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 夕方、帰りの汽車の個室で、お土産に買ってもらった植物図鑑を広げ、イオは最近覚えた歌を口ずさんでいた。
 ドクターが、持参した板状のデバイスになにかを入力していたが、終わったのか、ふう、とひとつ深い息を吐く。

「どうかしましたか、ヨシカ」
「報告が終わって、新しい検査項目を確認したところだ。
 ところでイオ、明日から新たな検査がはじまり、ここから数日それがメーンになる」
「あ、はい……」

 しゅんとイオの気持ちがしぼんだ。
 報告。そして検査。
 今日一日、楽しんでいたのはイオだけで、ドクターは違ったのだ。仕事のつもりだったのだろう。反応の検査かなにかだったんだと思うと、ドクターが急に遊びに連れ出してくれたのがなぜなのか、すとんと納得できた。舞い上がっていてろくに考えもしなかったが、本来、自分と出掛けたところでドクターにはなんの得もない。

 イオはようやく思い出す。
 自分たち人造人間は、天然の人間たちの生殖補助のために作られ、宗教上倫理上の問題から、一部、天然の人間たちよりも権利を制限される。機能的に劣っているわけではないが、世界をうまく回していくには必要な処置なのだとされている。
 狼人間や吸血種もそうだが、世界の覇権をとった天然の人間たちよりも一歩劣るから亜人と呼称されるのだ。公にされていないから定義されてもいないが、人造人間だって、人間の創造物と考えれば、くくりは亜人になるだろう。
 生まれたときに違いを納得していたのに、いつの間にか自分が天然の人間と同じであるかのように錯覚していた。

 天然の人間であるドクターが、そんな自分とのお出かけを本当に楽しんでいるはずもないのだ。もし楽しんでいたとしたら、いわゆる愛玩動物を愛でる楽しみ方に違いない。

 注意されたりがっかりされたりしたときと同じ、もしくはそれ以上に、気持ちが沈んだ。頭を切り替えようと、問いかける。

「あの、新しい検査ってなんの検査でしょう」
「君の生殖機能、それに付随するあらゆる情動の変化や肉体的反応に関する検査だ」

 わっと顔に血が集まってきた。窓から差し込む夕日で気づかれないことを祈る。

 なにをするかは学習済みだ。とくに強制も推奨もされていなかったが、雑誌で紹介されていた恋愛小説を読み、そこから人間の生殖行為についていろいろと知った。
 人間も両性生物であるからに自然かつ当然の行為であって、恥ずかしく思う必要はない。わかっているのに、いつか映画で見た美しくも官能的なシーンを連想してしまって、そわそわする。というのも、そのシーンを思い出したときに、役者たちをなぜか自分とヨシカに当てはめてしまって、後ろめたい気持ちになったことまで思い出してしまうからだ。

 同時に、最前の落ち込みなど比較にならないくらい、悲しい気持ちになった。

 きっと、映画のように優しくて美しいシーンにはならないと、わかっていた。なぜならそこに恋も愛もないから。
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