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#18
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「前もって教えていてくれてもよかったんじゃないの、二人が親子だって」
「そりゃあれだ。プライバシーの権利? いくら共有で記憶を読みとったからって、好き放題していいわけじゃないだろ」
「それはそうだけれど」
めずらしくまともなことを。
和やかに短時間の会食は終わり、ユリアンとわたしは、並んで食器を片づけていた。
もうすぐ夕方の5時だ。日も傾いてくる。
レオが聖堂の切り盛りをして、クラウディオとドナトーニ神父は親子水入らずでお茶を楽しんでいるはずだ。いつも休まず働いているドナトーニ神父だから、今日くらい休息があってもいいと思う。
ささやかな祝宴に使用した食器たちを洗いつつ、食事の席で聞かされた、クラウディオとドナトーニ神父の半生を思い返す。
クラウディオは第二次世界大戦で、兵士として家を後にして、戦地で狭間の者となったという。戦争が終わり、家に戻ればお嫁さんは幼児を残し、病気で亡くなっていた。
その後は父一人、子一人の生活が続いたが、度重なる狭間の者の襲撃に、クラウディオは息子を神学校に預け自らも家を出た。
そして、十年経っても二十年経っても老いる兆しのない己の体に戦きながら、各地を転々としているとき、このサングエにたどり着き、成人した息子と再会した。
以来、稼いだ金を寄進として息子のいる教会に送り続けることが、彼の生きる目的に成り代わっていた、らしい。
「クラウディオは、わたしにも神父様との関係を言いたくなかったのかな……」
自分だって、秘密は持っているというのに、なんだか疎外感を覚えてしまう。言ったあとに、ユリアンなんかに本音を話してしまったと、即刻後悔した。子供っぽいとバカにされるに決まっている。
「難しいもんだ。クラウディオは悩んでいたんだろーよ。自分よりも老いた息子に、どう声をかければいいのか。他人行儀に挨拶して、ほかの訪問客と同じを装って今までやってきたんだ。今日ここにああしてやってきたのも、相当な覚悟があったと思うぜ」
まためずらしくまともなことを。なんだか納得行かないが、ユリアンの言うことはわからないでもない。
どんな気持ちなのだろう。自分を置き去りにするように、年老いていく息子を見るのは。親になった試しのないわたしには、想像するしかできない。だが、子供の気持ちは、少しわかる。
子にとって、親はどんな姿でも境遇でも、かけがえのないものだ。いい親も悪い親も、等しく大きな存在。
その親から、誕生日を祝われることがどれだけ大きなことか。
生まれてきたことを祝福され、これから生き続けることを祈願される。どんなプレゼントでもかなわない最高の贈り物。
クラウディオ、ちゃんと六十年分の「お誕生日おめでとう」を言えている?
考えていると、ふと眦が濡れていた。
クラウディオとドナトーニ神父のことを考えていたはずなのに、どうしてだろう、脳裏に浮かんでいたのは満面の笑みの両親の姿だ。
「さて、そろそろオレもお暇するかな」
ユリアンがわざとらしく大声をだし、後頭部で手を組んで部屋を出ていこうとした。
その背を見て、聞きたかったことを思い出す。
「ねえ、どうして黙っていたの、体を元に戻す方法のこと」
足を止め、組んでいた手をほどくと、ユリアンは大学教授のような思慮深さを装って、胸の前で腕を組んだ。
「なぜなぜって、あんたはいつもオレに答えを求めるけれど、自分ではどう思っているんだ?」
「きっと、わたしに実践できない方法じゃ、無いことに同じだから、『ない』と言ったんでしょ。違う?」
肯定も否定もせず、ユリアンはただ唇を笑みの形にしただけだった。
「たしかに、狭間の者を取り込むなんてまね、わたしにはできはしないわ。けれど、教えてくれたっていいでしょう」
「なぜ。できもしないことを教えて、なんか役に立つか? 不確実で、実際にそうしたところで成就するとも限らない、綱渡りのような方法を聞く価値、ある?」
「なぜって……」
(それじゃあ、信用できないから)
いいかけて、飲み込んだ。そもそもこの男を信用する必要がどこにあるんだろう。
「話は終わりか?」
心の底まで見透かしたようなヘーゼル色の瞳が意地悪く細まる。
「……ええ」
ユリアンは手をパンツのポケットにつっこむと、口笛を吹きながら、部屋を出ていった。
ため息をついて作業に戻る。
「イノリ、あんたの神はどこにいる?」
唐突に声が聞こえて、振り返った。
出ていったはずのユリアンが、扉に背を預けていた。
だが、目が合うと「宿題な」と言い残し、今度こそ消えた。
わたし、別にクリスチャンじゃないし、そういうの興味ないんだけど、なによ一方的に。釈然としないまま、わたしは手荒に濡れた食器を伏せた。
「そりゃあれだ。プライバシーの権利? いくら共有で記憶を読みとったからって、好き放題していいわけじゃないだろ」
「それはそうだけれど」
めずらしくまともなことを。
和やかに短時間の会食は終わり、ユリアンとわたしは、並んで食器を片づけていた。
もうすぐ夕方の5時だ。日も傾いてくる。
レオが聖堂の切り盛りをして、クラウディオとドナトーニ神父は親子水入らずでお茶を楽しんでいるはずだ。いつも休まず働いているドナトーニ神父だから、今日くらい休息があってもいいと思う。
ささやかな祝宴に使用した食器たちを洗いつつ、食事の席で聞かされた、クラウディオとドナトーニ神父の半生を思い返す。
クラウディオは第二次世界大戦で、兵士として家を後にして、戦地で狭間の者となったという。戦争が終わり、家に戻ればお嫁さんは幼児を残し、病気で亡くなっていた。
その後は父一人、子一人の生活が続いたが、度重なる狭間の者の襲撃に、クラウディオは息子を神学校に預け自らも家を出た。
そして、十年経っても二十年経っても老いる兆しのない己の体に戦きながら、各地を転々としているとき、このサングエにたどり着き、成人した息子と再会した。
以来、稼いだ金を寄進として息子のいる教会に送り続けることが、彼の生きる目的に成り代わっていた、らしい。
「クラウディオは、わたしにも神父様との関係を言いたくなかったのかな……」
自分だって、秘密は持っているというのに、なんだか疎外感を覚えてしまう。言ったあとに、ユリアンなんかに本音を話してしまったと、即刻後悔した。子供っぽいとバカにされるに決まっている。
「難しいもんだ。クラウディオは悩んでいたんだろーよ。自分よりも老いた息子に、どう声をかければいいのか。他人行儀に挨拶して、ほかの訪問客と同じを装って今までやってきたんだ。今日ここにああしてやってきたのも、相当な覚悟があったと思うぜ」
まためずらしくまともなことを。なんだか納得行かないが、ユリアンの言うことはわからないでもない。
どんな気持ちなのだろう。自分を置き去りにするように、年老いていく息子を見るのは。親になった試しのないわたしには、想像するしかできない。だが、子供の気持ちは、少しわかる。
子にとって、親はどんな姿でも境遇でも、かけがえのないものだ。いい親も悪い親も、等しく大きな存在。
その親から、誕生日を祝われることがどれだけ大きなことか。
生まれてきたことを祝福され、これから生き続けることを祈願される。どんなプレゼントでもかなわない最高の贈り物。
クラウディオ、ちゃんと六十年分の「お誕生日おめでとう」を言えている?
考えていると、ふと眦が濡れていた。
クラウディオとドナトーニ神父のことを考えていたはずなのに、どうしてだろう、脳裏に浮かんでいたのは満面の笑みの両親の姿だ。
「さて、そろそろオレもお暇するかな」
ユリアンがわざとらしく大声をだし、後頭部で手を組んで部屋を出ていこうとした。
その背を見て、聞きたかったことを思い出す。
「ねえ、どうして黙っていたの、体を元に戻す方法のこと」
足を止め、組んでいた手をほどくと、ユリアンは大学教授のような思慮深さを装って、胸の前で腕を組んだ。
「なぜなぜって、あんたはいつもオレに答えを求めるけれど、自分ではどう思っているんだ?」
「きっと、わたしに実践できない方法じゃ、無いことに同じだから、『ない』と言ったんでしょ。違う?」
肯定も否定もせず、ユリアンはただ唇を笑みの形にしただけだった。
「たしかに、狭間の者を取り込むなんてまね、わたしにはできはしないわ。けれど、教えてくれたっていいでしょう」
「なぜ。できもしないことを教えて、なんか役に立つか? 不確実で、実際にそうしたところで成就するとも限らない、綱渡りのような方法を聞く価値、ある?」
「なぜって……」
(それじゃあ、信用できないから)
いいかけて、飲み込んだ。そもそもこの男を信用する必要がどこにあるんだろう。
「話は終わりか?」
心の底まで見透かしたようなヘーゼル色の瞳が意地悪く細まる。
「……ええ」
ユリアンは手をパンツのポケットにつっこむと、口笛を吹きながら、部屋を出ていった。
ため息をついて作業に戻る。
「イノリ、あんたの神はどこにいる?」
唐突に声が聞こえて、振り返った。
出ていったはずのユリアンが、扉に背を預けていた。
だが、目が合うと「宿題な」と言い残し、今度こそ消えた。
わたし、別にクリスチャンじゃないし、そういうの興味ないんだけど、なによ一方的に。釈然としないまま、わたしは手荒に濡れた食器を伏せた。
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