上 下
38 / 41

第三十八話

しおりを挟む
 アレクシスはのしかかってくるベヘモスに対して逃げることはせず、全力で大地を踏みしめている。

 これまで何度も身体強化の魔眼を使用して父親、教師、魔物と戦ってきた。

 全力でやっていいと言われたこともある。


 しかし、魔力量が化け物クラスのアレクシスが本当に本気を出してしまっては、相手を完全に破壊してしまう可能性がある。


 だが、目の前にいる魔物ベヘモスも化け物クラスである。

 それならば、全力で攻撃をしても構わない。


 加えて、ここで付け焼刃だったが新しい魔眼を発動させる。


――全身強化の魔眼起動――


 これらの判断がアレクシスに最高の一撃を繰り出させる。


「うおおおおおお!」

 地面を蹴る力が強すぎるため、踏み込んだ足がめり込む。

 ベヘモスの身体が落ちてくるタイミングに合わせて、アレクシスが全身全霊最強の一撃をカウンターで合わせた。


 拳と身体が激しく衝突する。

 インパクトの瞬間、ドゴンという大きな音とともに、周囲に衝撃波が巻き起こる。


 木々は衝撃波によって傾き、戦っているワズワースや周囲で見守っている生徒たちは腕を顔の前にもっていき、その衝撃をなんとか防ごうとする。


 それほどに強烈な一撃が放たれていた。


 アレクシスは攻撃時の姿勢のまま固まっている。

 ベヘモスも動きを止めるが、ミシミシと音が鳴っているのが聞こえてくる。


「……なにかにヒビが入ったような?」

 戦いを見守っていたリーゼリアがつぶやく。

 ヒビが入ったような、という表現は的確であった。

 アレクシスが放った一撃は腹から背骨まで達して、そのまま背骨をボロボロに破壊しつくしていた。


「GA……」

 そしてベヘモスはそれだけ声をあげると、ドスーンと大きな音をたてて、横倒しになった。


「はあ、はあ、はあ、はあ」

 さすがのアレクシスも呼吸が乱れている。

 生まれてこのかた、これほどまでに魔力を消費したのは初めてのことだった。

 そして、緊張の糸が切れたように膝をつくアレクシス。


「アレク君!」

「アレクシス君!」

 リーゼリアとユリアニックが慌てて駆け寄る。


 ベヘモスがアレクシスにのしかかった時は生きた心地がしなかった。

 そして、ベヘモスが倒れた今、アレクシスが膝をついているのを見て、もういてもたってもいられず、彼に駆け寄っていた。


「ヒーリングウォーター!」

 リーゼリアはアレクシスの治療をしようと、慌てて水の回復魔法をかける。


「あ、ありがとう。でも、怪我はしてないから大丈夫だよ。ちょっと、魔力が、きつい、だけだから」

 なんとか立ち上がろうとしたアレクシスだったが、ふらふらとよろめいてその場に尻もちをついてしまう。


「そ、そんな、ど、どうすれば……そうだ! ユリアさん!」

 リーゼリアは何か思いつくと彼の右手を握り締める。名前を呼ばれたユリアニックも何をしようとしているのか理解して左手を握りしめる。


「な、なにをするんだい?」

「「黙っていて下さい(です)!」」

 真剣な表情のリーゼリアとユリアニックは思い出していた。


 アレクシスの指導を受けたあの日、魔力操作についてのやり方を教えてもらった日。

 最初に何をやったのか?

 それは魔力の循環を感じること。


 しかし、それを感じることがなかなかできなかった二人に対して、アレクシスがきっかけをくれた。


 それはアレクシスの魔力を身体の中に流し込むという方法である。

 彼女たちはその時にやってもらったことを反対にアレクシスへと行おうとしている。


 祈るように目を閉じた二人の手からアレクシスの手へと徐々に魔力が流れ込んでいく。

 他者の魔力というものは異物であるため、一気に流し込むと拒絶反応が出てしまう可能性がある。しかし、少量であれば問題ないことは自身で確認済みである。


「暖かい……」

 アレクシスは魔力が枯渇して冷えていた身体が徐々に温まっていくのを感じていた。


 流れ込んでくる彼女たちの魔力はアレクシスにとって心地よいものであり、魔力が少しずつではあるが補充されて、気分も落ち着いてきている。


「おい、大丈夫か!」

 そして、担任であるワズワースも心配して駆け寄ってきた。


 彼自身も渾身の一撃でベヘモスのことをのけぞらせており、その負担がのしかかって疲れた表情をしている。


「えぇ、なんとか大丈夫です。先生があいつの身体を起こしてくれたおかげですよ」

「まあ、なんとかな。それよりもお前の攻撃のほうがとんでもなかった。しかし……お前、本当に十二歳か? 十二歳の皮をかぶった三十歳のSランク冒険者なんていうことはないよな?」

 その問いかけにアレクシスはドキッとする。


 三十歳でもSランク冒険者でもないが、身体に宿る元々の魂は地球人の山田幸作であることを指摘されたように感じてしまったためである。

 しかし、動揺しては怪しまれてしまうため、アレクシスはその動揺をふうっという呼吸とともに外に吐き出した。


「まさか、そんなわけないじゃないですか。僕はちょっと腕に自信のある学院の一年生ですよ。冒険者ランクもDランクと微妙な位置ですしね」

 アレクシスが冗談めかして言うと、ワズワースは嘆息し、リーゼリアとユリアニックは笑顔になっていた。


「さすがアレク君ですね。うんうん」

「さすが、です」

 満足そうなリーゼリアたちを見て、ワズワースは沈痛な面持ちになっていた。


「はあ、まあいいんだがな……それよりも、こいつはどうしたもんかな?」

 ワズワースの言うこいつとは、ベヘモスの遺体のことである。


 巨大であるのも理由の一つであったが、ベヘモスといえばかなりレアな魔物であり、幼体といえどその素材は高値で取引されている。

 野外演習という授業の中で倒されたが、とどめをさしたのはアレクシスであり、彼がいなければ倒すことはできなかった。


 しかも、今回はワズワース自身がアレクシスに助力を頼んでいる。

 アレクシスは冒険者として活動しており、もちろんベヘモスの価値もわかっている。 


「はあはあっ――ワズワース先生! アレクシス君にリーゼリアさん、それからユリアニックさんも、みんな無事ですか?」

 そこにやってきたのはフランシスだった。

 彼女は学生の誘導を最優先に行っており、戦闘はワズワースたちに任せていた。


「おう、俺は無事だ。こいつらも怪我はしていないみたいだぞ」

 ワズワースの返事を聞いて、フランシスはほっと胸をなでおろす。


「それはよかった……。そうだ、今学院と連絡をとったら、エリアリア先生が来るとのことです。一応通信用の魔道具を持ってきたのが功を奏しました」

 それを聞いてワズワースはほっとしていた。


「なら、このベヘモスをどうするかの判断もエリアリア先生に相談することにしよう。解体は……アレクシス、できるか?」

 このまま放っておくよりも、できるのであれば先に解体しておいたほうが後々の作業が楽になる。


「ワズワース先生!」

 その言葉を聞いたフランシスは咎めるようにワズワースの名前を強く呼ぶ。

 生徒に解体を頼むなどあってはいけないと判断していた。


「あぁ、すまんすまん、そうだった。どうにもアレクシスは他の生徒と違って、頼りになりすぎるからつい、な」

「いや、構いませんよ。ちょっと時間はかかりますけど解体できるのでやります」

 そう言うと、アレクシスは学校から支給された片手剣と自分のナイフを取り出して、早速解体に取り掛かる。


「アレクシス君! もう、担任が担任なら生徒も生徒ですね」

 不満そうに言いながらも、彼女もアレクシスの能力を買っていたためそれ以上は口を閉じる。


「あ、あの、私もお手伝いしましょうか?」

「手伝う、です」

 すると、リーゼリアとユリアニック助力を申し出る。


「うーん、どうしようかな……そうだな、骨とか爪とか解体するからユリアはそれを運んでくれるかな? で、リーゼにはそれを水魔法で綺麗にしてくれると助かるかな」

 リーゼリアの申し出にアレクシスが彼女の仕事を思いつく。


「もちろんです! お任せ下さい」

「やる、です!」

 二人はアレクシスの指示を受けてやる気をみなぎらせていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、pixivにも投稿中。 ※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第六部完結】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

ゲームの中に転生したのに、森に捨てられてしまいました

竹桜
ファンタジー
 いつもと変わらない日常を過ごしていたが、通り魔に刺され、異世界に転生したのだ。  だが、転生したのはゲームの主人公ではなく、ゲームの舞台となる隣国の伯爵家の長男だった。  そのことを前向きに考えていたが、森に捨てられてしまったのだ。  これは異世界に転生した主人公が生きるために成長する物語だ。

処理中です...