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第二十三話

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 薬草がよく採れるのは王都の西にある森であり、子どもの足でもすぐに到着することができる――という情報をアレクシスとミスナのやりとりを聞いていた冒険者が教えてくれた。


「本当に近かった!」

 到着したのは、アレクシスが王都を出発してニ十分ほどしてのことだった。

 身体強化の魔眼を使用していたから早く到着したが、それがなかったとしても十分に近い距離だった。


「さて、薬草薬草っと……」

 アレクシスは実家でも森で遊ぶことが多く、薬草がどういう場所に生えているかを知っている。

 周囲をぐるりと見渡し、あたりをつけて歩いていくとすぐに薬草の群生地に到着した。


「よかった、これならたくさん採れる」

 アレクシスは薬草の根元に手をあてて、傷つけないようにゆっくりとナイフで切り取っていく。

 このナイフも父から譲り受けたものだった。


 丁寧に薬草をとっていき、五枚採るとそれを束ねて小さな袋にいれ、それをカバンに入れる。

 その作業をアレクシスは黙々と繰り返す。

 全ては採らず、一定量を残したところで次の場所に移動して作業を繰り返す。


 そうして、昼を迎えるころには目的の量を大きく上回るだけの薬草を集めることができた。


「全部採っちゃうと、次生えてこなくなっちゃうからこれくらいにしておかないと。結構集まったから、ご飯食べて帰るかな。どこか景色のいい場所に……」

 アレクシスは寮の食堂で弁当を作ってもらったため、それを食べる場所を探そうと森の中を歩いていく。


「お、ここいいかも」

 そこは湖のほとりでちょうど座れるような岩もあり、アレクシスはその岩に座って弁当を取り出す。


「うん、あの寮のシェフの料理は美味しいんだよなあ。お弁当も冷めても美味しいものが入っているし、いい腕だなあ」

 貴族の子弟の舌を満足させるために、寮には優秀なシェフが交代で常駐していた。


 今回の弁当はサンドイッチをメインとして、おかずとして肉料理にサラダがついている。

 アレクシスは舌鼓をうちながら、それらの料理を口にしていく。


 そろそろ食べ終えるというところで、ふと異変に気づく。

 座っている岩が揺れているのを感じたのだ。


「──地震?」

 これまでこの世界で生きてきた十二年間において、地震に遭遇したことは一度としてなかったため、アレクシスは怪訝な表情で周囲を見渡す。

 すると、湖が波打っているのが目に入った。


「もしかして……」

 嫌な予感を覚えたアレクシスは弁当をカバンにしまうと、真剣な表情で剣を抜く。構えた先は湖。


 最初は小さかった波打ちが次第に大きくなりざばーと水を大きくかき分けて姿を現したのは、大きな水の竜の魔物だった。


「レイクサーペント!」

 アレクシスは魔物の特徴などを本で勉強していた。

 その知識の中で該当する魔物は、湖に生息する水竜であるレイクサーペントだった。


 ──身体強化の魔眼起動──


 相手の出方を探るため、そしてとっさの行動に対応できるように、まずは身体強化をした状態で相対する。


 レイクサーペントは湖の中にいた時点でアレクシスの魔力を感じ取っていた。

 強大な魔力を持っているアレクシスのことをレイクサーペントは敵だと認識して睨みつけている。


 幼少期からアレクシスは自分の魔力のコントロールの修業はしてきていた。

 もちろん魔力量を抑えて見せる修行も行っている。

 しかし、レイクサーペントは魔力感知能力が高く、アレクシスの強い魔力を感じ取って、その強さに危険を感じて姿を現していた。


「ただお弁当食べていただけなんだけど、逃がしては……もらえないみたいだね」

 既にレイクサーペントは攻撃態勢に入っており、水の玉がアレクシスに向かって放たれる。


 剣で受け止めては衝撃で吹き飛ばされる可能性があるため、回避を選択する。


「GRRR?」

 避けられたことに首を傾げたレイクサーペントだったが、今度は避けられないようにと複数の水の玉を放っていく。

 しかし、それら全てをアレクシスは軽々と回避していた。


「ここで戦うのは相手に有利すぎるね……」

 水の玉は魔法ではなく、レイクサーペントが湖から吸い上げた水を吐き出している。

 つまり、ここで戦っていては湖の水が干上がりでもしない限り、攻撃を続けられてしまう。


「それじゃあ……さよなら!」

 アレクシスが選んだのは、戦闘継続でも攻撃回避でもなく、逃亡だった。

 身体強化した身体で、全力で後方に向かって走りだす。


 あまりの勢いにレイクサーペントは一瞬虚を突かれてしまうが、アレクシスが逃げたことに気づいたため湖を出てすぐに追いかける。

 アレクシスは逃げる際にあえて茂みや小さな木がある方向を選択している。


 小回りの利くアレクシスとは異なり、レイクサーペントの巨体であればそれらを避けることは難しい。

 しかし、難しいならばとしなるように体をくねらせたレイクサーペントは障害物となる木々の全てをなぎ倒してアレクシスを追いかけていた。


「ははっ、こいつはすごいね!」

 走ったまま振り返って、レイクサーペントが木々をものともせずに追いかけてくる様子を見てアレクシスは笑っていた。


 強者との戦いに、アレクシスはいつも心を震わせていた。


「よし、そろそろいいかな」

 水辺からは完全に離れ、なおかつ戦いやすい開けた場所へと到着したため、アレクシスは足を止めて向かってくるレイクサーペントと向かい合う。


 レイクサーペントの追いかける勢いは止まらず、そのままアレクシスを踏みつぶそうとしていた。

 対してアレクシスも地面をい蹴ってレイクサーペントへと向かって行く。


「GRRRRR!」

 そのアレクシスの行動に気づいたレイクサーペントは、アレクシスの進行方向めがけて水の玉を吐き出していく。


 吸い上げていた水がまだ体内に残っており、数発ならば水の玉を発射することができた。

 しかし、それらは全てアレクシスの素早いサイドステップで避けられていく。


 水の玉がつきたのがわかると、アレクシスはニヤリと笑って一気に距離を詰めていく。


「やあああああ!」

 全力で向かうアレクシス、全力でここまで追いかけてきたレイクサーペントが大きな音をたてて衝突する。


「GYUAAAAAAAAAA!」

 アレクシスは父からもらった剣をレイクサーペントに突き刺していた。レイクサーペントの皮膚は硬いが、双方の勢いによってそれを突き破っていた。


 痛みによってレイクサーペントは悲鳴をあげるが、その目は死んでおらず怒りに満ちてアレクシスを睨みつけようとしている。


「これくらいじゃ倒せないことはわかっていたよ」


 ──雷鳴の魔眼起動──


 ゆえに、雷系統の上位ランクの魔眼を起動させる。


「くらえ“飛来するイカヅチ”!」

 言葉のとおり、空に現れた雷雲から雷がアレクシスの剣めがけて落ちてくる。

 太い稲光を避けるようにアレクシスは全力で後方に飛んでゴロゴロと転がって離れている。


「はあ、はあ、はあ……」

 急激な挙動に息を切らしながらも急いで顔をあげて、結果を確認する。

 そこには腹のあたりに剣が突き刺さり、ブスブスと音をたてながら真っ黒こげになっているレイクサーペントの姿があった。


「はあ、はあ、ふう、はあ。なんとかなったか。父さんたちに色々教えてもらっていてよかったよ」

 相手の得意で戦うな。相手の虚をつけ。攻撃にはさらに次の手を用意しておけ。

 これらを父とその友人たちから教え込まれ、様々な戦闘パターンを訓練してきた。


 そのおかげで巨大なレイクサーペントを相手にしても、アレクシスは動じることなく戦うことができた。


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