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第十四話
しおりを挟む「よく知っていましたね。大変よく勉強しているようで偉いですよ」
エリアリアがアレクシスのことを褒めるが、思わぬ返事にぽかんと口を開けて驚いていた。
「えっ? エンシェント? 確か、古代エルフとか言われているって何かの本で……えっと、これ聞いたら失礼かもしれないですけど、エリアリア先生っておいくつですか?」
試しにエンシェントエルフと答えてはみたものの、まさか正解すると思っていなかったアレクシスは思わず驚いて、普段なら女性に聞くことのない年齢についての質問をしてしまった。
アレクシスのストレートな質問にエリアリアは一瞬驚くが、すぐに笑顔になる。
「覚えている限りになりますが、確か千二百歳は超えていると思います。この学院の創立がおよそ千年前になりますが、その以前から生きていますので」
あっさりと答えてくれたエリアリアのその答えにアレクシスは驚いて息を呑む。
エルフの平均寿命は本で読んだ限りでは二百五十年程度、長命なものでも三百年程度といわれている。
先ほどアレクシスが言ったハイエルフとはその寿命を超えて生きた者が呼ばれることが多い。
「あ、あの、ということは、もしかしてこの学院の本当の理事長って……」
学院の創立以前から生きているともなれば、この学院にも大きな影響を与える人物である。
ならば、目の前にいるエリアリアこそが理事長なのではないかと予想していた。
「ふふっ、そちらもわかりましたか。そのとおりです。入学式の時に話した理事長代理は我が家の庭師さんなんですよ。うちの使用人の中でも一番それっぽい人を選んだんですが……ぽい、ですよね?」
やはりそうだったかと思いつつ、ずっと感じていた違和感が晴れたことにアレクシスは頷く。
思い返してみると、あの理事長は話が長く、年齢も高く、髭も生えていて、わざとらしいほどにいかにも理事長という感じであった。
「それはよかったです。うんうん、あとでいい演技だったとマドックさんを褒めてあげないとですね」
偽理事長名前はマドックといい、長年エリアリアの家に勤めていた庭師である。
その彼が腰を痛めて、現役を引退しようかどうか彼女に相談した時に、理事長代理の話を持ちかけた。
二つ返事で了承したマドックもエリアリアに十分毒されていた。
「――コホン。さて、話がそれましたが、本題に戻りましょう。アレクシス君……あなたはなぜここに呼ばれたかわかりますか?」
エリアリアは笑顔のままで、そんな質問をアレクシスに投げかける。
この言葉を言われる時はおおよそ良くないことであると相場が決まっている――そう考えたアレクシスは硬い表情で頷いた。
「はい……アレ、ですよね。僕が試験の時に水晶玉を割ってしまった……本当にすみませんでした」
アレクシスは試験を受けてから今日までの間で一番やらかしてしまったことはなんなのか考えていた。
そして出た結論はあの魔力量を検査する水晶玉破壊事件だった。
これまでの話で彼女が理事長であることがわかった。
理事長自ら生徒の一人を呼び出したということは、相応に重い罪について注意をしようとしている。
きっと貴重な魔道具だったのだろうと判断したアレクシスは自らの罪を受け入れて素直に謝罪する。
「えっ? あー、あれもアレクシス君でしたね。あれは気にしなくていいんです。あれはうちの水晶玉の魔力鑑定許容量が小さかったせいで壊れたので完全にこちらの落ち度です。それに、聞いた時には思わず笑ってしまいました。まさかあの水晶が壊れるだなんて――うふふっ」
エリアリアはアレクシスに責任はないとキッパリ言い切ることで不安を払拭しようとしてくれている。
加えて、冗談を言うことで空気を柔らかくしている。
「そうだったんですか……よかったあ……って水晶玉の件じゃないってことは、もしかして筆記試験の答案の裏に魔術学の理論について色々書いたからあれが問題になったとかですか? それとも早く終わったから寝ちゃったことですか?」
こちらの話は聞いていなかったらしく、エリアリアが目を見開いて驚いていてる。
「そ、そんなことをしていたんですか? ま、まあそれも大丈夫です。筆記試験の点数は満点でしたし、問題にはなっていないですから」
ここでもエリアリアが問題はないと言ってくれたため、アレクシスはほっとしている。
「それはよかったでも……でも、そうなるとなぜ呼ばれたのでしょうか?」
これ以上アレクシスは自分が呼ばれた理由に心当たりがないため、不思議そうに首を傾げていた。
「それでは確認の質問をしますね。あなたは試験の時と、先ほどの授業の二回ワズワース先生に勝ちましたね」
先ほどまでのお気楽な雰囲気から真剣な表情に変わって、エリアリアが質問をする。
この件について、特に二つ目に関しては彼女も目の前で見ているが、あえて確認のために尋ねている。
「そう、ですね。一つ目も二つ目もどちらもそうです。ただし、ワズワース先生は魔眼を使わない、僕は魔眼を使っても良いという限定された条件下での戦いにおいて、かつ二人とも武器は木製のものを使用している。という注釈つきになりますが」
怒られることを心配していた先ほどまでとうって変わって、冷静な物言いをするアレクシス。
その様子を見てエリアリアは頷きながら微笑む。
(やっぱりこの子は只者じゃないです)
「でも、あなたは白紙の魔眼持ちです。書物や伝承などでは……白紙の魔眼はなんの能力のない、無能な魔眼と言われています」
ここでアレクシスについて、アレクシスが持つ魔眼について彼女はあえて厳しい言い方をする。
「そうですね。僕が白紙の魔眼持ちということは試験の時に担当された先生が漏らしたので、クラスのみんなも知っていることですし、生まれてからずっと付き合っている魔眼です」
そのことをアレクシスは気にしておらず、堂々と答える。
そんな反応をエリアリアはことさら好ましく思っており、これまた笑顔で頷いている。
「うんうん、良いことです。自分の魔眼のことを誇らしく思っている。その態度はご両親にとっても、すごく誇らしいことでしょう。それに……私もすごく嬉しいです」
嬉しいと口にした時のエリアリアは、その言葉とは裏腹にどこかもの悲しさを感じさせるような表情になっていた。
「なんで……」
そんなエリアリアを見たアレクシスの口から疑問の言葉がポロリとこぼれる。
「?」
一方でエリアリアはというと、なにに対しての『なんで』なのかわからず首を傾げていた。
「なんで先生はそんな悲しそうな、寂しそうな顔をするんですか? 僕が白紙の魔眼であることが何か関係しているんですか?」
そういうとエリアリアは苦笑してから何かを懐かしむような表情になる。
「私は以前その白紙の魔眼の持ち主に会ったことがあるんです」
「っ……ぼ、僕以外に白紙の魔眼の持ち主に!?」
アレクシスは思わず立ち上がって動揺を見せた。
そんな彼に対してエリアリアは、優しい笑顔で頷くと、再度座るように手で合図をする。
「そうです、なので白紙の魔眼の力は知っています。試験の時も、先ほどの授業でも白紙の魔眼の力を使っていたのですよね。しかも、アレクシス君はかなり高いレベルで使えています。恐らく小さい頃からその力を知っていて訓練をしてきたのだと思います」
白紙の魔眼をアレクシスが存分に使いこなせていることをエリアリアは感じ取っている。
彼ほどのレベルで魔眼を使いこなすにはずっと魔眼とともに歩んでいなければできない――そう考えている。
「いや、すごいです。エリアリア先生はなんでもお見通しなんですね。そうです、僕がこの力に目覚めたのはずっと小さいころのことです。僕はこの眼をもって生まれてきました。白紙の魔眼とは能力のない魔眼、ただ見えづらいだけの魔眼――そう言われているのは知っています。でも……この眼には知られていないだけで、何か特別な力があるはずだと僕は確信していました」
そっと白紙の魔眼を隠している眼帯に手を当てながら語るアレクシスに、エリアリアは絶句する。
誰かに教えられたわけでもなく、誰かに可能性を提示されたわけでもなく、ただただ自分で自分の魔眼を信じ続け今に至っているアレクシス。
それも幼い時分から。
年相応とはいえないしっかりとした彼の言葉に、エリアリアは絶句していた。
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