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 ドクターの手が、ふと、イオの顎に添えられた。

「唇を噛み締めている。鬱血してしまうから、よしなさい」
「そっ……あっ……できな……」

 そんなことを言うなら、この変な声が出てしまうような検査を、すぐに止めてほしい。きゅうっと乳首をつねられ、イオは必死で唇を噛んだ。

「開口器具を用意しておくべきだった。仕方ない。ほら、口を開けなさい」
「んう……」

 口の中に指を滑り込まされた。かすかだがゴムの独特のにおいがする。

「ひやぁ……らめ……」

 なにかのはずみに、ドクターの指を噛んでしまうのではないか。イオは必死に舌でドクターの指を追い出そうとしたができなかった。手を使おうにも拘束されている。
 胸を揉みしだいたり、くすぐったりしていた大きな手は、滑らかな曲線を描く脇腹をそうっと撫でると、柔らかなしげみに触れた。さらに下って、太ももの隙間に到達する。

 ぬちゅ、とかすかな水音がした。
 イオは羞恥心では死ねない自分の構造を恨んだ。スミレ色の目は見開かれ、ドクターに固定される。ドクターも、イオの表情やほか全ての変化を見逃すまいとしてか、目をあわせたまま、手を動かしている。
 かすかにとろみのある温い分泌液は甘酸っぱいにおいがする。それに包まれた粘膜の谷の、一番深い部分を指がなぞった。燃えるようなのにぞくぞくする。臍の下がきゅうっと締め上げられるような切ない感覚に、イオは身悶えた。

「あう……! やあ……!」

 何度も谷底を刺激され、熱が引く前に新しい熱を追加され、イオは半開きの口の端からたらたらと唾液をこぼしながら、声を上げた。歯を食いしばったらドクターを怪我させてしまう。だがいつまで意識できるかわからない。
 足も手も自由がないから、椅子の上で背筋を弛めて、必死に熱をのがそうとした。なのにドクターが、濡れそぼった粘膜を執拗に刺激し続けるのを止めてくれない。思考が乱れ、頭の芯がぼわっと熱くなってきた。

 ――これは正常なの? それとも……。

 ふと、ドクターの指が一点に触れた。谷の始点の秘められた部分に。

「ふあっ!?」

 電流が腰の奥に走って、悲鳴じみた嬌声がほとばしった。
 爪先に力が入って丸まる。
 そこが、女性が興奮すると勃起する器官で、快感を得やすいものだという知識はある。知識だけは。自分でいたずらしたことなどないし、興奮と言われてもピンとこなかった。

「っあ……んぅううっ、やぁあ!」

 鼻にかかった声だとか、汗が肌をしたたることとか、気にしていられなかった。ドクターの指が、分泌液を塗り込めながら陰核を押しつぶすたび、あるいは形を確認するようにそっと撫でるたびに、目の前がちかちかするような強烈な快感が押し寄せる。
 お腹に動力炉があって、それの蒸気が危険値を突破しようとしている。そんな気がした。

「ろくらぁ、らめ……あ、ああっ、ぁぐっ」

 ぱっと頭の奥がフラッシュし、浮遊感に全身が包まれる。
 どのくらいしたのか。イオはふと我に返った。たぶん、放心していた。時間は長くないだろう、汗が冷えてないから。

 口の中からするりとドクターの指が抜けていった。そして手の甲が、うつむいたイオの頬をそっと押し上げる。
 とろりとしたスミレ色の目と、淡い茶色の目が向かい合った。

「気分はどうだ」
「きぶん……。……暑いです……」
「痛むところや、心臓が圧迫されるような感じは?」
「ないです。……ドクター、いまのは……? わたし、よくわからな……い」

 息を整えながら問えば、ドクターは表情を崩さないまま、小さくうなずいた。

「いわゆるオーガズムというやつだろう。とりあえず、君のホルモンの分泌・受容は正常値内だと思われる。これに関しては天然の人間にもかなり振れ幅があるし、体調や諸条件でも複雑に変化するから、一概に正常とは言い難いが、機能しているのは間違いない。
 今日の検査は終わりだ。体を休めるといい」

 椅子が初期位置に戻され、拘束が解かれる。イオはのろのろと自力で顔を上げた。
 ぼんやりしているところで突然、股をガーゼで拭われ、反射的に足を閉じようとした。それよりさきに、ぬるついた体液を拭き取られたが。

「やうっ、や、じ、自分でできます」
「急に動くと危険だ」

 だったら拘束しておいてほしい。不満は結局口にできなかった。

 続いて、手近にあった脱脂綿で顎を拭われた。どこもかしこもべたべたになっていた自分を思うと、いたたまれない。なにより、ドクターが相変わらず涼しい顔をしていることが羞恥を煽った。

「立てるか」

 手を貸してもらい、立ち上がる。まだふわふわしているが、動けないほどではない。汗を流したい。畳んでおいた検査着を着直していると、ドクターも手袋を脱いだ。

「あ! ご、ごめんなさい、わたし、その、つい」

 ドクターの人差し指と中指の第一関節と第二関節のあいだに、はっきりと歯型がついていた。気をつけていたというのに。

 服を着るのもそこそこに、慌てて彼の手をとるが、ドクターは軽く肩をすくめただけだ。

「出血もないし、放っておけば治る。君の唇のほうがひどく鬱血している。明日以降は、対処を考えねば」

 ぷに、と唇を親指で押された。たしかにぼんやりとした痛みがある。
 そんなちょっとの怪我よりも、今のドクターの言葉のほうが気になった。

 明日以降も検査は続くのだ。ますます気が重くなった。
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