上 下
3 / 20

1、この恨み、晴らさでおくべきか(3)

しおりを挟む
 出会ったばかりのノルンは、にこにこして愛嬌のあるいいやつだったのに、親しくなるにつれ遠慮を忘れ無礼になった。

 今では、私がものを貰っているところを目ざとく見つけ、せびってくる。図々しい。
 とはいえ、次々渡されるお菓子は手に余るから、ノルンの申し出がありがたくもあった。

 お菓子の差し入れを断りたいところだが、対抗試合中に、本人不在の受付に手紙付きで置いていかれては、断れない。受付の係に受取拒否をお願いしたら、「個別対応はできかねる」との返答だった。

 部隊長いわく、税金で成り立っている騎士団なのだから、市民のみなさんが気持ちよく税金を払えるように、多少の我慢はしなさいとのことだが――なんだか腑に落ちない。人気者になりたくて、騎士になったわけじゃないし、お礼状を書いて送る手間暇だってかかるのに。

 そうは言いつつ、一度受け取ったお菓子をただ捨てるのも、寒村の出身である私には心苦しい行為だ。食べ物に罪はない。そんな状況下で、ノルンという甘いもの大好き男がそばにいたのは、幸運と言える。

「なにじっと見てるんだよ、珍獣」
「珍獣のおこぼれに預かる気まんまんで、毎回この部屋に来る物好きの顔を見てる」

 紅茶を淹れて運べば、すでに皿のお菓子は半分になっていた。ノルンは私がテーブルにソーサーを置く前に、その上のカップをひょいと持ち上げる。急にソーサーが軽くなった。

 私は、自分のカップをテーブルの反対側に置いて、スツールを引っ張ってきて座る。

「誰が物好きだ。善意の同僚捕まえて。
 俺は、高級店の菓子も平気で捨てちまうバチ当たりの罪を軽減してやってる心優しい男だぞ」
「押し付けがましいのは戦場だけにして。いつも勝手に割り込んできては私のことを庇う体で手柄を奪っていく。おかげで陣形も崩れる。
 そんなあんたに本来こうしてお裾分けする理由なんてないんだからね。
 紅茶まで用意して部屋も掃除してやってるんだ、感謝にむせび泣いてもバチは当たらない」

 職務中、私ひとりでも対処できる状況でも、お節介を焼いてくるノルンは結構鬱陶しい。私は彼と同列であって、指示されるいわれはない。
 それを火種に言い合いになったのも、一度や二度じゃ済まない。というか、騎士団のほかの誰よりも、私はノルンと口論してる。ノルンもおそらくそうだろう。二日一度はなんかしら、口論しているのだから。
 職務中言い争いばかりの私達が、休日のたびに一緒に飲みに行ったり出かけたりするのを、同僚たちは不思議な顔をして見ている。

「生意気言ってると次から助けねえぞ、戦場でもお茶の席でも。せいぜい、贈り物した連中の恨みでも買って、死後甘いもの地獄にでも堕ちやがれ」
「いつもこちらが助けられているような口ぶりだけどさ、私の索敵の魔法のおかげであんたら前衛が自由に動けることをお忘れなく。先月の討伐戦は、私の陽動で楽に目標達成できたの、覚えているでしょ」
「カメリア、お前は後衛、俺は前衛。補助魔法使うのはお前の役目。だから先月のは当たり前のことだ。
 先週、撤退が遅れたお前を庇ったのは、俺の善意。ま、優しい俺は、このお菓子で手打ちにしてやると言っている」

 お茶を、味わいもせずにあっさり飲み干し、ノルンは得意顔だ。ちっ、特別苦く淹れてやったのに、味わえ!

「腑に落ちない。戦功をねぎらうのは君主の役目であって、同僚の私の役目じゃない」
「ケチくせーぞカメリア。ほんとうは菓子を分けたくなくて、そんなこと言うんだろ」
「どっちがケチくさいんだか。菓子なんていくらでもあげる。邪魔だから、全部箱ごと持ち帰っていいよ。事前の掃除が面倒なことのが、不満だ」
「ズボラかよ。こまめに掃除してりゃいいことだろうに」
「なんとでも。というわけで、あんた次から自分の部屋で食べたら」
「俺が来るからカメリアは部屋をきれいにする。つまり、カメリアの部屋をきれいに保つきっかけを、心優しい俺が提供してやってるわけだが」
「屁理屈。前向きすぎだわ。私の休日を潰している自覚ある?」
「そもそも、お前の部屋をお前が掃除すんのは当たり前だろ。
 おっと皿が空になっちまう。いまある在庫、一つずつ全種類もってこーい」
「私は居酒屋の店員じゃない。勝手にどうぞ、場所は知ってるでしょ」
「ちゃーんと把握してる。間違ってお前の色気のない下着の引き出し開けないようにな」

 ノルンが大儀そうに立ち上がって、棚の上に整列した菓子箱をごっそり下ろした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...