上 下
13 / 46

第十三話

しおりを挟む
 三人は、まずは街の中で達成できる屋敷の外壁掃除の依頼に向かう。

 場所はギルドからしばらく歩いて、街の北側に位置する住宅街の一角だった。


「おおお、これはでかいな」

 地図を確認しながらたどり着いた先にあったのは、まるで城と見まごうばかりの巨大な屋敷だった。


「ガウガ(デカい)」

「きゅっきゅー(おっきー)」

 ガルムとプルルも屋敷のサイズに驚いている様子だった。


「おい、お前は何者だ」

 大きな屋敷だけあり、警備の兵士が不審な様子のクライブたちに声をかけてくる。

 全身鎧で槍を手にしているため、顔は確認できないがクライブよりも少し身長が大きい。


「あぁ、すみません。依頼を見てきたんですけど、屋敷のあまりの大きさに驚いてしまいました」

 クライブはそう言いながら、冒険者ギルドカードと依頼受領の用紙を衛兵に見せる。


「……お前が旦那様の依頼を受けた冒険者か。しかし、その……なんだ。その細い腕で屋敷の外壁を全て掃除するとなると、ことだぞ? 魔物を連れているみたいだが、そいつらに掃除させるわけにもいかないだろうし……」

 本当に依頼を達成できるのか、表情は見えないが衛兵は懐疑的な雰囲気でクライブを見ていた。


「まあまあ、こちらにも考えがありますのでやらせて下さい。作業には早速取り掛かってもいいですか?」

「あぁ、いや。一度旦那様に会って説明をしてから取り掛かるようにしてくれ。今、中に案内する」

 そう言うと、衛兵はもう一人の衛兵に目配せをしてクライブたちを門の中にいれる。


 衛兵はお屋敷の入り口をノックして、中にいた執事にクライブたちのことを伝え、持ち場に戻る。


「あなたが依頼を受けて下さった冒険者様ですね。それでは、旦那様のもとへとご案内いたします」

「お願いします」

 案内を引き継いだのは、タキシード姿でオールバックで眼鏡といういわゆる執事といった姿の人族の男性である。


 屋敷の中は何やら音楽が流れており、それ以外は掃除の音などがするだけで静かだった。

 ガルムとプルルを連れているが、特に何も言われないためクライブは触れないことにしている。


 階段を上がり、廊下を進んでいくと大きな扉の部屋に到着する。

「旦那様、外壁掃除の依頼を受けた冒険者様がいらっしゃいました」

 ノックをしてから、執事が部屋の中へと声をかける。


『入ってもらいなさい』

 中から落ち着いた低い声を聞こえてくる。


「どうぞ、お入り下さい」

 執事はゆっくりと扉を開けて、クライブたちを中へと誘導する。


「ふむ、君たちがうちの外壁を掃除してくれる冒険者か」

 そこにいたのは、猫の獣人の男性だった。種別は三毛猫。人ベースの獣人ではなく、猫ベースの獣人でありその顔も三毛猫そのものである。

 獣人であるため、年齢はわかりづらいが落ち着いた雰囲気からそれなりの年齢であることがわかる。


 この部屋に来るまで執事、メイドなどを何人か見かけたが全て人族であったため、旦那様と呼ばれるこの屋敷の主人も人族だとクライブは思い込んでいた。


「あっ、えっと、はい」

 驚いているクライブはなんとか返事をするだけで精一杯だった。


「ふふふっ、私が猫の獣人だから驚いているのだね。わかるよ。この家の使用人は全員人族だからね。私は今回依頼をしたこの屋敷の主人、マクスウェルだ。よろしく頼む」

 そう言うとマクスウェルは手を差し出し、クライブもその手を取って握手をする。


「それで、君と、そちらの魔物の三人でうちの外壁掃除を全て?」

 かなりの大きさの屋敷であるため、ゴシゴシと壁を掃除するのでは何日あっても終わらないであろうとマクスウェルは考えている。


「えっと、ちょっと特別な方法を考えているんですけど、それを納得して頂ければ早く終わると思います」

 クライブはそう言うと、ガルムの頭の上にいるプルルを抱える。


「それは、どういうものなんだ? まずは見せてほしいんだが」

「わかりました」

 クライブはキョロキョロと部屋の中を見る。

 すると、絨毯に目が留まる。


「あの、あそこのシミはワインか何かで?」

「あぁ、その通りだ。すぐに掃除をしてもらったんだが、シミが抜けないので早々に交換をしようと考えている」

 クライブは説明を聞きながらシミへと移動し、プルルをおろす。


「きゅっきゅー」

 鳴き声をあげるとプルルは絨毯のシミを吸収する。

 それを確認したクライブはプルルを再度持ち上げた。


「どうでしょうか?」

「どれどれ……おぉ、これはすごい! ……濡れてもいないし、綺麗だ」

 マクスウェルはしゃがんで絨毯を確認して、その効果を実感した。


「スライムが汚れを吸収する。という方法に納得してもらえるのであれば、外壁はすぐに綺麗になりますが、いかがですか?」

 もしかしたら、魔物を使うという方法を納得しない可能性もあったためクライブが確認する。


「いやいや、是非頼みたい! これなら、汚れが綺麗にとれるはずだ。しかし、その、彼? 彼女? 一人で屋敷全体の掃除が可能なのか?」

 この質問にクライブはニヤリと笑う。


「そこはちゃんと手がありますのでご安心下さい。早速取り掛かろうと思うのですが……ご覧になります?」

 ここまでのやりとりで掃除方法に興味があるように見えた。だから、クライブは質問をした。


「も、もちろんだ! ささ、こっちだ。外に行こう」

 そして、見事マクスウェルは食いつき、自ら外へと案内をしてくれた。

 一階に移動、そして一室に入り、そこから中庭へと出る。


「それでは頼む」

「わかりました。プルル、みんなを出してくれ」

 クライブは返事をすると、プルルに指示を出す。


「きゅっきゅきゅーーー!」

 大きな声を出すと、プルルの身体が大きくなり、そして分裂した。


「な、なんとお!?」

 マクスウェルが期待通りの反応を見せる。


「よし、それじゃあみんな、屋敷の外壁の掃除だああ!」

 クライブが壁を指さすとスライムたちが一斉に動き出して、壁に張り付いていく。

 プルルを含めて155体のスライムが外壁に張り付き、移動しながら汚れを吸収していく。


 様々な色のスライムが動く様は、奇妙で、しかしどこか美しくもあった。


「お、おぉぉおお、こ、これはすごい。たくさんのスライムが動いて、動いたそばから壁が綺麗になっていく」

「みんな、ついでに屋根も綺麗にしてくれ!」

 クライブの指示に反応して、スライムたちが次々に屋敷を綺麗にしていく。


 スライムたちが外壁全ての汚れを吸収し、掃除を終えるまでにかかった時間は一時間程度だった。

 掃除を終えたスライムたちは、再度合体してプルルがメインになって元のサイズに戻って行く。


 見上げるほどの屋敷で普通に掃除したら何日もかかるはずの作業。

 クライブとスライムたちの協力ですっかり屋敷はピカピカの状態に戻った。


「ま、まさかこの短時間で、しかもまるで新築のような状態になるとは!」

 マクスウェルはほくほくとした笑顔で屋敷を眺め、驚いている。


「ということで、依頼は完了でいいですか?」

「もちろんだ! 依頼していた以上の結果を残してくれた! これは依頼に出した金額では足らないな。ちょ、ちょっと待っていてくれ。シムズ! シムズはいるか!」

 気分がよくなったマクスウェルは一人で話を進め、誰かを呼んでいる。

 呼ばれてやってきたのは、先ほどマクスウェルの部屋まで案内してくれた執事だった。


 シムズに何かを指示すると、マクスウェルはクライブたちを部屋の中に入るように促す。

 そこからはメイドによって応接間へと案内され、そこでお茶を出された。

 まるでお客様待遇であることにクライブは戸惑っている。


「えっと……」

 どういう状況なのかとメイドに質問しようとするが、黒髪ショートのメイドはニコリと笑って一礼すると部屋から出て行ってしまった。


美味しいお茶と、美味しい茶菓子に手をつけて待っていると、十分ほどしてマクスウェルが執事のシムズを伴って戻ってきた。


「ふむ、待たせたな。これは私からの礼だ。受け取ってくれ」

 マクスウェルがそう言うと、テーブルの上にドサリと重みのある袋が置かれた。

 中からは金属が擦れるような音が聞こえてくる。


「えっ? 礼って、まさか……えぇぇええええ! こ、こんなに!?」

 中を覗いてみたクライブは、袋一杯に金貨が詰まっていた。

 ガルムとプルルはこれがお金と呼ばれるもので、これがあれば主のクライブが喜ぶとわかっているため、ご機嫌になっていた。


後書き編集

お読みいただきありがとうございます。


「面白かった」「続きが読みたい」と思った方は、感想、評価、ブックマークなどで応援して頂ければ幸いです。


しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

もふきゅな
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

処理中です...