17 / 49
第十七話
しおりを挟む「いや、ほら。セシリアには旅の案内をしてもらうって約束だったけど、魔王との戦いに付き合ってもらうとまでは決めてなかったはずだろ? でもって、一緒に戦ってもらうにしろ、次の街でお別れにしろ、セシリアには強くなってもらいたい」
(そうすれば、どっちの道を選んでも彼女は生きていけるはずだ……)
あくまでこれはリツの希望である。
「わかりました!」
しかし、セシリアはその希望に対して即答した。
一人になってからずっと強くなりたいとは考えていた。
しかし、どうすればいいのかはわかっていない。
それでもリツとなら強くなれる――そんな予感を強く抱いている。
「うん、それじゃとりあえず街に行って食事をしたら、色々と話し合おうか。正直、セシリアはまだまだ伸びしろがあると思うんだよね。なんの力もなかったら、リルがこんな風に乗せてくれないと思うし」
この言葉は事実であり、リルはセシリアが持つなんらかの力を感じ取っており、その力を心地よく思っているようだった。
それから、移動はリルに任せて二人は互いの話をしていく。
リツは再召喚されてからここまでどうやって旅をしてきたのか。
セシリアは学生時代にどんなことを学んだのか、卒業してからはどう生活してきたのかなどを話す。
街まではある程度の距離があり、その間に互いのことを話して知ることで、共に戦う者として関係性を縮めていた。
「はあ、やっと入れたか……」
「入れましたねえ……」
リルとは街の外で別れて、二人は徒歩で街に入っている。
だが街に入ったというのに二人の表情はぐったりと疲れをにじませていた。
街へ入るときに求められる身分証が問題だった。
セシリアは貴族の身分証を持っているため問題なく入れたが、その類のものを持っていなかったリツのほうで時間がかかってしまったのだ。
まず、貴族の女性と一緒にいることを怪しまれる。
誘拐なのではないか? と門番をしている衛兵たちから不審人物扱いされてしまった。
これに関してはすぐにセシリアが否定することでことなきを得たが、ここの衛兵はなぜかリツに厳しく、その後もしばらくやりとりをした後、やっと仮の身分証を発行してもらうこととなった。
「……にしても、あの衛兵はなんだったんだ? いくらなんでも厳しすぎるだろ」
違和感を覚えたリツは訝しげな顔で首をかしげている。
リツの手続きをしている間に、他の身分証を持たない者も手続きに来ていたが、彼らはそのまま簡単な支払いのみで通っていたからだ。
「なんだったのでしょうね……?」
その原因はセシリアとリツの関係性にあった。
ここへ来るまでの道中で二人は少し気安い関係になっていたため、外から見て明らかに恋人同士のように見えたようだった。
そして、この衛兵昨日彼女に振られたばかりであり、その相手が幼馴染の男爵令嬢だった。
自らと比較して、幸せそうなリツに嫌がらせをした形となった。
そんなことを二人は知る由もないが、これに二人は苛立ちを覚えてはいなかった。
「……なんというか、前の旅はどこもかしこも勇者で顔パスって感じだったから、なんだか新鮮だったな」
「ふふっ、私もちょっと楽しんでいました。あんなことがあるんですね」
少し世間とずれている二人は、クスクスと笑いあい、こんなことも楽しめるだけの余裕があった。
「とりあえず、俺のちゃんとした身分証をどこかで作るのと、宿を決めるのと……なにより、腹が、減った……」
冷静になって考えてみると、再召喚されて以降リツが口にしたのは城での能力鑑定用のジュースと、セシリアの家でのお茶とクッキーだけだった。
睡眠欲は木の上で満たされていた。そうなると、今度は食欲が空腹のリツに襲いかかる。
ぎゅるるるるるるる。などと、周囲に聞こえるほどの大きな音が彼の腹から聞こえてきた。
「ははっ、こりゃまずいな。腹が減りすぎてる」
「は、早くどこかお店に入りましょう! こ、こっちです!」
空腹に参った表情をしているリツを見て、セシリアは彼の腕を引きながら一軒の食堂に入っていった。
「へい、らっしゃい!」
「いらっしゃいませ、お二人で……そちらのお兄さんは大丈夫ですか?」
リツが少し疲れているように見えたため、店のウェイトレスの人族の女性が心配そうに声をかけてくる。
「あぁ、腹が減っているだけだから……とりあえず、なにかお任せで頼む……」
「そ、そういうことで、色々おすすめをお願いします!」
彼の空腹を察したセシリアは慌ててリツを近くの席に座らせる。
「わ、わかりました! 店長、オーダー、おすすめの品を色々と!」
「お、なかなか面白い注文だな。あいよ、急いで作るから待ってな!」
店長と呼ばれたのは熊の獣人で、ニカッと笑うとすぐに料理に取りかかっていく。
「こちら、お水になります」
先ほどの女性が水を運んできてくれると、リツは少しでも腹を満たすために一気に飲んでいく。
「はあ、少しは紛れる……」
何かしらが腹に入ったことでリツは少し冷静さを取り戻す。
「よく考えたら、なにか食べればよかったんだな……」
リツは魔法で色々なものを収納しており、その中には果物やパンなども含まれている。
収納空間では時間が止まっているため、腐ったり劣化したりという心配がないため食べるものを持っていた。
ところがこの世界に再召喚されてから気を張り続けていることが多く、空腹を感じる隙もなかったため、それを失念していた。
「あ、そうでしたね。どうします、なにか食べておきますか?」
とりあえず何かしらを食べておいたほうがいいのでは、とセシリアが提案する。
「うーん、やめとく」
しかし、リツの答えはノーだった。
「ほら、あっち見てよ。店長さんが一生懸命色々美味しそうなものを作ってくれてるみたいだから、せっかくだからこの空腹のまま食べようかなって」
厨房から漂ってくる香りは食欲を刺激するものであり、リツはゴクリと唾を飲む。
「ふふっ、確かにすごく美味しそうな匂いです。私も朝と昼は食べていないので、すっかり空腹です」
リツのほうが消耗度が高かったため、より強い空腹に襲われていたが、彼女も同様にほとんど食事をしていないためすっかり腹が減っていた。
「はい、お待たせしました! まずは、肉のせサラダです!」
簡単に出せるものから料理が運ばれてきた。
彼らが空腹なのを知って、気を遣ってくれた店長の采配だった。
「やった! いただきます!」
「えっと……いただき、ます?」
なにやらリツが挨拶をして食べ始めたので、セシリアもそれに倣って挨拶をしてみる。
「んー、うまい!」
久しぶりの食事は一口目からインパクトがあるほどおいしいもので、思わず漏れたリツの声が店内に響き渡る。
それは、店長に笑顔をもたらし、更なる調理への意欲を高めていた。
11
お気に入りに追加
2,504
あなたにおすすめの小説
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!
アルテミス
ファンタジー
第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。
->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました!
ーーーー
ヤンキーが勇者として召喚された。
社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。
巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。
そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。
ほのぼのライフを目指してます。
設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。
6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
【短編】冤罪が判明した令嬢は
砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。
そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる