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第三十四話

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 しばらくして、店主が目を覚まし弓を自在に変化させているセシリアを見て驚くこととなるが、リツが『この方が便利だろ?』というと、驚きながらも納得して言葉を飲み込んだ。

「で、いくらなんだ?」
 これだけの武器ともなればかなりの技術が必要であるため、必然と値段も高くなる。
 素材は提供したが、リツは技術料を払うつもりがあり、どのぐらいなのか問いかける。

「いや、タダでいい。そもそも素材を用意したのはそっちだ。こんな素材は一生かかっても扱えるとは思ってなかったからな。それで十分だ」
「なるほどな」
 今回の素材は今のこの世界ではリツだからこそ提供できたものであり、本来なら市場に流通することのないレアな代物である。
 店主が引き下がることは想定済みであったため、リツはひとつ頷いてカバンを探り始める。

「わかった、それじゃここに代金代わりの物を置いていくから、俺たちが帰ったら確認してくれ」
 そう言ったリツはカウンターに何かを置くと、それに布をかぶせる。

「……い、一体何を?」
 すぐに見たい気持ちはあるものの、帰ったらと言われているため、店主はうずうずしながらもその気持ちをなんとか抑えている。

「あとで見てくれ、じゃあな」
「本当に、ありがとうございました!」
 ふっと笑ったリツは軽く手を振って、飛び切りの笑顔を見せるセシリアは深々と頭を下げて店を出て行った。



 二人が出て行ったあと、店主の叫び声が店の外にまで聞こえたのは言うまでもないことである。



「……リツさん、何を置いてきたんですか?」
 その叫び声はセシリアの耳にも当然のごとく届いており、なにに驚いているのか気になっていた。

「んー、火竜の牙。あと、かけてある布は東方の国で手に入れた青絹で作られた布」
 さらっと言うリツに対して、唖然としたセシリアは驚きを通り越して言葉が出なくなっていた。

「…………え、えぇ?」
 そして、なんとか絞り出した言葉がこれだった。

 竜種は今では存在している個体自体が少なく、絶滅危惧種だといわれている。
 そして、東方の国とは国交が断絶しているため、この辺りでは青絹を手に入れることはできない。

 それをセシリアは知っており、そんな素材をポンっと置いてくるリツに驚きつつも、その前の武器の素材もとんでもないものなのでこういう人なんだろうと、困惑しつつも言葉をのみこもうとしている。

「さて、それじゃ次はその武器に慣れてもらう訓練をして、そうしたらいよいよ……」
 大したことをしたつもりのないリツはこともなげにそこまで言うと、東の空に視線を向ける。

「はい、いよいよですね……」
 気を引き締めて硬い表情をしているセシリアも同じ方角を見る。

 鼻歌交じりのリツは楽しそうな表情で、セシリアは不安を抱きながらもきっと大丈夫だという自信も同様に持っているようだった。



 それから、二人はセシリアのレイピアと弓の練習を数日続けていく。



 しばらくして、修行を終えた二人はいよいよ東の魔王城へと向かうことにした。
 いま二人は小高い丘の上におり、そこから遠目に魔王城を見ながら話をしていた。

「……あの、コレ本当に頂いても良いのでしょうか?」
 少し落ち着きなくしているセシリアは自らが身に着けているものを見て、困ったような表情でリツへと質問をしている。

 結局、あのあとも修行の合間にちょこちょこと防具屋を見て回ったが、リツのお眼鏡にかなうような装備が見つからなかった。
 そのため、リツの収納空間に入っていたものからセシリアに適したものを見繕ったのだ。

 ここまで風の属性に関連した武器を使って来ているため、リツは防具も同様に風関連のものを渡している。

 風神の指輪:風の魔力が極限まで込められた指輪。
       指輪を相手に向け、魔法を詠唱することで魔力を消費することなく風の魔法を放つことができる。
       それは防御にも使うことができ、風の結界を作り出すことができる。

 疾風の衣:旋風の糸と呼ばれる風の精霊が生み出した糸を紡いで作られた服。
      風の加護が強く込められており、剣による攻撃すらも防ぐことができる。

 風のショール:そよ風の糸と呼ばれる風の魔力を込められた糸と紡いで作られたショール。
        身に着けているだけで、風の魔法を使いやすくなり、薄い風の障壁が常時展開されている。

「んー、もう使うやつもいないし、俺が持っててもただしまってくおくだけだからいいよ。それより、その装備で思うのは……セシリアの家系にエルフっていないか? それを本来使ってたやつはエルフで、他種族が使いこなすのは難しいって言っていたんだが……」
 リツは装備は使ってナンボだと思っているため、適性があるのならばそこら辺の装備を使うよりよほど良いと思っているようで、彼女に具合を聞く。
 武器もそうだが、これらの風の装備はどうやらセシリアと相性がいいらしく、装備している今は身体が軽いように感じている。

「うーん、あまり種族について聞いたことがありません……でも、母方の祖母のそのまた祖母の肖像画をみる機会があって、たしか耳が少しだけ尖っていて、なんとなく気になったことがあります」
 セシリアは肖像画について気になって家族に聞いたものの、どうやらよほど古すぎる絵であるようで、誰も詳細を知らなかった。

「なるほどな……なら、そういうつながりがあるのかもしれないね。なんにせよ、この装備をセシリアが使えるのはよかったよ。この街はいい防具が手に入らなかったから」
 改めてこう言いたくなるほどに、防具は量産されたものしか売られていなかった。
 がっかりしたように肩をすくめるリツをみて、セシリアは苦笑していた。

「ま、これで魔王とも戦うことができるだろう。事前に確認したとおり、セシリアは主に弓による遠距離攻撃で戦ってくれ。もし近づいてきたら、レイピアでと臨機応変に」
「了解です。しかし、本当に魔王の城に二人だけで乗り込むことになるとは、街を出た時には思っていませんでした……」

 あの頃は、リツに対して良くわからないけど強い人、というだけの認識でいた。
 それが、街から救い出してくれた救世主へと変わり、今ではともに戦う仲間、戦いの師匠という認識にまで変化してきている。

 そんなリツが戦えると判断したから、ともに戦う許可を出してくれた。

「すぐにいきますか? それとも、前回のように剣戟を飛ばします?」
 セシリアは魔王城の方を見ながらリツに確認する。
 あの時は、強力な一撃ではあったものの、まさか城まで届いたとはセシリアも思っていなかった。
 しかし、ここから見える城にはリツがつけたであろう剣による大きな跡が残っている。

「んー、それでもいいけど……こうしよう。俺が一人で歩いていく。でもって、途中で城に宣戦布告をしよう。そうしたら、魔物たちがわらわらと出てくると思う。それをセシリアが隠れたところから矢で倒していこう」

 リツが何もしていないのに、次々に魔物が倒れていけばそれだけ相手に不気味だと思わせることができる。

「いいですね! あ、でもリツさんが先に行ってしまったら追いつけないかもしれないです」
 リツの足は速く、戦闘が始まってもきっとその足は止まることはないため、離れてしまうことに不安を持っている。

「それも大丈夫だ。リルをこっちに置いていくから、セシリアは後からリルに乗って来ればいい」
「リル? 私だけでも乗せてくれますかね?」
 リツの命令だからセシリアのことを乗せてくれたが、離れた状態でも大丈夫なのかと彼女は首を傾げている。

「前に紹介したから、セシリアのことは俺の仲間と認識してくれているから大丈夫さ。今呼ぶから待っててくれ」
 リツが笛を吹くと、いずこからからフェンリルのリルが現れる。

「リル、俺は一人で先に行くからセシリアのことを頼めるか?」
「ガウ!」
 リツの言葉にリルは任せろと言わんばかりに力強く返事をし、セシリアに近づくと顔を軽く摺り寄せる。

「わ、リルさん! うふふっ、よかったです。それでは色々とよろしくお願いしますね」
「ガウッ!」
 リルもセシリアのことを気に入っているらしく、元気よく返事をしていた。
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