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第二十六話
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翌朝
昨夜家に帰るなり、必要な物を空間魔法でぽいぽいとしまった優吾は早起きをすると、さっそく家を取り壊していた。
元々がシンプルなつくりであったため、魔術でちょっといじっただけで、すぐにそれらはバラバラになっていく。
「さて、まだ使える木をこのままにしておくわけにもいかないよね……よし、あそこに持っていこうかな」
崩れ落ちた家を目の前にどうしたものかと考えた優吾の選択は、木材を空間魔法で格納することだった。だがすこし外壁用のものは薄汚れていたため、綺麗にすることから始めた。
まず、木材だけを選んで魔術で移動させると脇に積んでいき、分別した土はそのへんにまいておく。
「このままじゃ汚れがあるから……《水流放出》」
薄汚れた木材に向かって優吾は指先から強力な水圧を放出させていく。
「やっぱり魔術は便利だなあ」
優吾がイメージしていたのは、高圧洗浄機だった。強力な水圧で木についた汚れや土などを次々に弾き飛ばしていく。
こういった細かい使い分けができるのも魔術の特徴であった。
魔法であれば、決まったパターンでしか使うことができず、今回の優吾のように高圧洗浄機のように水を射出する魔法は存在していなかった。
「さてと、あとはこれを乾燥させないと……《温風》」
綺麗に土が洗い流された木材を満足げに見た優吾が次に発動させたのは、シンプルな名称の魔術だ。ドライヤーのように温風を木材全体にかけるというものだった。
結果として木は新品同様に綺麗になり、そしてしっかりと乾燥され、優吾の空間魔法によって収納されていく。
「こんなところかな」
パンパンと手を叩いた優吾が見た家のあった場所はきっちりと整地され、何もなかったかのように更地になっている。
「あとは、ここに来るまでの魔除けの結界を解除しておかないとだね」
ここに居を構えている間は、来客があることも考えて安全を確保していたが、それも必要なくなるため、元の状態に戻しておく必要があった。
優吾は家のあった場所に背を向け、森の入り口に向かいながら順番に結界を解除していく。
「あの子たちが来たら困るから、説明はしておかないとなあ」
残りの予定はキセラへのポーション納品だけだったが、そこに弟子(仮)たちへの別れの挨拶も付け加えることにした。
きっと彼らがこんな顔をするだろうなどと考えると優吾の表情は憂いをにじませつつも優しげな色合いへと変わる。
全ての魔除けの結界を解除し終わり、森を抜けて街に辿りつくと、まず最初にキセラの店へと向かうことにする。
「すいませーん」
「――やっと来たかい!」
優吾が店に入るなり、待ちわびたようにキセラがすぐに入り口までやってきて、強引に手を引っ張ってカウンターの前まで連れてこられる。その際にキセラは店の扉の札を手早く閉店にかけかえていた。
「……ど、どうしたんですか?」
あまりの早業に優吾は驚いてキセラに質問を投げかけるが、彼女の表情は険しいものだった。
「どうしたか、だって? ……決まってるだろ! あんたがなかなか納品に来ないから困っていたんだよ!」
苛立ったように叫ぶキセラのあまりの剣幕に優吾は一歩後ずさってしまう。そこまで怒らせる理由がわからなかった。
「い、いや、用意してくるって言ったじゃないですか。でも即日とは一言も……」
なだめようと言い訳をする優吾をキセラは不満そうにじろりと睨み付ける。優吾が言っていることが事実であるが納得はしていないというのがありありと伝わってくる表情だ。
「ふう、まあいいさ。それよりも、今日こそは納品してくれるんだろうね?」
彼女は優吾の腕を相当高く買っているため、これ以上何か言うのは悪いと思い、矛を収めて納品物の確認に移ることにする。
「はい、もちろんです。一旦引き上げたんで、数も少し多めに作ってきました。気に入ってもらえればいいんですけど……」
優吾は通常のポーションを十五本、ハイポーションを五本カウンターに並べていく。
「お、おぉおぉ! いいじゃないか、品質も上等さね! 全部買ったよ!」
並べられたそれらを目を輝かせて手に取ったキセラは上機嫌ですぐにポーションをカウンターの向こうにしまっていく。先日のように優吾が持っていっては困ると考えたためだった。
「そんなに慌てなくても、今日はこれ全部置いていきますよ」
「……そうかい? だったらいいんだけど……これ料金だよ、ありがとね。助かるよ」
苦笑してそう言ってくる優吾に首を傾げたキセラだったが、ようやく商品が確保できたことに安心して、表情が穏やかなものへと変わっていく。
しかし、優吾はこれから言う話でまた表情が変わるんだろうなとも思っていた。
「それで、今日の納品とは別件でお話があるんですが……」
遠慮がちだが、決意は変わらないという意思を込めて、優吾はこれからリーネリアとともに旅に出ること、納品できるのも今日が最後であること、回数は少なかったがなんのツテもない自分の商品を買ってくれたことへの感謝を伝える。
優吾はもう納品できないことを話せば怒るか、困ってしまうと泣きついてくるかと少し思っていたが、彼女の対応は意外にも落ち着いたものだった。
「そうかい……寂しくなるね。ポーションの納品なんてする子はそうそういないからねえ。最後にたくさん納品してくれてありがとうね。それと……リーネリアちゃんのこと、ちゃんと守ってやっておくれよ」
一人でずっと暮らしてきたリーネリアのことを思ってか、キセラは涙ぐみながらそう声をかけてくれた。彼女もまたリーネリアのことを大事に思っている一人だったのだろう。
「――はい! こちらこそありがとうございました。それと、リーネリアのことは任せて下さい」
優吾は彼女の言葉にしっかりと、誠実に答えようと姿勢を正して彼女の目をみながらしっかりと、はっきりと答えた。
背中を押すようなキセラの反応からも、リーネリアがこの街で愛されていることを感じることができてうれしく思っていた。
それから優吾はキセラに別れを告げて店を出て、子どもたちがいそうな公園に移動していく。
「えーっと、いるかな……お、いたいた」
そこには人族の子どもたちと仲良く走り回っているビーア、ワルファ、カッツの姿が見えた。
遊んでいるのを邪魔するのは気が引けるところもあったが、最後の別れになるかもしれないと考えた優吾は、その気持ちを押し殺して彼らのもとへと向かっていく。
彼らは優吾を発見すると、人族の子どもに断ってから彼のもとへと向かってきた。人族の子たちも嫌そうな顔一つすることなく彼らを送り出していたことから、あれから子供たちはとてもうまくやっているのだろう。
「師匠!」
「先生!」
「マスター!」
ビーア、カッツ、ワルファがそれぞれの呼び方で笑顔を見せながら駆け寄って優吾へと声をかけてきた。
優吾に会えてうれしそうに笑う彼らを見て、これから別れの話をしなくてはならないことを思うと、彼の顔に影が差し、笑顔が浮かばなかった。
昨夜家に帰るなり、必要な物を空間魔法でぽいぽいとしまった優吾は早起きをすると、さっそく家を取り壊していた。
元々がシンプルなつくりであったため、魔術でちょっといじっただけで、すぐにそれらはバラバラになっていく。
「さて、まだ使える木をこのままにしておくわけにもいかないよね……よし、あそこに持っていこうかな」
崩れ落ちた家を目の前にどうしたものかと考えた優吾の選択は、木材を空間魔法で格納することだった。だがすこし外壁用のものは薄汚れていたため、綺麗にすることから始めた。
まず、木材だけを選んで魔術で移動させると脇に積んでいき、分別した土はそのへんにまいておく。
「このままじゃ汚れがあるから……《水流放出》」
薄汚れた木材に向かって優吾は指先から強力な水圧を放出させていく。
「やっぱり魔術は便利だなあ」
優吾がイメージしていたのは、高圧洗浄機だった。強力な水圧で木についた汚れや土などを次々に弾き飛ばしていく。
こういった細かい使い分けができるのも魔術の特徴であった。
魔法であれば、決まったパターンでしか使うことができず、今回の優吾のように高圧洗浄機のように水を射出する魔法は存在していなかった。
「さてと、あとはこれを乾燥させないと……《温風》」
綺麗に土が洗い流された木材を満足げに見た優吾が次に発動させたのは、シンプルな名称の魔術だ。ドライヤーのように温風を木材全体にかけるというものだった。
結果として木は新品同様に綺麗になり、そしてしっかりと乾燥され、優吾の空間魔法によって収納されていく。
「こんなところかな」
パンパンと手を叩いた優吾が見た家のあった場所はきっちりと整地され、何もなかったかのように更地になっている。
「あとは、ここに来るまでの魔除けの結界を解除しておかないとだね」
ここに居を構えている間は、来客があることも考えて安全を確保していたが、それも必要なくなるため、元の状態に戻しておく必要があった。
優吾は家のあった場所に背を向け、森の入り口に向かいながら順番に結界を解除していく。
「あの子たちが来たら困るから、説明はしておかないとなあ」
残りの予定はキセラへのポーション納品だけだったが、そこに弟子(仮)たちへの別れの挨拶も付け加えることにした。
きっと彼らがこんな顔をするだろうなどと考えると優吾の表情は憂いをにじませつつも優しげな色合いへと変わる。
全ての魔除けの結界を解除し終わり、森を抜けて街に辿りつくと、まず最初にキセラの店へと向かうことにする。
「すいませーん」
「――やっと来たかい!」
優吾が店に入るなり、待ちわびたようにキセラがすぐに入り口までやってきて、強引に手を引っ張ってカウンターの前まで連れてこられる。その際にキセラは店の扉の札を手早く閉店にかけかえていた。
「……ど、どうしたんですか?」
あまりの早業に優吾は驚いてキセラに質問を投げかけるが、彼女の表情は険しいものだった。
「どうしたか、だって? ……決まってるだろ! あんたがなかなか納品に来ないから困っていたんだよ!」
苛立ったように叫ぶキセラのあまりの剣幕に優吾は一歩後ずさってしまう。そこまで怒らせる理由がわからなかった。
「い、いや、用意してくるって言ったじゃないですか。でも即日とは一言も……」
なだめようと言い訳をする優吾をキセラは不満そうにじろりと睨み付ける。優吾が言っていることが事実であるが納得はしていないというのがありありと伝わってくる表情だ。
「ふう、まあいいさ。それよりも、今日こそは納品してくれるんだろうね?」
彼女は優吾の腕を相当高く買っているため、これ以上何か言うのは悪いと思い、矛を収めて納品物の確認に移ることにする。
「はい、もちろんです。一旦引き上げたんで、数も少し多めに作ってきました。気に入ってもらえればいいんですけど……」
優吾は通常のポーションを十五本、ハイポーションを五本カウンターに並べていく。
「お、おぉおぉ! いいじゃないか、品質も上等さね! 全部買ったよ!」
並べられたそれらを目を輝かせて手に取ったキセラは上機嫌ですぐにポーションをカウンターの向こうにしまっていく。先日のように優吾が持っていっては困ると考えたためだった。
「そんなに慌てなくても、今日はこれ全部置いていきますよ」
「……そうかい? だったらいいんだけど……これ料金だよ、ありがとね。助かるよ」
苦笑してそう言ってくる優吾に首を傾げたキセラだったが、ようやく商品が確保できたことに安心して、表情が穏やかなものへと変わっていく。
しかし、優吾はこれから言う話でまた表情が変わるんだろうなとも思っていた。
「それで、今日の納品とは別件でお話があるんですが……」
遠慮がちだが、決意は変わらないという意思を込めて、優吾はこれからリーネリアとともに旅に出ること、納品できるのも今日が最後であること、回数は少なかったがなんのツテもない自分の商品を買ってくれたことへの感謝を伝える。
優吾はもう納品できないことを話せば怒るか、困ってしまうと泣きついてくるかと少し思っていたが、彼女の対応は意外にも落ち着いたものだった。
「そうかい……寂しくなるね。ポーションの納品なんてする子はそうそういないからねえ。最後にたくさん納品してくれてありがとうね。それと……リーネリアちゃんのこと、ちゃんと守ってやっておくれよ」
一人でずっと暮らしてきたリーネリアのことを思ってか、キセラは涙ぐみながらそう声をかけてくれた。彼女もまたリーネリアのことを大事に思っている一人だったのだろう。
「――はい! こちらこそありがとうございました。それと、リーネリアのことは任せて下さい」
優吾は彼女の言葉にしっかりと、誠実に答えようと姿勢を正して彼女の目をみながらしっかりと、はっきりと答えた。
背中を押すようなキセラの反応からも、リーネリアがこの街で愛されていることを感じることができてうれしく思っていた。
それから優吾はキセラに別れを告げて店を出て、子どもたちがいそうな公園に移動していく。
「えーっと、いるかな……お、いたいた」
そこには人族の子どもたちと仲良く走り回っているビーア、ワルファ、カッツの姿が見えた。
遊んでいるのを邪魔するのは気が引けるところもあったが、最後の別れになるかもしれないと考えた優吾は、その気持ちを押し殺して彼らのもとへと向かっていく。
彼らは優吾を発見すると、人族の子どもに断ってから彼のもとへと向かってきた。人族の子たちも嫌そうな顔一つすることなく彼らを送り出していたことから、あれから子供たちはとてもうまくやっているのだろう。
「師匠!」
「先生!」
「マスター!」
ビーア、カッツ、ワルファがそれぞれの呼び方で笑顔を見せながら駆け寄って優吾へと声をかけてきた。
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