上 下
64 / 149

第六十三話

しおりを挟む
 準備を終えたヤマトたちが港に向かうと、他の船も次々に出航していた。街に負けず港も活気に包まれている。

「やっぱり、みんな海に出てるみたいだね」
 ヤマトが活気づいている港を見て嬉しそうに呟く。
「だねっ、やっぱり港町はこうでないとねー!」
 潮風に吹かれながらユイナも嬉しそうに笑った。

 この大陸の海の玄関であるこの場所にこれほど活気が戻れば、大陸全体で人の行き来が生まれ、全体的に経済が活性化されていく。

「あぁ、最近のヒューリアはどんよりとしていたからな。俺につっかかってきた貴族だって、普段だったらあんな風に人前で怒鳴ってきたりはしなかっただろうさ」
 つっかかってきた貴族、ゴーダマル――ヤマトたちが海の時化を止めることになるきっかけを作った人物のことであった。

「あぁ、いたいた。でも、あの人がいなかったら海底神殿に行ってなかったかもしれないね」
 ふわりと笑うユイナは結果としてあの貴族のことを悪く思っていなかった。それほどまでにあの海の状況は街の人々を苦しめていたことを理解したからだ。

「あぁ、そうかもね。俺たちを動かす力があるってことは、よほどの人物なのかも……?」
 ヤマトは本気なのか冗談なのかわかりづらいことを言っているが、ユイナにはそれは本気で言ってることだとわかっている。
「ふふふっ、ヤマトらしい言葉だね。――でも、うん、あの人も何か事情があったみたいだし、悪い人じゃないよ。何人にも断られてたみたいだったし、かつ何か急ぎの理由があった感じじゃん? 結局何も力になれなかったけどうまくいっているといいねっ」

 二人が貴族の男のことを悪く言わないのを聞いていると、ガズルも悪いことをしたかな? と頭を掻いていた。

「うん、そうだね。この先、俺たちと道が交わることがあればあの人ともまた出会うことがあるよ。その時には険悪な雰囲気にならないようにしたいね」
 優しい表情でそう言う彼の言葉にユイナは満面の笑みで頷く。愛しいものを見るようにふにゃりと目を細めてヤマトを見つめるユイナは、彼のこういった部分を好きになったことを改めて感じていた。

「……な、なんか、空気がむず痒いな。出発するぞ!」
 甘い空気を出しつつヤマトとユイナが見つめ合っているのを見て、落ち着きなくなったガズルが強引に空気を変えていく。
「――そうだった。ユイナ、乗ろうか」
 思い出したようにヤマトが彼女の手を優しくとって、船へとエスコートする。こういったところもユイナがヤマトを好きになった部分であった。

「ええい! ここでもいちゃつきやがって! けっ……さっさと出発だ!」
 二人が乗り込んだのを確認すると、ガズルはすぐに船を出航させた。



 水の祠に向かった時と異なり、旅のために船に乗っているため、二人は潮風を感じる余裕もあり、体いっぱいに気持ちよさを感じていた。
「――やっぱり海はいいな。俺はこの海とともに生き、ともに成長してきた。だから……あんたちには感謝している。ありがとうな」
 何の気兼ねもなく船を出せることに幸せを感じたガズルは前を見たまま二人に礼を言う。

 普段、素直に礼を言うことなどないガズルだったが、今回ばかりはかなりの大ごとであり、船で遠出できなかったストレス、閉塞感が強かったこともあってか、その言葉は自然と口から出ていた。

「いいんです、ガズルさんには俺たちの正体を明かさないまま、それでも水の祠まで送ってくれましたからね。あの場所に行くだけでリスクはあったし、何より俺たちは対価を支払ってませんからね」
 ヤマトは他の船乗りなら断っていたかもしれないことをガズルがすんなりと受けてくれたことを今でも感謝していた。突然現れた自分たちを信じてくれた嬉しさもあった。

「っ……ふ、ふん。俺はお前たちなら何かやらかすと思っていたからな。俺の人を見る目が優れてたってことだ」
 照れ隠しなのか、吐き捨てるようにそんなことを言うが、つまりヤマトとユイナのことを認めてくれているという口ぶりに自然と二人も笑顔になっていた。






 数日後

「――思っていたよりも早くつくことができたな」
 そう言うガズルの口からは真っ白い息が出ている。防寒具に身を包んだ彼らは雪の都フリージアナの港に入り、あとは接岸するだけというところまでたどり着いていた。

 通常一週間はかかるところだったが、ヤマトが魔法で風をおこして速度をあげたため、予定よりも早い五日で到着することとなった。

「さっむいねえ!」
 ぷるぷると寒さに震えるユイナはコートを着て、マフラーを首に巻き、手袋を身に着けていたが、それでもこのあたりの気温が低く、雪もちらついているため、寒いと思わず口から出てしまった。

「はあ、リアルだと雪国なんて来たことなかったからなあ……やっぱりこの景色は壮観だよ」
 防寒具を身に着け、ゲーム自体には感じられなかった肌寒さを感じながらヤマトはしっかりと風景を目に焼き付けていた。白く吐き出される息すら、彼に感動をもたらす。

 彼らが到着したのは雪の都フリージアナ――氷の大陸と呼ばれるここはこの地の海の玄関口となっている。
 そして、はるか向こうに見える山は全て雪に覆われており、巨大な威圧感があった。

「さて、俺も今日はここに泊まって明日帰るか。お前たちとはここまでになる。……色々と世話になったな」
「いや、こちらこそ。おかげで目的の街に到着することができました。これはお礼の品だから取っておいてください」
 深く頭を下げて感謝の気持ち伝えたヤマトは顔を上げると小さな袋を渡す、というよりも押し付けるとすぐさま船から岸へとジャンプした。

「じゃあね! ガズルさんも気をつけて戻ってね!」
 それに続くように飛び出したユイナも大きく手を振って別れの挨拶をすると、ヤマトのあとを追いかける。

 別れ際まで慌ただしい彼らに苦笑しながらも、彼らの活躍を願ってそのまま見送った。

「……ったく、仕方ないやつらだ。ちゃんと接岸してないと危ないんだぞ……ってこれ、すごっ!」
 呆れながらゆっくりと接岸作業を始めたガズルはその中身がちょっと気になって、ちらっと小さな袋をのぞき見する。 

 思わずぎょっとするくらい驚いたガズルだったが、それも無理はなかった。
 実はヤマトたちは旅支度の買い物をしたあと、ギルドとは別の店で持っていた素材を売りに出していた。そして、その金でいくつかの宝石を買ってお礼の品物としたのだ。

 これを売ればしばらく遊んで暮らせるほどの宝石たちにガズルはこみ上げる気持ちをぐっと抑えるように舵を切る。

「――なにからなにまで、ありがたい……」
 近海以外に船を出せずにいた期間、ガズルは貯金を切り崩しながら使っていたため、ヤマトたちの心遣いはとてもありがたいものだった。






ヤマト:剣聖LV200、大魔導士LV195
ユイナ:弓聖LV197、聖女LV185、聖強化士LV37
エクリプス:聖馬LV113
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

小雪が行く!

ユウヤ
ファンタジー
1人娘が巣立った後、夫婦で余生を経営している剣道場で弟子を育てながらゆったりと過ごそうと話をしていた矢先に、癌で55歳という若さで夫を亡くした妻の狩屋小雪。早くに夫を亡くし、残りの人生を1人で懸命に生き、20年経ったある日、道場をたたむと娘夫婦に告げる。その1年後、孫の隆から宅配で少し大きめの物が入ったダンボールを受け取った。 ダンボールを開けると、ヘッドギアと呼ばれているらしい、ここ5年でニュースに度々挙げられている物と、取り扱い説明書と思われる、車のサービスマニュアルほどの厚みをもつ本と、孫の隆本人による直筆と思われる字体で『おばあちゃんへ』と銘打った封筒が入っていた。 ヘッドギアと説明書を横目に、封筒を開封すると、A4用紙にボールペンで、近況報告から小雪の息災を願う文章が書かれていた。とりあえずログインをしてと書かれていたのでログインすると、VRMMO、オールフィクションの紹介に入る。なんでも、今流行りのこのモノは、現実世界のようにヴァーチャルの世界を練り歩く事ができ、なおかつ、そのゲームには料理が様々とあり、色々な味を楽しむ事が出来るとの事だ。 美味しいものを食べることを今の生き甲斐としている小雪に、せめてもの援助をと、初給料をはたいて隆が小雪への娯楽道具をプレゼントしたという事を知り、小雪は感激のあまり少し涙する。 それが、伝説の老女誕生の瞬間だったーー。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...