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第十話
しおりを挟む「頭領……」
「言うな……」
哀愁さえ漂う雰囲気で二人はトボトボと歩いている。周囲は見渡す限りが草原であり、更に前方に見えて来たのは森だった。街をあとにすると決めてからすでに五時間ほどが経過している。
別の街に向かおうと考えた二人だったが、街道を進んでは警備隊に出くわす可能性があるため、道から外れて進んでいた。
そもそも情報集めや買い物のためとして考えて街に寄ったわけだが、買い物はほとんどできなかったため、別の街を探す必要があった。
しかし、どう考えてもこの先に街があるとは思えないため、口数も自然と減っていく。
「あの森に行けば水があるかもしれにゃいのにゃ」
「あぁ、それは助かるな。忍術で出してもいいが、清流があるならそれに越したことはない」
身体的な疲労はそこまでではなかったが、歩けども目的の場所につかない現状は精神的な疲労をもたらしていた。
それ故にどこか元気のない返事を返すリュウ。
「頭領、とりあえず森についたら休憩しようにゃ」
それはガトも同じであり、ゆっくりと休みたいという思いだった。
当面の目的地を森と決めた二人の足取りはさきほどまでより軽いものになっていた。
森に辿りつくと二人は木陰に一度腰を下ろす。
「はあ、やっと一息つけるな」
「ですにゃ……水場が近くにあるといいんにゃけど」
ガトも座りながら周囲に注意を向ける。
どうやら耳をピクピクと動かしながら音を聞いているようだった。
「うーん、あっちのほうで音が聞こえるにゃ」
ガトは森の奥のほうを指差した。動物ならではの聴力を活かしているのだろう。
「うーん、よし行くか」
時間にして数分腰を下ろした程度だったが、休憩をとれたということが良かったらしく、リュウの表情はいつものものへと戻っていた。
「もういいのにゃ?」
「あぁ」
簡単なやりとりだったが、気心しれた二人ならではの会話だった。
腰を上げた二人は森の奥へと入って行く。
確かに水の音が聞こえてくるが、二人の意識は別の方向へと向いていた。
二人が見ていたのは進行方向から見て右手の方向。そちらから徐々に音が近寄ってくるのがわかる。
それはバキバキと木を踏み折り、ガサガサと草をかき分けている。
「来たぞ!」
音が近くまで迫った時、勢いよく音の主の姿が現れた。
「グアアアアアアアアアアアアア!!」
その正体は二本の角が生えた巨大な獅子の魔物だった。
「これは、なんと表現したらいいのか」
食らいつかんばかりの勢いで飛び出してきた魔物を目の前にしても冷静にリュウは腕を組んで考える。
地球にいる獅子には角が生えているものはもちろんいない。しかしリュウがこれまでにみた物語の中にも同じような魔物のはいなかった。
「頭領、今はそんにゃことを気にしている場合ではにゃいにゃ!」
ガトは慌てた様子でリュウを注意する。
どうやら獅子の魔物はただやみくもに走っているわけではなく、リュウたちを狙っていたわけでもなく、目の前を飛ぶ小さな妖精を追いかけているようだった。
「きゃあああああああああ!」
魔物にばかり集中していた二人だったが、怯え叫ぶ妖精を見てこれは助けなければいけないと動き出した。
「ガト、俺があいつをひきつける。妖精の確保を頼んだぞ」
「了解にゃ!」
嬉しそうにガトは返事をすると、必死で逃げる妖精のもとへと向かう。
「きゃあああ! ……えっ、えっ? な、なに?」
すぐに妖精の元へ駆けつけたガトは怯えさせないようにと気遣って妖精をふわりと抱きかかえる。
「安心するにゃ、拙者たちが来たからにはもう大丈夫にゃ」
どんな魔物が相手だとしても自分がいれば、そしてリュウがいればどんな強敵であっても倒せるとガトは考えていた。
「えっ、ね、猫? なんで? ――でも、あの魔物は!?」
「はい、猫ですにゃ。拙者たちはたまたま通りがかっただけにゃのですにゃ。そして、魔物はうちの頭領がにゃんとかするのにゃ」
妖精がガトの手の中から視線を向けると、魔物は妖精を追うことをやめたのか動きを止めてリュウと対峙していた。
「危ない! あの魔物は普通の魔物とは違うの!」
リュウとガトがこれまでに戦った魔物はどれも意識をしっかりと持っていた。しかし、目の前の獅子の魔物の目は赤く光り、正気でないことがわかる。今にも泣きそうな顔で妖精は縋るようにガトへ伝えてくる。
「まあまあ、頭領に任せれば大丈夫にゃ」
それでもガトは合流することなく妖精をなだめると、再びリュウの戦いを見守る。
「さて、期待に応えなくてはならないな。まずはこれだ――風遁風刃!」
身構えたリュウは素早く印を結び、手刀を振り下ろす。すると手先から発生した風の刃が勢いよく獅子の魔物へと向かって行った。
「グオオオオオ!」
しかし、獅子は咆哮と同時に水のブレスを吐き出し、リュウの風の刃とぶつかりあう。攻撃が相殺され、水と風が霧になって二人に降り注ぐ。
「ほう、なかなかやるじゃないか。……それじゃ次はこれだ。お前が水の属性を使うなら――雷遁 雷爪乱舞!」
印に呼応するようにリュウの周辺に雷でできた小さな刃が浮かんでいる。数は十をはるかに超えるだけの数だった。
「行け!」
腕を伸ばしたリュウの指示で獅子の魔物に雷の刃が小さく放電しつつすごい速さで向かって行く。
「グオオオオオ!」
先ほどと同じような咆哮と共に、再び水のブレスが雷の刃とぶつかりあう。その結果、雷の刃は勢いを失っていくが、今度は雷が水を伝導して獅子の魔物にダメージを与える。
「ガアアアアアア!」
大きく稲光が獅子の魔物を包み込む。雷で身体が痺れた獅子の魔物は身体の不調を振り払うかのように首を大きく振っていた。
「――まだだぞ」
雷の刃は、いまだリュウの周囲を浮いておりすぐさま第二弾が放たれる。
だが今度はブレスを吐く余裕のない獅子の魔物に鋭く刃が突き刺さり、雷電以上にさらに強力なダメージを与えていく。
「グギャアアアアッ!」
これにはさすがに耐えられず、苦しそうに獅子の魔物はその場でのたうち回る。
「……少し、静かにしてくれ。――雷遁 雷刃!」
森に響く魔物の叫び声にうんざりしたリュウは手にした小太刀に雷を付与して、獅子の額に差し込みそこから雷を流していく。
「ギャアアァァァ……」
急所をついた攻撃により、断末魔の悲鳴も徐々に弱まっていき、とうとう魔物はバタリとその場に倒れた。
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