上 下
9 / 49

第九話

しおりを挟む

「「「…………」」」
 ゆっくりとリツが戻ってくると、彼女たちは口をあんぐりと開けたまま彼のことを見ていた。
 あっという間に戦況をひっくり返し、圧倒的な魔法を見せつけられてしまったためだ。

「いや、なんとかなってよかったです。これで契約完了で……あ、フレアアロー」
 笑顔で彼女たちに話しかけながらも、残っていた一体に気づいてリツはすかさず魔法を放って倒し、今度こそ契約完了とする。

「というわけで、お約束したとおり僕と仲間が大体倒したと思いますが……いかがですか?」
 両手を広げて、この戦果で満足してもらえたかと小首をかしげながらリツが尋ねる。
 久々にリツとともにいられて機嫌のよいリルはリツの身体に寄り添い、満足げに頬をすり寄せた後、亜空間に帰っていった。

(……あ、あれ? 無反応?)
 それでも彼女たちは黙って固まったままであり、その様子にリツは戸惑ってしまう。
 彼女たちの反応を待たないと話が始まらないので、リツはとりあえずリーダーらしきセシリアに視線を向ける。

「――はっ! し、失礼しました!」
 すると、彼女は我に返ると慌てて跪いて頭を下げる。
 他の騎士たちも一斉にそれに続いていく。

「……ふえっ?」
 まさかここまでの大仰な反応をされるとは思っておらず、リツはきょとんとして間抜けな声を出してしまう。

「リツ様。あなたさまの助力により街を守ることができ、それどころか死を覚悟していた我々さえも一人として欠くことなく生き延びることができました。あなたさまに最大限の感謝を!」
「「「「感謝を!!」」」」
 魔物を迎え撃つと決めた時、彼らは全員が家族に別れを告げていた。
 この軍勢を相手取るのだから、きっと二度と会うことはないだろう、と。
 自分たちでは力不足で、街を守ることはできない、だからせめて家族が逃げる時間を稼ぐ、と。

 それほどまでに先ほどの戦いは絶望的な状況であり、誰一人として涙ながらに大切な人と別れを告げて決死の思いで臨んでいたため、生き残れるとは考えていなかった。

 それが、突如現れたリツによって全て良い方向に覆った。
 全員が頭を下げているが、死を回避できた感激から小さく震えているようだった。

「あー、いやあ、そんな風に感謝されるとちょっと戸惑うというか……ははっ、困ったなあ」
 魔物の数は確かに多かったが、リツにしてみればそれほど強力な相手ではないため、ここまでの反応をされることとは思っていなかった。

「いえ、リツ様がいなければ我々は、我々の街は滅びておりました!」
 一見すると謙遜しているように見えるリツに対して、涙を浮かべながら顔を上げたセシリアはリツの顔を見て必死に自分の想いを彼に伝える。

「そ、そうですか……まあ、でも無事でよかったです。とりあえず全部凍らせましたし、魔物の死体は腐らないと思うので、街で休憩しましょうか。みなさんも疲れているでしょう?」
 彼らは戦闘自体はほとんどしていないが、戦うと決めてここに出てくるまで精神的に相当消耗しているはずであり、そんな彼らのことをリツは気遣っている。

「ありがたきお言葉! 街に戻ります。リツ様の案内は私がしますので、みなさんは先に戻って戦いが無事に終わった報告をして下さい! さあ、こちらへどうぞ」
「あ、どうも。それにしてもかなりの数でしたねえ。なんで、あんなに魔物が来ていたんですかね……?」
 強さはさほどではないにしろ、あれだけの数の魔物が襲ってくると、何かしらの理由がなければあんな行動はあり得ない。
 リツが疑問に思うのも不思議ではなかった。

「えっと、それは……その……」
 これまでしっかり話していたセシリアだったが、この質問は答えづらいらしく言いよどんでしまう。

「まあ、街に入って落ち着いたところで話しましょうか。今後のこととかも考えないといけないでしょうし……」
(なにやら事情がありそうだな……。この女性が先頭に立っていたのも関係があるのかもしれない)
 セシリアは、男性女性どちらから見ても美人であり、歳はリツの少し上か同じくらい。
 そんな彼女が死を覚悟する部隊を率いているというのにも、なにか事情があると思われた。
 
「そ、そうですね、まずはお疲れでしょうから中でお休み下さい。魔物が倒されたことを知れば恐らくみんな戻ってくると思いますから……」
 なんとか取り繕うが、セシリアの表情はあまり芳しいものではなかった。




 魔物が討伐されたことは、先に戻った騎士によってあっという間に広められて、街から離脱していた住民たちがどんどん戻ってくる。

「さあ、わが家へご案内しますね」
「はい」
 どこか表情のさえない彼女の案内に従ってついて行きながら、リツは街の様子を観察していく。

(住んでいる人も、騎士の装備も、戦いに参加しなかった冒険者の装備もまあまあだ。特別いいわけじゃないけど、悪くもない。手入れもしっかりされている)
 周囲を見る限り、文化レベル、装備の質、そこにいる人の質も悪いようには見えない。
 しかし、セシリアに向けられる視線だけは、なぜか敵意が込められていた。

(……これはなかなか根が深そうだな。今はまだ俺が倒したって知られていないはずだ。つまり、騎士たちが奮闘したおかげだと思うはず……なのに、これだけ厳しい視線を向けるのにはなにか意味があるとしか思えないな)

 そこから、ぐっと歯を食いしばって前を向くセシリアは視線に耐え、リツは周囲の視線の意味を探りながらの移動で、十分程度で彼女の家に到着することとなる。

「――えっ? で、でかくないですか?」
 わが家とセシリアが軽く言ったので、小さな家をイメージしていたが、いわゆる異世界のお屋敷に相当する建物がそこには建っていた。

「えっと、一応貴族の出身なので……今は、もう使用人もいない、みかけだけになるんですけどね」
 驚くリツに、少し振り返ったセシリアは言いながら悲しそうな笑顔を浮かべていた。

「あ、すみません。それでもお茶くらいは出せるので安心して下さい! 私の入れるお茶は美味しいって評判なんですよ!」
 わざと元気にふるまうとセシリアは門を開け、家の中へと入っていく。

「ただいま帰りました」
 先ほどの彼女の言葉にあったように、使用人がいないため、挨拶をするが中から一切返事はない。

「リツさんは、あちらの応接室で休んでいて下さい。私はお茶を用意してきます」
「あ、はい……お邪魔します」
 静まり返った家の中に、リツが応接室に、セシリアがキッチンへと向かう足音だけが響いている。

(色々わけありってことみたいだなあ……)
 その事情も含めて色々と聞き出そうと、静かな眼差しのままリツは応接室に入って彼女を待つことにした。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

スライムと異世界冒険〜追い出されたが実は強かった

Miiya
ファンタジー
学校に一人で残ってた時、突然光りだし、目を開けたら、王宮にいた。どうやら異世界召喚されたらしい。けど鑑定結果で俺は『成長』 『テイム』しかなく、弱いと追い出されたが、実はこれが神クラスだった。そんな彼、多田真司が森で出会ったスライムと旅するお話。 *ちょっとネタばれ 水が大好きなスライム、シンジの世話好きなスライム、建築もしてしまうスライム、小さいけど鉱石仕分けたり探索もするスライム、寝るのが大好きな白いスライム等多種多様で個性的なスライム達も登場!! *11月にHOTランキング一位獲得しました。 *なるべく毎日投稿ですが日によって変わってきますのでご了承ください。一話2000~2500で投稿しています。 *パソコンからの投稿をメインに切り替えました。ですので字体が違ったり点が変わったりしてますがご了承ください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

処理中です...