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第十一話
しおりを挟む「頭領、お疲れ様ですにゃ」
魔物が倒れたことを確認したガトがリュウへと声をかける。ガトが助けた妖精は大人しくガトの手の中にすっぽりと収まっている。
「あ、あの、ありがとうございます」
ちょこんと顔を出した妖精はおずおずとリュウへとお礼を言う。
「あぁ、気にしないでくれ。いくつかの忍術を試せたしこちらにとっても有益だったよ。それよりも……君は妖精でいいのか?」
リュウもガトも彼女に対して偏見があるわけではなかったが、妖精族を見るのは初めてだったため、警戒させないように優しく問いかける。
「はい、あの私、妖精族のフィリアといいます。今回は危ないところを助けて頂いてありがとうございます」
再度頭を下げるフィリア――小さな体は背中に光る羽根が生えていて、髪の毛はピンク色でやや長めで柔らかそうなふわっとした髪質をしている。おっとりした顔立ちと相まって儚げな雰囲気が漂っている。
「あの魔物だが、あんな風な魔物はこちらに来てから初めて見たんだが、よくいるのか?」
目が赤く、狂気に囚われているような魔物。誰から見てもあれは明らかに異常だった。
「えっと、あの魔物の名前はロークキマイラというんですが、通常あそこまで凶暴であることはありません……。力は強いけど、手を出さない限りは襲ってくることはないはずです……も、もちろん私は手を出してませんよ?」
二人ともフィリアのことを疑ってはいなかったが、彼女はそう思われては困ると手を振り慌てて説明を追加した。
「なるほどな。あれは普通ではないのか……勉強になる。まあ、確かに狂化されてはいたが、さほど強くはなかったな」
「ですにゃ、迫力はありましたけどそれだけだったにゃ」
うんうんと頷くガトは戦ってはいなかったが、同様の意見のようだった。
「えっ? あんな恐ろしい魔物なのに……? そういえば、苦戦してなかったような気もしますが……」
驚きながらもフィリアはリュウの戦いを思い出していた。彼は流れるように技を繰り出し、あっという間に敵を倒してしまった。
「それよりも、フィリアはなんでこんな場所にいたんだ?」
自分たちの戦いについての追及を避けるためにリュウは話を変える。
「えっと……この森の奥に妖精の里に繋がる道があるんですが、そこに帰ろうとしたらロークキマイラと遭遇して、そのあとはお二人に助けられた形になります……」
本来であれば妖精の里のことは秘密だったが、自らを助けてくれた恩人である二人にならば少しくらい話してもいいだろうとフィリアは考えていた。
「そうか、なんだったらその道の近くまで送っていくぞ。他にもあいつのように狂化されているやつがいるかもしれないからな」
リュウの提案は魅力的なものだったが、それでもフィリアは悩んでいる。
「申し出は嬉しいんですけど、あの場所は妖精族以外には秘密の場所で……」
もし誰かに知られてしまったら大問題になってしまう。仲間に迷惑をかけたくない気持ちがフィリアから強く伝わってきた。
「……そうなのか? じゃあ、無理にとは言わないさ。少し一緒に移動して安全な場所で別れよう」
事情を察して深く聞いてこないリュウに対して、フィリアは驚く。
「えっと、いいんですか?」
「――なにが?」
なにを質問しているのかわからないリュウは首を傾げる。変なことでも言っただろうかと訝しげにしていた。
「頭領、妖精族というのはこの世界では希少な種族らしいにゃ。つまり……」
「あぁ、捕まえようとするやからがいるってことか……どこの世界でも同じなんだな」
地球でも密漁や、希少な金属の占有など珍しいものは狙われるさだめだった。嫌なことを聞いたというようにリュウは顔をしかめる。
「とりあえず安全が確認できるまで一緒にいてもらうつもりだ。そこからは自由に行ってくれて構わない。もちろんその間も行動の制限はしないから、俺たちが怪しいと思ったら見限ってもらって大丈夫だ」
裏切りのある世界で生きてきたリュウにとって、信頼できる相手というのは重要であるが、その相手は簡単にはできないものだとわかっていた。だからこそ俺たちを信用してくれ、などとフィリアに軽く言えないとリュウは思っている。
「い、いえ、そのお二人のことは信用していますから!」
気持ちを害してしまったかとフィリアは慌ててそう口にするが、リュウはゆっくりと首を横に振った。
「そう簡単に人を信用しちゃダメだぞ? 俺たちのことだってそうだ。嘘は言っていないし、その里に繋がる道のことも口外しないつもりだがどこから漏れるかわからないからな」
安易に信用して裏切られる――そんなことはリュウにとっては日常茶飯事だった。フィリアは妖精というからにはきっと優しい心根の持ち主なのだろうが、それが余計に心配だとリュウは彼女に言い聞かせた。
「それにしては拙者のことはすぐに信用してくれたのにゃ……?」
飼い猫、というだけでは信用できると思えないのではとガトは不思議に思い、そう口にする。
「あぁ、なんかわからないけどガトは信じられる気がしたんだよな……ちなみにただの勘だけど――俺が勘で信じられると強く思った時は外したことがないんだぞ?」
リュウの直感の鋭さは仕事を共にするものたちも認めるほどのものだった。ガトに向けてふわりと優しく微笑むその顔は信頼しているものの証だ。
「そ、そうにゃのか。なんか嬉しいにゃ……えへへ」
シンプルに信じられると言われたガトはもじもじとしつつ頬を赤くしていた。
「なんか、お二人の関係っていいですね! 自然と信頼しあっているといいますか!」
感動したように微笑むフィリアはリュウとガトの間に無条件で信頼できる関係が構築できていると感じていた。
「……そうか? まあ、俺はガトのことは信頼してるよ。ここに来てからも色々と力になってもらってるし、何より以前の俺のことを知っている唯一の存在だからな」
「う、嬉しいにゃ!」
信頼されていることを強く実感したガトは胸が熱くなり、涙声になっていた。
「おいおい、泣いてるのか?」
「そりゃ泣くのにゃ! 拙者にとっても頭領は自分のことを知っている唯一の存在にゃのにゃ、そして同じ忍者として尊敬する人にゃのにゃ! そんな人に信頼してもらえるのは、うぅ、嬉しいのにゃ!」
ポロポロと涙をこぼしながら泣き叫ぶように伝えられた言葉にリュウは驚く。ガトは涙を何度も拭い、なぜかフィリアもそれを見て感動して泣いていた。
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