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第九話
しおりを挟む「「「…………」」」
ゆっくりとリツが戻ってくると、彼女たちは口をあんぐりと開けたまま彼のことを見ていた。
あっという間に戦況をひっくり返し、圧倒的な魔法を見せつけられてしまったためだ。
「いや、なんとかなってよかったです。これで契約完了で……あ、フレアアロー」
笑顔で彼女たちに話しかけながらも、残っていた一体に気づいてリツはすかさず魔法を放って倒し、今度こそ契約完了とする。
「というわけで、お約束したとおり僕と仲間が大体倒したと思いますが……いかがですか?」
両手を広げて、この戦果で満足してもらえたかと小首をかしげながらリツが尋ねる。
久々にリツとともにいられて機嫌のよいリルはリツの身体に寄り添い、満足げに頬をすり寄せた後、亜空間に帰っていった。
(……あ、あれ? 無反応?)
それでも彼女たちは黙って固まったままであり、その様子にリツは戸惑ってしまう。
彼女たちの反応を待たないと話が始まらないので、リツはとりあえずリーダーらしきセシリアに視線を向ける。
「――はっ! し、失礼しました!」
すると、彼女は我に返ると慌てて跪いて頭を下げる。
他の騎士たちも一斉にそれに続いていく。
「……ふえっ?」
まさかここまでの大仰な反応をされるとは思っておらず、リツはきょとんとして間抜けな声を出してしまう。
「リツ様。あなたさまの助力により街を守ることができ、それどころか死を覚悟していた我々さえも一人として欠くことなく生き延びることができました。あなたさまに最大限の感謝を!」
「「「「感謝を!!」」」」
魔物を迎え撃つと決めた時、彼らは全員が家族に別れを告げていた。
この軍勢を相手取るのだから、きっと二度と会うことはないだろう、と。
自分たちでは力不足で、街を守ることはできない、だからせめて家族が逃げる時間を稼ぐ、と。
それほどまでに先ほどの戦いは絶望的な状況であり、誰一人として涙ながらに大切な人と別れを告げて決死の思いで臨んでいたため、生き残れるとは考えていなかった。
それが、突如現れたリツによって全て良い方向に覆った。
全員が頭を下げているが、死を回避できた感激から小さく震えているようだった。
「あー、いやあ、そんな風に感謝されるとちょっと戸惑うというか……ははっ、困ったなあ」
魔物の数は確かに多かったが、リツにしてみればそれほど強力な相手ではないため、ここまでの反応をされることとは思っていなかった。
「いえ、リツ様がいなければ我々は、我々の街は滅びておりました!」
一見すると謙遜しているように見えるリツに対して、涙を浮かべながら顔を上げたセシリアはリツの顔を見て必死に自分の想いを彼に伝える。
「そ、そうですか……まあ、でも無事でよかったです。とりあえず全部凍らせましたし、魔物の死体は腐らないと思うので、街で休憩しましょうか。みなさんも疲れているでしょう?」
彼らは戦闘自体はほとんどしていないが、戦うと決めてここに出てくるまで精神的に相当消耗しているはずであり、そんな彼らのことをリツは気遣っている。
「ありがたきお言葉! 街に戻ります。リツ様の案内は私がしますので、みなさんは先に戻って戦いが無事に終わった報告をして下さい! さあ、こちらへどうぞ」
「あ、どうも。それにしてもかなりの数でしたねえ。なんで、あんなに魔物が来ていたんですかね……?」
強さはさほどではないにしろ、あれだけの数の魔物が襲ってくると、何かしらの理由がなければあんな行動はあり得ない。
リツが疑問に思うのも不思議ではなかった。
「えっと、それは……その……」
これまでしっかり話していたセシリアだったが、この質問は答えづらいらしく言いよどんでしまう。
「まあ、街に入って落ち着いたところで話しましょうか。今後のこととかも考えないといけないでしょうし……」
(なにやら事情がありそうだな……。この女性が先頭に立っていたのも関係があるのかもしれない)
セシリアは、男性女性どちらから見ても美人であり、歳はリツの少し上か同じくらい。
そんな彼女が死を覚悟する部隊を率いているというのにも、なにか事情があると思われた。
「そ、そうですね、まずはお疲れでしょうから中でお休み下さい。魔物が倒されたことを知れば恐らくみんな戻ってくると思いますから……」
なんとか取り繕うが、セシリアの表情はあまり芳しいものではなかった。
魔物が討伐されたことは、先に戻った騎士によってあっという間に広められて、街から離脱していた住民たちがどんどん戻ってくる。
「さあ、わが家へご案内しますね」
「はい」
どこか表情のさえない彼女の案内に従ってついて行きながら、リツは街の様子を観察していく。
(住んでいる人も、騎士の装備も、戦いに参加しなかった冒険者の装備もまあまあだ。特別いいわけじゃないけど、悪くもない。手入れもしっかりされている)
周囲を見る限り、文化レベル、装備の質、そこにいる人の質も悪いようには見えない。
しかし、セシリアに向けられる視線だけは、なぜか敵意が込められていた。
(……これはなかなか根が深そうだな。今はまだ俺が倒したって知られていないはずだ。つまり、騎士たちが奮闘したおかげだと思うはず……なのに、これだけ厳しい視線を向けるのにはなにか意味があるとしか思えないな)
そこから、ぐっと歯を食いしばって前を向くセシリアは視線に耐え、リツは周囲の視線の意味を探りながらの移動で、十分程度で彼女の家に到着することとなる。
「――えっ? で、でかくないですか?」
わが家とセシリアが軽く言ったので、小さな家をイメージしていたが、いわゆる異世界のお屋敷に相当する建物がそこには建っていた。
「えっと、一応貴族の出身なので……今は、もう使用人もいない、みかけだけになるんですけどね」
驚くリツに、少し振り返ったセシリアは言いながら悲しそうな笑顔を浮かべていた。
「あ、すみません。それでもお茶くらいは出せるので安心して下さい! 私の入れるお茶は美味しいって評判なんですよ!」
わざと元気にふるまうとセシリアは門を開け、家の中へと入っていく。
「ただいま帰りました」
先ほどの彼女の言葉にあったように、使用人がいないため、挨拶をするが中から一切返事はない。
「リツさんは、あちらの応接室で休んでいて下さい。私はお茶を用意してきます」
「あ、はい……お邪魔します」
静まり返った家の中に、リツが応接室に、セシリアがキッチンへと向かう足音だけが響いている。
(色々わけありってことみたいだなあ……)
その事情も含めて色々と聞き出そうと、静かな眼差しのままリツは応接室に入って彼女を待つことにした。
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