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第十四話

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 翌朝

 天気にも恵まれ、心地よい朝日を浴びて早めに起きたユイナは食料や水をアイテムボックスに色々と用意し、旅用のローブをいつもの服の上に着ていよいよ旅立とうとしていた。
「――じゃあそろそろいくね!」
 街に向かってぺこりと頭を下げて出発しようとする彼女の視線の先にはたくさんの街の住民がいた。

「お姉ちゃん、また来てねー!」
「嬢ちゃんまた来てくんなよ!」
「いつでもお帰りをお待ちしています」
 それはユイナがルフィナの街でこなしてきた冒険者ギルドの依頼。その依頼主やその家族たちだった。皆それぞれ思い思いにユイナへ手を振っている。

「うん! みんな、ありがとね!」
 こみ上げる熱い気持ちをこらえるように大きく手を振りかえすユイナ。彼女は次々にダンジョンを攻略したヤマトとは反対に、街での依頼を数々こなしていた。

 木材の運搬、近所の子供の面倒を見る、石材の運搬、引っ越しの手伝い、お年寄りの家の掃除、畑に出てくる魔物退治、薬草集め、草むしり、迷子の捜索などなど、主に住民の助けになる依頼を中心に行っていた。そのどれもをユイナは嫌な顔一つすることなく笑顔でたくさんやっていたのだ。
 これらの雑用系の依頼を受ける冒険者はなかなかいないため、困っていた住民はユイナが積極的に依頼を受けてくれることを歓迎していた。

 それゆえに彼女が旅立つとなれば、是非見送りたいと朝から集まっていた。 

 ただ一人の冒険者が旅に出るために、これだけの人が集まるということはありえないほどだった。それほどまでに彼女が街の住民から愛されていたという証でもある。

「それじゃ、いってきます!」
 ユイナは弾けるような笑顔で茶目っ気たっぷりに敬礼をして、街をあとにする。
 見送る声がずっと背に聞こえてきたが、後ろ髪引かれつつもユイナは一度も振り向かずに馬に乗って一路合流場所の橋へと向かって行った。





 橋はユイナがいるルフィナの街寄りに位置しており、彼女が先に着くであろうと考えていた。
 実際、朝出発して昼過ぎにはユイナは目的の橋に到着していた。

「うーん、やっぱりこっちの方が早く着くよねえ……ヤマトが来る前に橋にいるモンスターを倒しておこうかな!」
 リーガイア側の方を見てもまだヤマトの姿は無く、橋の上には何十体ものモンスターがたむろしている。ああやって、通行しようとする旅人を狩っているようだった。

「その前にー……」
 モンスターに気づかれないように気を付けつつ、ユイナは橋がなんとか視認できる場所まで距離をとってから、木陰に腰を下ろす。馬は大人しく近くにある草を食んでいた。
「まずは腹ごしらえかな!」
 可愛らしい音を立てて空腹を知らせるお腹を撫でたユイナは、アイテムボックスから街で購入しておいたサンドイッチを取り出して、味わうように笑顔で食べ始める。

 このマイペースを崩さないところが、危険な状況に置かれてもそれを乗り切れるだけのメンタルを作り出していた。



 食事をしている間は、小鳥の鳴き声などを聞きながらのんびりとした時間を過ごす。

 コクコクと容器に入った水を飲み干すとそれをアイテムボックスにしまってから立ち上がる。
「さてと、行きますか! あ、そうだ……この先は危ないし、あなたには一旦消えてもらおうかな。ここまでありがと!」
 連続騎乗時間まではまだ時間があったが、ユイナは馬の頭を優しく撫でるとマウント呼び出し状態を解除する。このあたりもメニュー画面から行えた。

「ヒヒーン!」
 またいつでも呼んでくれといわんばかりに一度声をあげると、馬は何処かへと走り去って行った。

「ここからは戦いの時間だね……」
 馬を見送ったあと弓を出して構えつつ、ユイナは橋へ静かに近づいていく。
 彼女が手にしているのは【黒檀の弓】。ルフィナの街で買える一番強い弓装備で黒の色合いが美しいものだ。

 まだ大きく距離が空いているため、モンスターはユイナの存在に気づいていない。
 たむろしているモンスターはどれもレベル10程度のゴブリン種だった。

「いっくよー! “ファストショット”!」
 好戦的に微笑んだユイナは弓のスキルを放っていく。それは、速度を高めた矢を放つスキルである。
 彼女らの間にはかなりの距離があったが、矢は勢いを落とすことなく橋の上にいるゴブリンのうちの一体の頭を鋭く撃ち抜いた。

 ともにいるゴブリンは突然倒れた仲間の姿に驚き、ぎゃあぎゃあと騒ぎながらあたりを見回していく。そのうちの一体がユイナの姿に気づいたが、ようやく何者かがいると分かる程度にしか見えず、まさかこの距離で攻撃が? と疑問が顔に浮かんでいた。
 そしてその数秒後には自らが彼女の矢によって頭部を撃ち抜かれていた。

 二体目のゴブリンが倒れたことで、いよいよ攻撃の主がユイナだと判明していた。
「ゴブブブ!」
「ゴブー!」
 何を言っているのはユイナにはわからなかったが、武器片手に苛立ちを露わにしていることから標的をユイナに定めたことだけは理解できた。

「さて、ここからだよー!」
 だが焦ることなくユイナは弓を手に走り始める。その間も矢を放つ手は止めることはない。しかもその精度は立ち止まっている時と何ら変わりなく、むしろ自由に動き回ることで射程もぐっと広がっていた。

 残ったゴブリンのうちの一体はジェネラルゴブリンだったようで、数匹のゴブリンたちを統率しており、先ほどのような不意打ちの一撃で倒せる状況ではなくなっていた。

 そして、ついにユイナとゴブリンたちが接触する。

「ゴブゴブー!」
 勇ましく腕を振り回すゴブリンたちの武器は近接武器で、不格好なナイフや片手剣を装備している。
 対してユイナの武器は弓矢であるため、ジェネラルゴブリンは距離を詰めれば倒せると指示を出していた。彼女が女であることも彼らを強気にさせた。

「ふふっ、いい判断だね!」
 目を細めて楽しそうに笑うユイナはその戦い方を褒めていた。
 それも、近距離での戦いにも対応できる自信があるからだった。

 距離が詰められてもユイナはゴブリンの動きを読んで、攻撃を避けて矢を放っていく。
 それはまるで舞を踊っているかのようだった。
「ふっふーん、こう見えて学生時代はダンスをやっていたんだよー!」
 ひらひらと動き回るユイナにゴブリンは一切触れることができず、成すすべなく次々に倒されていく。

 それを見ていたジェネラルゴブリンは爪を噛みながら苛立ちを覚えていた。自分が指揮をとっているにも関わらず、この人間に攻撃を当てることができない。
 このままでは負けてしまう――そう判断したジェネラルゴブリンは次の指示を出す。
「ゴブゴブーッ!」

 腕を大きく振りかざしたその声をきっかけにして、ゴブリンたちが一斉に引いたことにユイナは怪訝な表情になる。

 すると次の瞬間、ゴブリンたちは一塊になってユイナへと突っ込んで来た。
「一つの大きな波になっての攻撃……うん、いい判断だよ!」
 ただゴブリンを一匹一匹相手にするよりも、戦う楽しさを味わえることに嬉しくなりながらユイナは前方の数体を矢で倒す。

 しかし、そのうしろから次のゴブリンが襲いかかってくる。それはユイナが先ほど口にしたようにまるで波のようであった。

「それなら……“バーストショット”!」
 だがその状況すら待ちわびていたかのようにユイナは再び最前線のゴブリンに新しいスキルを放つ。これは着弾点を中心に爆発を起こすスキルだった。

 ドガーンという爆発音とともに巻き起こる炎の渦でゴブリンが数体倒される。しかし、それでもまだ波は止まらない。
「それじゃ、こっちも戦い方を変えてこー!」
 弓矢での攻撃はゴブリンに有効ではあったが、これほどの数に距離を詰められてしまうと遠距離攻撃の弓は不利だった。

「弓士の武器は弓だけじゃないんだよ!」
 誰もが見惚れるような笑顔を見せたユイナは懐から短剣を抜いた。それも両方の手に。




ヤマト:剣士LV25、魔術士LV18
ユイナ:弓士LV17、回復士LV1(戦闘中のため、レベルは変動中)
エクリプス:馬LV6


黒檀の弓
 ルフィナの街で買える弓の最上装備。LV14から装備可能。
 黒く美しい木目が特徴で、初級から抜け出た弓士が使う。
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