上 下
55 / 149

第五十四話

しおりを挟む

「――トリトンがいる場所は、海上の嵐の中心だ」
 ポセイドンは面白そうな声色で息子の居場所を教える。

 それを聞いたヤマトは頷く。これは予想していたとおりだった。
 話の中にあったモンスターを活性化する何か、恐らくはそれとトリトンが海を荒れ狂わせているのと繋がっているというのがヤマトの予想だった。

「どうやって行けばいいんだろうねー?」
 うーんと首を傾げたユイナはそこに辿りつく方法について考えていた。あの天候ではフライングバードで向かうという方法は難しい。そのため他に方法を考えなければならなかった。

「そこは、ほら、ね?」
 にっこりと笑顔でヤマトはポセイドンを見ていた。
「ふむ、あやつをなんとかしてくれるのであれば、あやつのいる島まで転移させてやってもいいだろう」
 一瞬きょとんとしながらも頷いたポセイドンのその言葉をヤマトは待っていた。

「お願いします」
 即答しながらびしっと頭を下げたヤマトにユイナもぺこりと頭を下げてお願いをした。いつの間にかエクリプスも側に来ている。

「――わかった。一応転移先の状況を教えておくが、あちらの天候は嵐だ。その中心にトリトンがいる。あいつがいるのは小さな小島だ、そうだな……ちょっとした広間程度の大きさだろう。そして、あいつの周りにはモンスターがいる。それもかなりの数だ」
 ここまで全てヤマトとユイナの予想通り。恐らくそのモンスターたちは闇のオーラを纏っているであろうことも想定できる。

「そして……トリトンと同程度の力を持つ者がいる。人……ではないな、魔族というやつだろう」
 魔族とはこの世界に生きている種族であり、邪なる心を持つ種族であると言われている。時に世界を騒がすために暗躍し、時に街を襲撃し人々を苦しめる。
 それが彼ら魔族の生きる意味だった。

「魔族か、つまり……」
 これまでに何度かあったモンスターの大量発生に関連する魔道具を設置したのが魔族である可能性が高い。

「うん、これでまた一歩真相に近づけるね!」
 ヤマトが何を考えているかわかっているユイナが笑顔で言葉を続ける。

「なんのことかわからんが、飛ばして構わんか?」
 無表情で問いかけるポセイドンは槍をヤマトたちに向けていた。
「お願いします。ちなみにトリトンさんですが……倒してもいいですか?」
 ヤマトの挑戦的とも思える発言を聞いたポセイドンはにやりと笑っていた。

「あぁ、構わん。あのような馬鹿なことをしでかす息子、一度死ぬくらいでちょうどいいだろう。はっはっは!」
 自らの息子であるのに死ぬことを気にせず大きく笑うポセイドン。

 その時ヤマトは内心で思う。
 ――俺たちでは倒せないと思っているのかな? それとも、息子が倒されることを喜んでいる? それとも……。

「ふっ、色々と考えているようだな。人というのは面倒なものだ。トリトンに関しては不甲斐ないところもあるが一応あれでも強い。そして万が一お前たちに負けることがあれば、それはあやつの実力不足が招いたことだ。お前たちが気にすることではない」
 あっけらかんとしたポセイドンのそれを聞いてヤマトはどこかスッキリとしていた。

「――それじゃあ、お願いします」
 黙って頷いたポセイドンは槍をヤマトたちの頭上に振りかざし、光を纏わせると、転移先をトリトンのもとに設定する。
「あの馬鹿のことを……たのんだ」
 最後にポセイドンが言った言葉は静かな響きだったが息子に対する気遣いが見られた。彼はさきほど大笑いしていたがこちらが本心だったのかもしれない――そう思わせるような真剣な表情だった。





 眩い光に包まれた三人が次に目を開くと、そこは嵐の真っただ中だった。
 ビュービュー、ゴーゴーと音をたてて大きく風が渦を巻くように吹いている。そして、土砂降りの強い雨が大地にたたきつけられていた。

「俺たちが濡れてないのは、ポセイドンの力がまだ漂っているからかな」
 その中、ヤマトたちは風の影響も、雨の影響も受けていない。雨を確認するように手を伸ばすが、風雨はヤマトたちを避けるように弾かれていた。
 わかりやすくいえば、この状況は転移後の無敵時間だった。

「これって、すぐに効果消えちゃうよね? 早く動かないと……まずはこれかな、“敏捷強化”」
 祈るように詠唱したユイナが三人にすばやさをあげる強化魔法をかける。効果時間は十五分。

「嵐の中心はあっちか」
 ありがとうと一度彼女に微笑んだヤマトが嵐の方に目を向ける。

 ヤマトたちはトリトンがいる島に飛ばされたが、それはトリトンの目の前ではなく、ある程度の距離があった。

「エクリプス、俺とユイナは恐らくトリトンと魔族を相手にすることになると思う。だから……」
 そこまで言うとエクリプスは首を横に振る。みなまで言うなと。

「そうか、わかっているんだな……頼んだぞ。まずは道を作らないと、“エアホール”!」
 真剣な表情に切り替わったヤマトは風の道を作り出して外の影響を受けないように進んでいく。
 その道は真っすぐにトリトンのいる場所へと向かっていた。

 三人がしばらく走って進んでいくと、嵐の中心であろう場所に辿りつく。
 そこは周囲が大嵐であるにも関わらず、ぽっかりと雨風の影響を受けていない場所だった。
 トリトンを中心に半径五十メートル程度の距離で地面が濡れてすらいないエリアができあがっている。

「台風の目、か」
 まさにヤマトが言ったとおりであった。先ほどまでの嵐のうるささはここにはない。どんよりとした曇り空の下にいるような暗さがあった。

「――あん? 誰か来たのか? この嵐のど真ん中に」
 それはトリトンの言葉ではなく、すぐ近くにいる魔族の言葉だった。あり得ないという響きが籠っている。

 魔族――彼らは皮膚の色は青みがかっており、角が額のあたりから生えている。
 それに加えて背中に大きな翼がある以外は人と同じような構造をしているように見えるのが特徴だ。

「お前たちがこの嵐の元凶か。悪いが、嵐は止めさせてもらうぞ」
 ゆったりと趣味の悪いソファのようなものに腰かけているトリトンと魔族を見たヤマトは強く睨み付けつつ剣聖の剣を引き抜き、切っ先を彼らへと向ける。

 すると魔族はばかばかしいとヤマトの言葉を笑い飛ばした。トリトンの表情に変化はない。

「はっはっは、笑わせてくれる。たかだが人ふぜいが何をできる? こっちはポセイドンの息子と魔族だぞ? ……まあ笑わせてくれたから命だけは見逃してやってもいいぞ。くっ、くはははっ!」
 にたりと笑みを浮かべた魔族の言葉が本気でないことはヤマトにもユイナにもわかっている。

「……エクリプス、周りのやつらを倒しておいてくれ」
 台風の目のエリアには多くの闇のオーラを背負うモンスターがいるため、それらがこれから始まる戦いに乱入してこないようにエクリプスに指示を出す。こくりと頷いた彼は勇ましくモンスターに向かって行った。

「ねえヤマト、魔族じゃなくトリトン……あれ、やばいよね」
 ユイナはトリトンから表情が消えていることに危険信号を感じていた。
「あぁ、意識があれば、正気であれば対話もできるだろうけど、あれはそういう状態じゃないみたいだ」

「ふっ、ははははっ! よく状況がわかっているようじゃないか、しかし……見通しが甘い!」
 愉快だというように大笑いした魔族は身軽な動きで立ち上がり、ぐっと一歩踏み込むと、ものすごい勢いでヤマトたちへと向かっていた。





ヤマト:剣聖LV198、大魔導士LV192
ユイナ:弓聖LV195、聖女LV181、聖強化士LV30
エクリプス:聖馬LV55
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

かの世界この世界

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。

小雪が行く!

ユウヤ
ファンタジー
1人娘が巣立った後、夫婦で余生を経営している剣道場で弟子を育てながらゆったりと過ごそうと話をしていた矢先に、癌で55歳という若さで夫を亡くした妻の狩屋小雪。早くに夫を亡くし、残りの人生を1人で懸命に生き、20年経ったある日、道場をたたむと娘夫婦に告げる。その1年後、孫の隆から宅配で少し大きめの物が入ったダンボールを受け取った。 ダンボールを開けると、ヘッドギアと呼ばれているらしい、ここ5年でニュースに度々挙げられている物と、取り扱い説明書と思われる、車のサービスマニュアルほどの厚みをもつ本と、孫の隆本人による直筆と思われる字体で『おばあちゃんへ』と銘打った封筒が入っていた。 ヘッドギアと説明書を横目に、封筒を開封すると、A4用紙にボールペンで、近況報告から小雪の息災を願う文章が書かれていた。とりあえずログインをしてと書かれていたのでログインすると、VRMMO、オールフィクションの紹介に入る。なんでも、今流行りのこのモノは、現実世界のようにヴァーチャルの世界を練り歩く事ができ、なおかつ、そのゲームには料理が様々とあり、色々な味を楽しむ事が出来るとの事だ。 美味しいものを食べることを今の生き甲斐としている小雪に、せめてもの援助をと、初給料をはたいて隆が小雪への娯楽道具をプレゼントしたという事を知り、小雪は感激のあまり少し涙する。 それが、伝説の老女誕生の瞬間だったーー。

主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。 ※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます ※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

処理中です...