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1、この恨み、晴らさでおくべきか(3)
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出会ったばかりのノルンは、にこにこして愛嬌のあるいいやつだったのに、親しくなるにつれ遠慮を忘れ無礼になった。
今では、私がものを貰っているところを目ざとく見つけ、せびってくる。図々しい。
とはいえ、次々渡されるお菓子は手に余るから、ノルンの申し出がありがたくもあった。
お菓子の差し入れを断りたいところだが、対抗試合中に、本人不在の受付に手紙付きで置いていかれては、断れない。受付の係に受取拒否をお願いしたら、「個別対応はできかねる」との返答だった。
部隊長いわく、税金で成り立っている騎士団なのだから、市民のみなさんが気持ちよく税金を払えるように、多少の我慢はしなさいとのことだが――なんだか腑に落ちない。人気者になりたくて、騎士になったわけじゃないし、お礼状を書いて送る手間暇だってかかるのに。
そうは言いつつ、一度受け取ったお菓子をただ捨てるのも、寒村の出身である私には心苦しい行為だ。食べ物に罪はない。そんな状況下で、ノルンという甘いもの大好き男がそばにいたのは、幸運と言える。
「なにじっと見てるんだよ、珍獣」
「珍獣のおこぼれに預かる気まんまんで、毎回この部屋に来る物好きの顔を見てる」
紅茶を淹れて運べば、すでに皿のお菓子は半分になっていた。ノルンは私がテーブルにソーサーを置く前に、その上のカップをひょいと持ち上げる。急にソーサーが軽くなった。
私は、自分のカップをテーブルの反対側に置いて、スツールを引っ張ってきて座る。
「誰が物好きだ。善意の同僚捕まえて。
俺は、高級店の菓子も平気で捨てちまうバチ当たりの罪を軽減してやってる心優しい男だぞ」
「押し付けがましいのは戦場だけにして。いつも勝手に割り込んできては私のことを庇う体で手柄を奪っていく。おかげで陣形も崩れる。
そんなあんたに本来こうしてお裾分けする理由なんてないんだからね。
紅茶まで用意して部屋も掃除してやってるんだ、感謝にむせび泣いてもバチは当たらない」
職務中、私ひとりでも対処できる状況でも、お節介を焼いてくるノルンは結構鬱陶しい。私は彼と同列であって、指示されるいわれはない。
それを火種に言い合いになったのも、一度や二度じゃ済まない。というか、騎士団のほかの誰よりも、私はノルンと口論してる。ノルンもおそらくそうだろう。二日一度はなんかしら、口論しているのだから。
職務中言い争いばかりの私達が、休日のたびに一緒に飲みに行ったり出かけたりするのを、同僚たちは不思議な顔をして見ている。
「生意気言ってると次から助けねえぞ、戦場でもお茶の席でも。せいぜい、贈り物した連中の恨みでも買って、死後甘いもの地獄にでも堕ちやがれ」
「いつもこちらが助けられているような口ぶりだけどさ、私の索敵の魔法のおかげであんたら前衛が自由に動けることをお忘れなく。先月の討伐戦は、私の陽動で楽に目標達成できたの、覚えているでしょ」
「カメリア、お前は後衛、俺は前衛。補助魔法使うのはお前の役目。だから先月のは当たり前のことだ。
先週、撤退が遅れたお前を庇ったのは、俺の善意。ま、優しい俺は、このお菓子で手打ちにしてやると言っている」
お茶を、味わいもせずにあっさり飲み干し、ノルンは得意顔だ。ちっ、特別苦く淹れてやったのに、味わえ!
「腑に落ちない。戦功をねぎらうのは君主の役目であって、同僚の私の役目じゃない」
「ケチくせーぞカメリア。ほんとうは菓子を分けたくなくて、そんなこと言うんだろ」
「どっちがケチくさいんだか。菓子なんていくらでもあげる。邪魔だから、全部箱ごと持ち帰っていいよ。事前の掃除が面倒なことのが、不満だ」
「ズボラかよ。こまめに掃除してりゃいいことだろうに」
「なんとでも。というわけで、あんた次から自分の部屋で食べたら」
「俺が来るからカメリアは部屋をきれいにする。つまり、カメリアの部屋をきれいに保つきっかけを、心優しい俺が提供してやってるわけだが」
「屁理屈。前向きすぎだわ。私の休日を潰している自覚ある?」
「そもそも、お前の部屋をお前が掃除すんのは当たり前だろ。
おっと皿が空になっちまう。いまある在庫、一つずつ全種類もってこーい」
「私は居酒屋の店員じゃない。勝手にどうぞ、場所は知ってるでしょ」
「ちゃーんと把握してる。間違ってお前の色気のない下着の引き出し開けないようにな」
ノルンが大儀そうに立ち上がって、棚の上に整列した菓子箱をごっそり下ろした。
今では、私がものを貰っているところを目ざとく見つけ、せびってくる。図々しい。
とはいえ、次々渡されるお菓子は手に余るから、ノルンの申し出がありがたくもあった。
お菓子の差し入れを断りたいところだが、対抗試合中に、本人不在の受付に手紙付きで置いていかれては、断れない。受付の係に受取拒否をお願いしたら、「個別対応はできかねる」との返答だった。
部隊長いわく、税金で成り立っている騎士団なのだから、市民のみなさんが気持ちよく税金を払えるように、多少の我慢はしなさいとのことだが――なんだか腑に落ちない。人気者になりたくて、騎士になったわけじゃないし、お礼状を書いて送る手間暇だってかかるのに。
そうは言いつつ、一度受け取ったお菓子をただ捨てるのも、寒村の出身である私には心苦しい行為だ。食べ物に罪はない。そんな状況下で、ノルンという甘いもの大好き男がそばにいたのは、幸運と言える。
「なにじっと見てるんだよ、珍獣」
「珍獣のおこぼれに預かる気まんまんで、毎回この部屋に来る物好きの顔を見てる」
紅茶を淹れて運べば、すでに皿のお菓子は半分になっていた。ノルンは私がテーブルにソーサーを置く前に、その上のカップをひょいと持ち上げる。急にソーサーが軽くなった。
私は、自分のカップをテーブルの反対側に置いて、スツールを引っ張ってきて座る。
「誰が物好きだ。善意の同僚捕まえて。
俺は、高級店の菓子も平気で捨てちまうバチ当たりの罪を軽減してやってる心優しい男だぞ」
「押し付けがましいのは戦場だけにして。いつも勝手に割り込んできては私のことを庇う体で手柄を奪っていく。おかげで陣形も崩れる。
そんなあんたに本来こうしてお裾分けする理由なんてないんだからね。
紅茶まで用意して部屋も掃除してやってるんだ、感謝にむせび泣いてもバチは当たらない」
職務中、私ひとりでも対処できる状況でも、お節介を焼いてくるノルンは結構鬱陶しい。私は彼と同列であって、指示されるいわれはない。
それを火種に言い合いになったのも、一度や二度じゃ済まない。というか、騎士団のほかの誰よりも、私はノルンと口論してる。ノルンもおそらくそうだろう。二日一度はなんかしら、口論しているのだから。
職務中言い争いばかりの私達が、休日のたびに一緒に飲みに行ったり出かけたりするのを、同僚たちは不思議な顔をして見ている。
「生意気言ってると次から助けねえぞ、戦場でもお茶の席でも。せいぜい、贈り物した連中の恨みでも買って、死後甘いもの地獄にでも堕ちやがれ」
「いつもこちらが助けられているような口ぶりだけどさ、私の索敵の魔法のおかげであんたら前衛が自由に動けることをお忘れなく。先月の討伐戦は、私の陽動で楽に目標達成できたの、覚えているでしょ」
「カメリア、お前は後衛、俺は前衛。補助魔法使うのはお前の役目。だから先月のは当たり前のことだ。
先週、撤退が遅れたお前を庇ったのは、俺の善意。ま、優しい俺は、このお菓子で手打ちにしてやると言っている」
お茶を、味わいもせずにあっさり飲み干し、ノルンは得意顔だ。ちっ、特別苦く淹れてやったのに、味わえ!
「腑に落ちない。戦功をねぎらうのは君主の役目であって、同僚の私の役目じゃない」
「ケチくせーぞカメリア。ほんとうは菓子を分けたくなくて、そんなこと言うんだろ」
「どっちがケチくさいんだか。菓子なんていくらでもあげる。邪魔だから、全部箱ごと持ち帰っていいよ。事前の掃除が面倒なことのが、不満だ」
「ズボラかよ。こまめに掃除してりゃいいことだろうに」
「なんとでも。というわけで、あんた次から自分の部屋で食べたら」
「俺が来るからカメリアは部屋をきれいにする。つまり、カメリアの部屋をきれいに保つきっかけを、心優しい俺が提供してやってるわけだが」
「屁理屈。前向きすぎだわ。私の休日を潰している自覚ある?」
「そもそも、お前の部屋をお前が掃除すんのは当たり前だろ。
おっと皿が空になっちまう。いまある在庫、一つずつ全種類もってこーい」
「私は居酒屋の店員じゃない。勝手にどうぞ、場所は知ってるでしょ」
「ちゃーんと把握してる。間違ってお前の色気のない下着の引き出し開けないようにな」
ノルンが大儀そうに立ち上がって、棚の上に整列した菓子箱をごっそり下ろした。
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