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#1 サフィール 出会い
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皓々と、闇夜を焦がす炎は、最前まで私たちが乗っていた幌馬車から上がっている。
私は恐慌状態に陥った馬二頭を宥めすかして、狭く舗装もされていない街道沿いの草地になんとか率いてきた。
荷物がすべて失われてしまったことに打ちのめされながらも、三人の弟は無傷であることに胸を撫で下ろす。
まさか、人目を忍び選んだこの裏道で野盗にあうとは。我が身の不徳を嘆く。しかも、相手は武装も貧相な十人程度の、浮浪者に毛の生えたような男たち。我が兄であればたちまちに返り討ちにしただろうに、腕に自信のない私は、はじめから保身のために財物をちらつかせ交渉にでるほかなかった。
ところが途中の街で護衛に雇った男らがそいつらを手引きしていたようで、もっと高価なものを載せている――それは私とその弟たちのことである。指名手配されている我々をプーリッサに売り渡した方が良い値になると、護衛はよく知っていたはず――と知られていて交渉が成り立たなかったのである。
連れ去られそうになって、乗っていた幌馬車に火矢を射掛けられたときは、生きた心地がしなかった。
「大丈夫か? 怪我は?」
この人物が颯爽と助けに入ってくれるまでは。
「……いえ、たいしたことは。ありがとうございます」
私は、弟たちを後ろに庇いながら、抜身の剣を引っさげたその人と向かいあう。近づいてみると小柄である。先程の剣技の迫力から、見上げるほどの偉丈夫を想像していたのに、私より背が低かった。騎乗していたので見間違えたか。
目深にフードをかぶり、外套を着込んでいるので人相はわからない。ただ、投げかけられた声に驚いた。女声だ。
「こんな危険な道を通ってどうするつもりだったんだ。この先も似たような輩がうろうろしているよ。護衛はいないのか」
「護衛に、売られてしまいました」
この人が一刀のもとに切り捨てた連中のうち数人が、私が雇った護衛である。今は地面で、炎より暗い赤色の血を垂れ流しているだけの躯だ。
女剣士はため息をついた。
「君たちはプーリッサから来たんだね。訛りがある」
私は口ごもる。
この人物が助けてくれたのは事実だが、込み入った内情を話すほど信用もできない。
警戒を解かない私を見て、その人は苦笑交じりに言った。
「実は、私も君たちと同じような身の上なんだ」
「あなたもプーリッサを出てきたのですか」
「ああ、そうなんだ」
ぱさりとその人はフードを脱いだ。炎に明るく照らされた金……いや、赤色の髪に、炎の光と夜の闇のせいで色はわからないが、きれいなアーモンドの形をした目。
二十代半ばだろうか。つんとした鼻にふっくらした唇、意志の強そうな眉。長い髪を首筋でからげている。私の少ない語彙で適当な言葉を見繕うなら、美女、だった。彼女の容姿は素晴らしいが、足りないものがある。文字通り、足りない――左腕の肘から先がない。上着の長い袖の先を縛って邪魔にならないようにしている。
あれだけの剣技を片腕のみで?
欠損が先天的なものなのか後天的なものなのか。彼女の名前も知らない私にはそれさえ判断できない。
「私はハイリー。家はもう断絶してしまって、姓はないんだ。
よければ同行させてくれないだろうか。女の一人旅、しかも隻腕だといろいろと不便なんだ。路銀も十分あるから、必要があればお貸ししよう。むしろ、同行をお願いするのだから、こちらが支払うべきだな」
背後の惨状を忘れたように、返り血をわずかにあびた外套を手で払い、彼女は朗らかに笑った。
私に選択肢などなかった。抜き身の剣を引っ提げた凄腕の女剣士と、剣技などろくに使えぬ男が一人に子供が三人。私たちはその切っ先を向けられたら、ここで四人とも死体になる。彼女が守護者になるか死神になるかわわからない。同行を断ったら何をされるか。
「……ハイリー、よろしく、お願いします」
「同行してくれるのか。ありがとう。君の名前を聞いてもいいかな」
「私は、サフィール。……あなたと同じ、ただのサフィールです」
「よろしく、サフィール」
彼女はするりと剣を腰の鞘に収めると、一本しかない手で私に握手を求めてきた。握り返した時どこか懐かしい気持ちになったのだが――気の所為、だろう。
私は恐慌状態に陥った馬二頭を宥めすかして、狭く舗装もされていない街道沿いの草地になんとか率いてきた。
荷物がすべて失われてしまったことに打ちのめされながらも、三人の弟は無傷であることに胸を撫で下ろす。
まさか、人目を忍び選んだこの裏道で野盗にあうとは。我が身の不徳を嘆く。しかも、相手は武装も貧相な十人程度の、浮浪者に毛の生えたような男たち。我が兄であればたちまちに返り討ちにしただろうに、腕に自信のない私は、はじめから保身のために財物をちらつかせ交渉にでるほかなかった。
ところが途中の街で護衛に雇った男らがそいつらを手引きしていたようで、もっと高価なものを載せている――それは私とその弟たちのことである。指名手配されている我々をプーリッサに売り渡した方が良い値になると、護衛はよく知っていたはず――と知られていて交渉が成り立たなかったのである。
連れ去られそうになって、乗っていた幌馬車に火矢を射掛けられたときは、生きた心地がしなかった。
「大丈夫か? 怪我は?」
この人物が颯爽と助けに入ってくれるまでは。
「……いえ、たいしたことは。ありがとうございます」
私は、弟たちを後ろに庇いながら、抜身の剣を引っさげたその人と向かいあう。近づいてみると小柄である。先程の剣技の迫力から、見上げるほどの偉丈夫を想像していたのに、私より背が低かった。騎乗していたので見間違えたか。
目深にフードをかぶり、外套を着込んでいるので人相はわからない。ただ、投げかけられた声に驚いた。女声だ。
「こんな危険な道を通ってどうするつもりだったんだ。この先も似たような輩がうろうろしているよ。護衛はいないのか」
「護衛に、売られてしまいました」
この人が一刀のもとに切り捨てた連中のうち数人が、私が雇った護衛である。今は地面で、炎より暗い赤色の血を垂れ流しているだけの躯だ。
女剣士はため息をついた。
「君たちはプーリッサから来たんだね。訛りがある」
私は口ごもる。
この人物が助けてくれたのは事実だが、込み入った内情を話すほど信用もできない。
警戒を解かない私を見て、その人は苦笑交じりに言った。
「実は、私も君たちと同じような身の上なんだ」
「あなたもプーリッサを出てきたのですか」
「ああ、そうなんだ」
ぱさりとその人はフードを脱いだ。炎に明るく照らされた金……いや、赤色の髪に、炎の光と夜の闇のせいで色はわからないが、きれいなアーモンドの形をした目。
二十代半ばだろうか。つんとした鼻にふっくらした唇、意志の強そうな眉。長い髪を首筋でからげている。私の少ない語彙で適当な言葉を見繕うなら、美女、だった。彼女の容姿は素晴らしいが、足りないものがある。文字通り、足りない――左腕の肘から先がない。上着の長い袖の先を縛って邪魔にならないようにしている。
あれだけの剣技を片腕のみで?
欠損が先天的なものなのか後天的なものなのか。彼女の名前も知らない私にはそれさえ判断できない。
「私はハイリー。家はもう断絶してしまって、姓はないんだ。
よければ同行させてくれないだろうか。女の一人旅、しかも隻腕だといろいろと不便なんだ。路銀も十分あるから、必要があればお貸ししよう。むしろ、同行をお願いするのだから、こちらが支払うべきだな」
背後の惨状を忘れたように、返り血をわずかにあびた外套を手で払い、彼女は朗らかに笑った。
私に選択肢などなかった。抜き身の剣を引っ提げた凄腕の女剣士と、剣技などろくに使えぬ男が一人に子供が三人。私たちはその切っ先を向けられたら、ここで四人とも死体になる。彼女が守護者になるか死神になるかわわからない。同行を断ったら何をされるか。
「……ハイリー、よろしく、お願いします」
「同行してくれるのか。ありがとう。君の名前を聞いてもいいかな」
「私は、サフィール。……あなたと同じ、ただのサフィールです」
「よろしく、サフィール」
彼女はするりと剣を腰の鞘に収めると、一本しかない手で私に握手を求めてきた。握り返した時どこか懐かしい気持ちになったのだが――気の所為、だろう。
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