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おまけのノルン視点 恋人の日 3

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 街は、恋人の日が間近にせまったこともあり、浮ついた雰囲気が漂っていた。普段は落ち着いて静かな高級な装身具の店に客が頻繁に出入りして、菓子屋には淡い色合いで包装された菓子の箱が並ぶ。
 腕を組んで歩く男女は、甘い雰囲気を濃くしていて、ひとりで菓子屋を覗く女達は緊張した面持ちで品定めに余念がない。

 俺とカメリアもご多分に漏れず腕を組み歩いていた。レンガで舗装された街道が、カメリアの焦げ茶色のブーツのかかとをこつこつと鳴らす。

「せっかくこの時期限定の商品が並んでいる菓子屋を素通りすることが解せぬ」
「何いってんの、恋人の日なんかどうせ菓子屋と宝石商が稼ぐために持ち上げてるだけなのに、踊らされる必要ないない」
「と、菓子屋の娘が言いましたとさ……。
 俺は激辛麺よりケーキが食いてえよ。なんだよあの真っ赤に染まったスープは。それにさらに香辛料追加するって、舌がバカになるぞ、頭だけじゃなくて。おえっ、思い出すだけで口の中がしょっぱくなる」
「そういうあんたは、歯と一緒に脳みそまで砂糖で融けてる」
「甘いもので死ねるなんて本望だ。ところで今年の恋人の日、なにくれるんだ」
「お金あげるから適当に買って食べて」

 うそ。いくらなんでもひどすぎねえか。
 衝撃で足が止まった。一歩前に出たカメリアが振り返る。にやりと挑発的な笑み。

「冗談。もう何にするかは決めてる。楽しみにしていていい。……なに、そんなにショックだった」
「うるせーな、お前と付き合ってる唯一の理由なんだからな、ショックも受けるだろ」
「ふうん?」

 若葉色の目がすっと細まり、俺は焦る。つい口が過ぎるのが自分の欠点の一つだとわかっているのに、改善できてない。気が緩むと、心にもないことを言ってしまい、何度もカメリアの機嫌を損ねてきた。

「……言い過ぎました、ごめんなさい」
「よろしい。私は心が広いからね、あの店で新作のブレンドティーを献上すれば、許してやろう」
「ケーキも奢っちゃう」
「それはいらん」

 本当に、ありがてえなと思うわけだ。とっくに愛想をつかされていてもおかしくないが、カメリアはときに冗談として流して、ときに叱って、最後はからっと流してくれる。九割くらい。一割は口にするのもはばかられるひどいお仕置きをされたので、本気で怒らせてはいけない、失言はすぐに謝るに限るという教訓になっている。

 店は時期もあり混んでいた。手入れどうしてんだよって気になるほどあちこちに植物を飾った内装で、テラス席もある。天気がいいので、広場に面したテラス席にした。
 俺は迷わず期間限定のフルーツケーキを選ぶ。カメリアは花を混ぜ込んだ茶だけ。ついてきた小皿のクッキー二枚も、さり気なく俺の方へ押しやる。

 カメリアが背を向け座った広場には、花輪を掲げる乙女の像がある。火海大災の鎮魂に作られた石像だ。今も彼女の足元には、いくつかの花束と蝋燭が供えられている。周囲にはまだ新しいレンガの道が伸び、子供が走り回り、犬が散歩し、老人がのんびりベンチに座っていたりする。

 あの日、このあたりもすっかり火の海に沈んだ。しばらく街全体が墓場みたいな雰囲気だった。活気づけるために、それから騎士団のさらなる鍛錬と信頼回復のために、公開の部隊対抗試合がはじまったのだ。
 対抗試合も定例の行事となって根付き、街もようやく昔の姿に戻ってきた。
 それでも、たまに思い出す。俺は、きっと一生あの光景を忘れない。忘れられない。

「おー、いい香り。後味もさっぱりしていて、朝にいいかもしれないね。茶葉買って帰ろうかな。ノルンも飲む?」

 バラの絵付けのあるカップを、ソーサーごと、カメリアがテーブルの上を滑らせてくる。その、金の指輪の嵌った手に自分の手を重ねた。

「カメリア、結婚しないか」
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