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3、売られたケンカ、言い値で買います(3)

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「開き直るな! クスリを寄越せば報告しねえってば」

 硬い肩を掴んで、長椅子の上に押し付ける。射精したばかりの大事なところを押さえてやれば、赤子の手をひねるようなもんだ。
 ノルンのシャツの前を引っ張ったら、思ったより力がこもったようで、いくつかボタンが弾けた。ところどころに傷跡がある浅黒い肌が顕になる。右胸を走る傷痕をべろりと舐める。乳首を通過するようにわざとゆっくりとだ。う、と呻いて、組み敷いたノルンの体がこわばった。

 青い目が、怯えたように私を見上げている。ノルンの股間に、股ぐらをこすりつけてやると、端っこの肉がえぐれた唇から苦しげな吐息がもれた。ごつごつした手が、たくましい胸を撫で回す私の手にすがりつく。

「カメリア、やめろ」

 顔を近づけ、まだ味わったことのないノルンの唇の感触をたしかめるべく、自分の唇を押し当てようと――。

「お前、俺とこういうことして、気持ち悪くねえのかよ……」

 唇のあいだに吐き出された、囁くような、呼吸音にもかき消されてしまいそうな、弱々しく早口な問いかけに、私は一瞬だけ動きを止めた。そのまま、目的地に唇は到着する。ガサついた感触。あとではちみつを塗ってやろう。

 乾燥気味の唇の隙間に無理やり舌を突っ込んだ。まるで処女のブラウスのボタンのように、容易に開かれない歯列の門を、念入りに舐めてやる。甘ったるい味がする。

 黒い髪を撫でた。硬いだろうという予測はあっていた。ごわごわしている。頭の左側を撫でてみると、髪の毛の下の地肌が盛り上がっている。おそらく傷痕。髪の毛を掻き分けて目視したら痛々しいだろう。

 ノルンの体は左半分に傷痕が集中している。顔といい腕といい、よく復帰できたなというくらい広範囲にわたって、皮膚が引き攣れている。

 騎士団にはけっこうな割合で、顔や体に大きな負傷をする人が居て、ノルンもそのひとりだ。私達が採用された年は、とくに魔物の活動が活発で、火竜が街の外壁に群れで押し寄せたことがあった。その討伐戦がノルンの初陣だった。

 先陣きって討伐に向かったノルンの所属部隊は、群れのボスの火竜を倒したものの、消耗が激しかった。彼らの救援にむかったのが、私の初陣だ。助けた部隊も、助けられた部隊も、何人かは殉職した。『火海大災の日』と名前を付けられ、毎年鎮魂祭が行われるほど、その日は市民にも被害が出た。
 激戦地から救助された瀕死のノルンに、回復魔法をかけた女の子の騎士がいた。ノルンは後日、彼女に交際を申し込んで、フラれたのだ。もちろん、その相手は私ではない。
 ちなみに、件の女の子はもうとっくに結婚して、退団してる。私は彼女とはさほど親しくなく、ノルンが彼女にアプローチしたことは、人づてに聞いたのだ。

 ――死にかけたのなんか実力がないからでしょ? そんなやつがよくあの可愛い子に交際を申し込んだりするよね。
 ――鏡見たらって誰かいってやんなよ。傷だらけで気持ち悪い。

 冷ややかな笑いとともに。

 騎士団は女性の割合が少ないから自然と女性側の選択肢が増えるのだ。そして、団には貴族の子弟も多く所属していて、地位や財産あるものから英才教育を受けてきたもの、見目麗しいものまで揃い踏み。同期の出世頭になった今ならともかく、当時のド平民で一兵卒のノルンは、残念ながら好物件ではなかった。

 今では、毎年、新入隊員の歓迎会で、笑い話として語り継がれている。いわく、回復魔法部隊の女性騎士たちは高嶺の花だから、ノルンのように気持ち悪いなんて言われたくなかったら、高望みしないように、とな。酒がはいると、必ず誰かが持ち出す話題だ。
 ノルンは「へえへえ、告白する勇気があるやつだけフラれるんだよ」って笑って受け流していた。私は会場の端っこから、毎年その様子を見てきた。いい加減、その話題は聞き飽きたからだれかもっと面白い話しろよ、とたまにやじを飛ばしたりして。

 ノルンは皮肉屋で強がりだから、その件に関する弱音をこぼした試しはない。
 でも。そんなこと言われてへらへら笑ってるノルンが、楽しそうに見えたことはない。

 私はしつこく、がさがさの唇を舐めたあと、ちゅっと音を立てて顔を離した。
 きつくまぶたを閉じて耐える構えをしていたノルンが、そっと目を開けた。
 まぶたの下の青い目が怯えている。私がどんな答えを返すか、不安なんだ。

「好きだよ」

 こめかみにも続いている火傷のあとに指を這わせる。痛かっただろうな。あんたあの山みたいな火竜相手によく生き残ったよ、ろくに実戦経験もない新兵だったのに。

 これだけの大怪我したら、助けてくれた人が天使に見えちゃうのだってわかる。残念なことに、あの子はノルンにほほ笑んではくれなかったけど。

「そもそも好きじゃなかったら、こんなバカなことしようとも思わなかったね。それだけ傷ついたってことで」
「……好きって言えば免罪になるのかよ。なんだよ、愛されすぎて困っちゃうとでも言えばいいのか。俺にぬか喜びさせてあとから嘘でしたっていう嫌がらせか」
「そんな、んっ……」

 口付けられた。唇同士を重ねるだけの簡単な口付け。

「嘘でもいいや。俺、今すっげえ幸せだ」

 力いっぱい抱きしめられた。支えを失って、私はノルンに身を預ける。
 かわいいやつ。腕も、声も震えてる。そんなになっちゃうくらい私のこと好きなくせに、認めないんだからこのひねくれ者。

 また唇が近づいてきた。嘘じゃないと伝えるため、私から最後の距離を詰める。
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