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第十三話

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 二人の武器が勢いよく衝突した瞬間、生徒たちはごくりと息を呑んでいた。


 これまでの二人の打ち合いを見る限りではほぼ互角であるように見えていた。

 しかし、これでどちらの力が強いのかがハッキリする。


 木製の武器ではあったが、大きな音をたてて一方の武器が弾き飛ばされた。

 結果を見ると、アレクシスの手には片手剣はなく、彼の手から離れたそれは遠く離れた場所に飛ばされていた。


『あいつもよくやったけど、やはりワズワース先生の勝ちだよな』

 生徒たちは思っていた――これで決着はついた、と。


「……なんだと!?」

 だが、当のワズワースは驚愕の表情で固まっている。

 思い切り全力で大剣を振り上げた、にもかかわらず全くと言っていいほど手ごたえがなかった。


 その反応をみたアレクシスはニヤリと笑っている。


 これは全てアレクシスの狙いどおりだった。

 彼は武器が衝突する瞬間、力を抜いてわざと片手剣が吹き飛ばされるようにしていた。


 決着をつけるという言葉、気合の入った雄たけび、上段からの全力に見える一撃。

 これら全てが次の攻撃に移るためのブラフだった。


「ぐっ、くそっ!」

 遅れながらもそれに気づいたワズワース。

 だが大剣を思い切り振り上げたことで身体は流れており、ワズワースの胴はがら空きになっている。

 そこに向かって放たれるアレクシスの一撃。


「むおおおおおおお!」

 ワズワースは試験の際に腹部への攻撃を受けている。その時の拳はワズワースに膝をつかせた。


 当人であるワズワースとリーゼリアだけが試験の、あの時の光景を思い出していた。


「さ、させん!」

 同じ攻撃を受けて、同じようにやられるなどということは絶対にさせない。

 ワズワースは魔眼は使わないものの、身体を流れる魔力を腹部に集め、なおかつ力を入れてアレクシスの攻撃を迎え撃つ。


 しかし、ワズワースとリーゼリアの予想は裏切られる。

 アレクシスの拳はペチリと情けない音をたてていた。


「……えっ?」

 きょとんとしたこれはリーゼリアの声。

 強力な一撃だと思っていた攻撃が、弱弱しい、それこそいわゆる子どもによる攻撃である。


「なんだと?」

 訝しむような表情で出たこちらはワズワースの声。

 襲い掛かる痛みを予想していたが、まるで痛みを感じないため、ワズワースは視線を自分の腹に向けていた。虚を突かれてしまったため、身体の力も抜けている。


 ここまで全てアレクシスの狙いどおりだった。


 ──嵐の魔眼起動──


 そして、アレクシスは既に次の魔眼を発動させている。

 彼が選択したのは母ルイザが持つ風系統の上位ランクの魔眼。


 発動と同時に、彼の拳に風が集まっていき空気の渦が巻き起こる。


「『竜巻の、拳』」

 アレクシスのつぶやきが聞こえたのは近くにいたワズワースとエリアリアだけである。

 その声が聞こえたと思った次の瞬間、ワズワースの身体は吹き飛ぶ。


「ふぐおおおおおおお!」

 それゆえに、なぜワズワースが変な声をだしながら吹き飛んだのか、その理由がわかるのもこの二人だけである。


 突風によって吹き飛ばされたワズワースの身体はその大きさに似合わないほどの勢いで上空に飛んでいき、風がやむとそのまま舞台の外に落下する。

 なんとか足から着地をしたものの、変な体勢になっていたのを無理やり足から着地したため、予想外のダメージを食らうこととなり、膝から崩れ落ちることとなった。


「……えっと、これで終わりでいいですか?」

 場外は負けになるのかどうか、と考えていたアレクシスだったが、勝敗の宣言がないため、エリアリアに確認を求めた。


「――はっ! そ、そうでした。私が審判でした。勝者アレクシス! アレクシス君、おめでとうございます!」

 戦いに見入ってしまっていたエリアリアはハッと我に返ると焦って口を開く。

 ここでやっとアレクシスの勝ち名乗りがあがる。


 先ほどのリーゼリアの勝利では歓声と拍手が起こった。

 今度もそうなるのか、とアレクシスは思っていたが、歓声も拍手もなく、アレクシスは静かに舞台を降りることとなった。


「えっと、ワズワース先生は少し動けないようなので私のほうでまとめのお話をしましょう」

 ワズワースは動けずにうずくまっているため、代理としてエリアリアが話を進める。


「私は途中からの参加でしたが、中盤から後半の摸擬戦は見させて頂きました。みなさんとてもよく頑張っていましたね。序盤のみなさんもきっと同じように頑張っていたのだと思います」

 エリアリアはそこまで言ってニコリと笑う。

 模擬戦で高揚していた生徒たちはこの笑顔を見て、落ち着きを取り戻し、ほわっとした心持ちになっている。


「本日負けてしまった方は、悔しい、仕方ない、もっとやれた、こんなはずじゃない――色々な気持ちが心の中をぐるぐるしていると思います。ですが、負けたみなさんは勝ったみんなよりも得たものが多いはずですその思いを忘れずにこれからの学生生活を精進して下さい。それでは解散! 早くきがえて身体が冷えないようにして下さい。気をつけ、礼!」 

 終わりの挨拶をすると、みんな教室に戻っていく。


「あっ、アレクシス君は着替えたらお話があるので、ここの入り口で待ち合わせをしましょう」

 慌てたようにつけ加えると、エリアリアはワズワースのもとへと行ってしまった。


「あっ……まだ返事をしてないのに……まあいいか」

 教師に言われたのであっては仕方ないと考え、アレクシスはロッカーに着替えに戻り、すぐに屋内演習場入り口に戻ってくることにした。

 急いで着替えたアレクシスが戻ってくると、約束通りエリアリアが待っていた。


「アレクシス君、早かったですね。それではこちらについて来て下さい」

「はあ」

 なんで自分だけが呼び出されたのか? その心当たりがいくつもあるため、アレクシスの返事からは覇気がなく、表情は浮かないものだった。


「うふふっ」

 エリアリアはその反応に気づいてはいたが、あえて何も言わずに楽しそうな表情で先を歩いていく。

 スキップをしている様子はまるで少女であるかのようだった。


 彼女は廊下を進み、理事長室を通りすぎる。

 もちろん彼女は理事長ではないため、これは当然のことである。

 そして、その奥になんの札もかかっていない部屋があり、そこに入ろうとするためアレクシスは首を傾げる。


「さあ、入って下さい」

 鍵を開けたエリアリアはニコニコしながらアレクシスを部屋の中へと誘った。

 足を踏み入れ、一つ呼吸をしただけで本の匂いが鼻に吸い込まれる。部屋の壁には大きな本棚が設置され、隙間なく本が並んでいた。


「うわあ、すごい! これはすごいです!」

 アレクシスは年相応の反応を示し、目をキラキラと輝かせていた。

 父親の書斎にも本棚があり、そこに並んでいた本をを読んでいたが、この部屋にはソレとは比較にならないほど大量の本が並んでいる。


「うふふっ、アレクシス君は本が好きなのですね。とても良いことです。本には過去の様々な知識が記されているものや、想像を掻き立てる物語が記されてものがあります。学ぶことができ、楽しむことができる。とても良いものなのですよ!」

 アレクシスが本が好きであり、この部屋の本棚を見て喜んでくれたことにエリアリアも喜んでいた。


「あ、あの、ここの本読んでもいいですか?」

「もちろんいいですよ!」

 アレクシスの質問にエリアリアが即答する。


「……と、言いたいのだけれどその前にお話をしましょう。さあ、どうぞ座って下さい」

 即答したものの、本来の用事を先に済ませなければいけないことを思い出してエリアリアはソファに腰掛ける。

 本棚への未練を残しつつも促されてアレクシスも対面に腰かけた。


 そこでエリアリアが髪をかき上げた。

 長い髪で今まで隠れていたが、エリアリアの尖った耳があらわになる。


「……エルフ?」

「いえ、正確には違いますね」

 アレクシスのつぶやきに、ふわりとほほ笑んだエリアリアがきっぱりと答える。

 そして、この答えを聞いてアレクシスは別の可能性に思いあたった。


「ということは、もしかして……ハイエルフですか?」

 数百年生き続けたことで魔力が強くなったエルフの中で、特別魔力が強いエルフがハイエルフと呼ばれることがある。


「よくその名前を知っていましたね。でも残念。惜しいですよ」

 楽しそうにクスクスと笑った後、エリアリアは茶目っ気たっぷりの笑顔で人差し指を横に振る。


「ま、まさか……エ、エンシェントエルフですか?」

 アレクシスはまさかありえないだろうと思いつつ、この質問を投げかけた。

 これまたエリアリアは正解ですと言わんばかりにニコリと笑いながらゆっくりと頷いた。
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