう――大丈夫だ。
「そういえばプリンを買ってきたんだ。一緒に食べないか?」
「……はい」
熱いくらいの暖房に、椿の頬にうっすらと赤みが差す。
それからふたりでプリンを食べ、草薙の息子の受験の話などをした。
――その一週間後。
草薙が埼玉の友人の連絡先を持って見舞いに来たときには、三浦 椿はどこかに姿を消していた。
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