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その3

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 食事会を一時間後に控え、わたしは身支度に勤しんでいた。ユナを筆頭に複数人のメイドさんたちが、わたしの着替えやお化粧を手伝ってくれる。
 トルソには、新緑のドレス。今まで他のキャラのルートでは、ピンクの可愛らしいドレスだったのに、今回だけ違う。きっと、ヨウルルートに突入したからだ。
 ヨウルが作ってくれたこのドレスは、本当に素敵だ。冴えないわたしの顔が、ちょっとエキゾチックでいいんじゃない!? なんて錯覚するくらいにはしゃんと見える。もちろん、お化粧してくれるユナの腕がいいってのもある。
 きっと彼がこのドレスを作るのには、一針一針丁寧に、出来上がりをイメージしながら――わたしが着るのを考えながら――刺してくれたんだろうと思うと、当然、舞い上がってしまう。
 お直しのときに、ちょっとだけ手が触れたのを思い出すだけで、ものすごく顔が熱くなる。そこにあるのは、嫌な緊張感じゃなくて、きゅんって胸が甘く疼く感じ。
 疑似恋愛だけなら経験豊富なわたしは、あっさり彼に恋しているのだと自覚した。
 このドレスを納めに来たときのヨウルの言葉ときたら。
 『これ着たお前と踊るのが、オレじゃないんだよなあ。残念』だよっ。
 いつも陽気な彼が、ちょっと寂しそうに笑ったりしたら、そりゃ落ちる。
 なんなら今ここで踊ろうか?! って言い出しそうになったわ。……言えばよかったかも、なんて、今はちょっと思う。

× × × × ×
 
 食事会には、たくさんの偉い人たちが出席していた。魔王討伐軍の決起大会的なものらしい。だからみんなに士気を上げてもらおうって、巫女のわたしも出席することになったとか。
 にこやかに手を振りながら挨拶を交わし、アベルの隣で客寄せパンダ的存在を演じていた私は、内心こんなことを思う。
 この人達、わたしとアベルがヤるの期待してるんだよねー。正しくは、それによって結界が崩れることを、だけど。嬉しくないなー。
「どうした、ルカ。疲れてしまったか」
「いえ、大丈夫です」
「具合が悪いなら、部屋で休んでもいいんだよ」
 目ざとく、わたしの小さなため息を見つけたアベルが、すかさず声をかけてくる。
 後光が差しそうな金髪碧眼のイケメンに、至近距離で顔を覗き込まれるほうが、具合悪い気がします、とは言えず、首を横に振ってまた笑顔をつくる。
 直視すると赤面するから、微妙に薄目にして焦点をずらす。五十周くらいしたあたりで編み出した技だ。
 しかしこれにはデメリットもある。視界がぼやけキラキラフィルターが掛かったように見えて余計緊張したり、ルベールにキス待ちと勘違いしてハグチューされそうになったり。使い所は見極めないとならない。笑顔でそれをすると、わりと自然にごまかせるということも最近知った。
「ならばよいが……。それにしても今日の君は、いつにもまして愛らしく美しいな。深い森の木の葉に落ちた、清涼な朝露のひとしずくのようだ」
 要約すると、そのドレスよく似合ってるよ、ってことだよね!
「お褒めいただき光栄でございます」
 敬語とかおかしくても気にしない。異邦人だからで大抵済む。暴言吐かなきゃなんとかなる。
「君の美しさを引き立たせるドレスを作った、あの職人にもあとで褒美を取らせねばな。実はな、彼には今、遠征のときの私の衣装を作ってもらうか検討しているところなのだ」
「そうなんですか。それは彼も喜びます!」
「ふふ、君も嬉しそうだな。よし、決めた。彼に任せることにしよう。巫女の推薦もあったということで」
 わたしはこっそりガッツポーズを作った。ヨウル、喜ぶだろうなあ。自分で作ったものが評価されたんだもの。
「本当に素敵ですわね、そのドレス。ルカ様、ぜひ仕立屋を紹介していただけませんか」
 わたしたちの会話に口を挟んだのは、わりと近い席に座っている、金色巻き毛の美少女だ。水色の大きな目がきらきらしていて、頬はバラ色。目の色に合わせた水色のドレスは、胸元にびっしりビーズが縫い付けられて、照明をぴかぴか反射している。
 公爵令嬢のプリシラだ。いわゆるライバルポジの女の子。アベルに恋していて、いずれは自分がお妃様になると信じて疑わなかった。国中の女の子の中で最もそうなるにふさわしいと、自他ともに認めていたのに、急に異世界から召喚された扁平な顔の女に、そのポジションを奪われてしまった。
「はい、もちろんです。プリシラ様」
「ありがとうございます。とても楽しみですわ。ルカ様をそこまで引き立てるドレスを作れるのですから、きっとわたくしのような不器量な娘でも、それなりに見えるものをあつらえてくれることでしょう」
 はいはじまったー。
 ちゃんとした教育を受けた貴族令嬢じゃしないような発言を彼女がするのは、すべてシナリオの都合です。ごめんなさい。
 腹なんてたたない。彼女がどう考えても一番割りを食っているからだ。ヒロインを引き立てるために何度も何度もハンカチを噛みしめさせられて、べそ掻かせられて。不憫。
 はじめのうちは、彼女の発言で、イラッとしていたわたしも、さすがに毎回、煤けた背中をお付きの女中にさすられてべそ掻く姿を見ていたら、同情心とか親心的なものが湧いてくる。
「彼の腕は折り紙付きです。もともと美しいプリシラ様が、彼のドレスを纏ったら、それこそ天使が嫉妬するかもしれません」
「えっ♡」
 わたしの褒め言葉に、一瞬、嬉しそうな顔をするプリシラ。……可愛いじゃないか。ごまかすように、こほんとわざと咳をするあたりとか。ほっぺが赤いし。正直な子なんだよなあ。
「そう思いませんか、ねえ、陛下」
「そうだな」
 わずかに微笑んだアベルの同意に、プリシラは完全に顔を真赤にし、食事を再開する。

 食事会はつつがなく終了し、わたしは自室へ戻った。そして首をかしげる。
 おっかしいな。食事会イベントだと、どうあがいてもプリシラがわたしのドレスを汚損・破損させることになって、攻略対象が庇ってみたり怒ったりと、お決まりの展開があったのに。ヨウルルートは違うのか。
 ドレスは無事。プリシラもあのあとはずっとおとなしかった。たまに視線を感じて顔をあげると、彼女と目が合ったけれど、害意とかは感じなかったし……。
 呻りながら秘密手帳を確認すると『仕立て屋さんといい雰囲気! このままがんばろう』とある。ほかキャラクターのダブルスコアを出している、ヨウルの好感度もある。うーん、とりあえず、なにかおかしいことしたわけじゃないみたいだから、様子見ようかな。
 そう決め、わたしは緊張で張りまくった筋肉をほぐすため、浴室へ向かった。

× × × × ×

 高いヒールで張ったふくらはぎを、猫脚のバスタブで揉みほぐす。そのわたしの髪を、香油でケアしてくれてたユナが、蒸しタオルで最後の仕上げを終えたときだった。
 きゃーっていう、まさに絹を裂くような悲鳴が響き渡って、わたしとユナはぎくりとした。
「な、なにいまの」
「ルカ様、居室の方です。曲者かも。ここにいてくださいまし」
 言うが早いか、彼女は黒いメイド服のスカートをからげて、白くてなまめかしい太股につけられたガーターベルト、それに装着されていたメイスを引っ掴んだ。トゲ付いてる、すごく凶悪そうなやつ。
 たん、と軽い足音一つ、霞のように彼女は部屋から消える。プロか。
 わたしと言えば、あわあわしながら湯船から転げ出て、壁にかけられてたバスローブに腕を遠し、パンツをはいた。ちゃんと体を拭かなかったから、パンツがくるくる丸まって履きづらいことこの上なし。
 ものをひっくり返すような音、ガラスが割れる音、足音、悲鳴、打撃音などなど、物騒な音がドアの向こうから聞こえてきて、そのたび震え上がる。しばらくして、なんにも聞こえなくなり……、わたしはそろりとドアの隙間から、居室を覗き込んだ。
「ど、どういうこと??」
 部屋のなかはしっちゃかめっちゃかだった。台風でも来たのかって感じ。引き出し類は全部飛び出て中身をぶちまけ、ファブリック類は鉤裂きだらけで、枕の中身の羽毛がふわふわ宙を舞っている。壁の、アベルの肖像画は、ちょうど鼻の部分が陥没してる。
 その惨状の真ん中で、絨毯敷きの床にうずくまっているのは――。
「プリシラ様……?」
「ルカ様あああ」
 ぶるぶる震えながら、涙と鼻水でくしゃくしゃの顔を上げたのは、公爵令嬢プリシラだった。
 その背後で、彼女のお付きのメイド服の女の子二人が手に手をとって、ぶるぶるしてる。二人が見てるのは、ユナだ。ユナは無表情に、肩にメイスを担いでいる。
「どうしてプリシラ様がここに? それ、わたしのドレス?」
 プリシラはびくりと肩を震わせる。
 彼女が着ていたのは、ヨウルが作ってくれた新緑のドレスだった。背中のボタンが全開のまま。なんか、ドレスが淡く光ってるような……?
「ご、ごめんなさい、ルカ様。わたくし、どうしてもこのドレスを着てみたくなってしまって、……その」
「まさか、盗もうとした?」
 じとっとした目をしたわたしに、ぶんぶんプリシラが首を横に振った。
「そこまで恥知らずではありませんわ! こっそり着てみたかったのです! そしたら、その……」
 あんまり変わらんがな。
「そんなの、言ってくれたらいくらでも貸してあげたのに。ほら、泣かないで、立ってください」
「だ、だめぇ!」
 手を貸そうと、プリシラの肩に触れた。なぜか彼女は悲鳴をあげ、――飛びかかってきた。
「うわっ!?」
「いやーっ!」
 のし掛かられた、と思ったら彼女はわきわき指を動かし、私の胸を鷲掴みした。そのままバスローブの上からぐにぐに揉みし抱く。
「いやーっ! いやーっ! お許しくださいいい!」
 揉まれてるわたしより凄惨な顔をして泣きじゃくるのは、プリシラの方。
「ちょ、プリシラ様、お止めください!」
「と、と、止まらないのです!」
「ええ?!」
 おまけに彼女はドレスのスカートをたくしあげ、腿でぐりぐりわたしのあそこを押してくる。おおおおいっ!?
「ユナ! ゆなー! へるぷみー!」
 わたしが叫ぶのと同時に、ユナがプリシラの頸動脈を極め、公爵令嬢はくたりと横たわった。
「ど、どうなってるの……?」

 わたしの問いに答えてくれる人はいなかった。
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