上 下
46 / 49

第46話

しおりを挟む
「みんな、必要な荷物だけ持ってすぐに逃げるんだ!」
 これはリツ同様に状況を理解したレイスの言葉だった。

 ソルレイクが最後に言い残した、森と世界樹がももとに戻る、それはつまり……。

「世界樹と森の成長が本来のものに戻る――すぐにこの木が小さくなるぞ!」
 この過剰なまでの成長にはソルレイクの魔法が関与していた。
 彼が最も得意としていたエルフ固有の植物魔法。
 それは植物を自在に操ることができ、成長を促すことができる。

 しかし、魔法の天才であったソルレイクの魔法は普通のソレとは桁が明らかに違い、ここまで巨大になるほどの成長するほどまでの強力な魔法になっていた。

「魔法が、解除、されるぞ!」
 周囲に警戒を促すように大きな声をかけているリツは移動しながら、みんなの荷物をどんどん収納している。

 そして、いよいよそれが始まった。
 ゴゴゴゴと唸るような地響きとともに世界樹の背丈が徐々に小さくなっていく。
 それと同時に周囲に生えていた巨大な原生林までもが本来の姿を取り戻していく。

「きゃああああっ!」
「うおおおお!」
「ど、どどど、どうしよう!」
 世界樹が小さくなっていくということは、足場になっているはずの巨大な枝もどんどん細くなっていく。

 その枝の上に作られていた家も次々に支えを失って落下していた。

「ははっ、これはすごいな。にしても、このままだとまずいな」
「リツさん、ど、どど、どうしましょう!」
 セシリアも村人と同じように混乱し、どうしたものかと困っていた。

「どうにかするしか、ないよな。こうなったら……サモン”シムルグ”!」
 刻一刻と世界樹は小さくなっていく。
 事態を打開すべく、リツは召喚魔法で、巨大な鳥の魔物を呼び出した。

「くるるるるるうううううう!」
 周囲に響き渡る大きな鳴き声とともに、シムルグが召喚される。

「俺たちのことはいいから、この木の上にいる全員を背中にのせていってくれ! 全員助けられたら、しばらくは上空で待機。村の崩壊が終わるまで待っててほしい、頼んだ!」
「きゅうううううう!」
 早口でまくし立てるようなリツの指示を全て理解したシムルグは高らかに鳴くとすぐに動き出した。

「リツさん、私はどう動けばいいですか?」
 シムルグのことは質問せず、セシリアは真剣な表情で問いかけた。
 ずっとそばにいたセシリアが知るリツならばあれくらいの魔物を呼び出せてもなんら不思議ではない。
 だったらそのことを聞くよりも、現状を打破するための行動を確認するのが優先だった。

「逃げ遅れがいないかを確認。いたら、ここに連れてきてくれ。俺は俺で他を探してみる」
「はい!」
 それから二人は手分けして村の中を走り回って声をかけていく。

 しかし、特に声も気配もなく、全員が逃げ出せたことを確認することができた。
 そうしている間も世界樹はどんどん小さくなっていく。

「もう誰も残っていないみたいです!」
「こっちもだ!」
 既に村人は全員シムルグの背中におり、残ったのはリツたち二人だけである。

「リツさん、あとはお任せします」
「あぁ、任せて」
 信頼していると笑顔を見せるセシリアに対して優しく笑ったリツが手を前にだし、彼女は優しくそこに手をのせる。

「それじゃ、バイバイ」
 ソルレイクの面影を思い浮かべたリツは先ほどまでソルレイクが姿を見せた場所に別れを告げると、そのまま枝から飛び立つ。

 二人を魔力が包み込んでゆっくりと、ふわふわと落下していく。
 これは以前にもやった方法であり、巨木からの落下という点では同じシチュエーションでもある。

「ふふっ、前の時はすごく怖かったですけど、今は安心感がありますね」
 短いながらもここまでリツとともに旅をしてきて、彼に対しての信頼感が強くなってきており、以前経験したことがあるのも相まってセシリアに不安などは一ミリもなかった。

「そう言ってくれるとこっちもホッとするよ。少しは俺も信用できるくらいにはなったのかなってね。それと、みんなも無事みたいでよかった……」
 そう言いながらリツは元の姿を取り戻していく森に視線を落とす。

(この規模の魔法を数百年単位でかけ続けていたと考えると、やっぱソルのやつは天才で、超弩級の……アホだな)
 実際に、どれだけの年月かかればリツがここにやってくるのかはソルレイクにもわかっていないことであり、もしかしたら来なかったかもしれない。

 それでも、リツがやってきてソルレイクの封印を解除するまで魔法は解除されないようになっていた。

(これをアホと言わずになんといえばいいんだろうな……)
 内心呆れかえっていたリツはやれやれと息を吐く。

 年数分の成長はそのまま適応され、魔法による異常な成長だけが解除されていく光景は幻想的でありつつ、不自然な巻き戻しを見ているようでちょっと気持ち悪くもあった。

「ま、まあ、これでもとに戻ればエルフの里の人たちも本来の生き方である森とともに暮らせるし……いいのか……?」

 考えることを放棄したリツはひとまずこの光景の異常さには目を瞑ることにした。

 世界樹や森が本来のサイズに戻るころにはリツたちも地上へと降り立ち、それに合わせてシムルグも村人たちを地上に降ろしていく。

「さて、森が元に戻ったわけだけど、どうする?」
 エルフ族たちに向かってリツは問いかける。
 今までの生活がおかしかったわけだが、それでも何百年もの間、遥か上空で暮らしていた彼らエルフにすれば、今更地上に降りて来たというのはガラリと環境が変わってしまうことである。

 それをすんなり受け入れられるのか、リツは心配していた。

「リツさん……」
 すると、村長のレイスが一歩前に出てリツと向かい合う。

 恨み言を言われるのか、それとも諦めをぶつけられるのか、まさかソルレイクがあんな仕掛けを残しているとは思っていなかったリツは次の言葉に対して少し身構えてしまう。

「――ありがとうございました! これで、やっと本来の生活に戻れます!」
 しかし、リツの予想とは裏腹に、レイスの口から出たのは感謝の言葉だった。

 それが村人全員の総意であることを表すかのように、他のエルフたちも彼に続いて頭を下げていく。

「あれ? こんな風にしたのは俺とソルのせいだから、文句の一つ二つ言われるのを覚悟していたんだけど……」
 意外だと驚いたリツがそう言うと、レイスは首を大きく横に振った。

「私たちは世界樹の上で暮らすことを運命として受け入れていました。それでも、我らは森の民。再び地上で暮らしたいという思いを同時に抱えていたのです。その思いが叶えられたことは、まるで夢のようです!」
 この反応は思ってもみなかったものであるため、リツは一瞬驚いたあと、照れ隠しに苦笑し、頭を掻いていた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

アレキサンドライトの憂鬱。

雪月海桜
ファンタジー
桜木愛、二十五歳。王道のトラック事故により転生した先は、剣と魔法のこれまた王道の異世界だった。 アレキサンドライト帝国の公爵令嬢ミア・モルガナイトとして生まれたわたしは、五歳にして自身の属性が限りなく悪役令嬢に近いことを悟ってしまう。 どうせ生まれ変わったなら、悪役令嬢にありがちな処刑や追放バッドエンドは回避したい! 更正生活を送る中、ただひとつ、王道から異なるのが……『悪役令嬢』のライバルポジション『光の聖女』は、わたしの前世のお母さんだった……!? これは双子の皇子や聖女と共に、皇帝陛下の憂鬱を晴らすべく、各地の異変を解決しに向かうことになったわたしたちの、いろんな形の家族や愛の物語。 ★表紙イラスト……rin.rin様より。

Brand New WorldS ~二つの世界を繋いだ男~

ふろすと
ファンタジー
桐崎 洋斗は言葉通りの意味でこことは異なる世界へと転がり込む。 電子の概念が生命力へと名前を変え、異なる進化を遂げた並行世界(パラレルワールド)。 二つの世界の跨いだ先に彼が得るものは何か———? これはありふれた日常で手放したものに気付くまでの物語。 そして、それ以上の我儘を掴むまでの物語。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ・この小説は不定期更新、それもかなり長いスパンを経ての更新となります。そのあたりはご了承ください。 ・評価ご感想などはご自由に、というかください。ご一読いただいた方々からの反応が無いと不安になります(笑)。何卒よろしくです。 ・この小説は元々寄稿を想定していなかったため1ページ当たりの文章量がめちゃくちゃ多いです。読む方はめげないで下さい笑

異世界で美少女『攻略』スキルでハーレム目指します。嫁のために命懸けてたらいつの間にか最強に!?雷撃魔法と聖剣で俺TUEEEもできて最高です。

真心糸
ファンタジー
☆カクヨムにて、200万PV、ブクマ6500達成!☆ 【あらすじ】 どこにでもいるサラリーマンの主人公は、突如光り出した自宅のPCから異世界に転生することになる。 神様は言った。 「あなたはこれから別の世界に転生します。キャラクター設定を行ってください」 現世になんの未練もない主人公は、その状況をすんなり受け入れ、神様らしき人物の指示に従うことにした。 神様曰く、好きな外見を設定して、有効なポイントの範囲内でチートスキルを授けてくれるとのことだ。 それはいい。じゃあ、理想のイケメンになって、美少女ハーレムが作れるようなスキルを取得しよう。 あと、できれば俺TUEEEもしたいなぁ。 そう考えた主人公は、欲望のままにキャラ設定を行った。 そして彼は、剣と魔法がある異世界に「ライ・ミカヅチ」として転生することになる。 ライが取得したチートスキルのうち、最も興味深いのは『攻略』というスキルだ。 この攻略スキルは、好みの美少女を全世界から検索できるのはもちろんのこと、その子の好感度が上がるようなイベントを予見してアドバイスまでしてくれるという優れモノらしい。 さっそく攻略スキルを使ってみると、前世では見たことないような美少女に出会うことができ、このタイミングでこんなセリフを囁くと好感度が上がるよ、なんてアドバイスまでしてくれた。 そして、その通りに行動すると、めちゃくちゃモテたのだ。 チートスキルの効果を実感したライは、冒険者となって俺TUEEEを楽しみながら、理想のハーレムを作ることを人生の目標に決める。 しかし、出会う美少女たちは皆、なにかしらの逆境に苦しんでいて、ライはそんな彼女たちに全力で救いの手を差し伸べる。 もちろん、攻略スキルを使って。 もちろん、救ったあとはハーレムに入ってもらう。 下心全開なのに、正義感があって、熱い心を持つ男ライ・ミカヅチ。 これは、そんな主人公が、異世界を全力で生き抜き、たくさんの美少女を助ける物語。 【他サイトでの掲載状況】 本作は、カクヨム様、小説家になろう様でも掲載しています。

精霊のジレンマ

さんが
ファンタジー
普通の社会人だったはずだが、気が付けば異世界にいた。アシスという精霊と魔法が存在する世界。しかし異世界転移した、瞬間に消滅しそうになる。存在を否定されるかのように。 そこに精霊が自らを犠牲にして、主人公の命を助ける。居ても居なくても変わらない、誰も覚えてもいない存在。でも、何故か精霊達が助けてくれる。 自分の存在とは何なんだ? 主人公と精霊達や仲間達との旅で、この世界の隠された秘密が解き明かされていく。 小説家になろうでも投稿しています。また閑話も投稿していますので興味ある方は、そちらも宜しくお願いします。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...