兄ちゃん、これって普通?

ジャム

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ヤバい雰囲気はしてた。
兄の目を見た時から。

12月24日。
クリスマス会という名のクラスの打ち上げ。
定番の、ファミレスからのカラオケボックス、3時間コースだ。
15人程が入れる箱を二つ借りて、入れ替わり立ち代わりで部屋の中は大騒ぎだった。
端の席に座ってるせいか、さっきから何度も席を移動する奴に足をぶつけられ、気分も下がる。
「おまえね~ダメ。ダメだよ。ダメ」
そんな僕の隣に座った木場(キバ)が3回も、ダメを押してくる。
確かに。
自分でも、なんでこんなもんに参加してしまったか・・と、思わないでもない。
「もっとさ~!笑って!んで・・・ほら、女子に・・話し掛けろよ~~!」
そう言って、僕の肩を揺さぶってくる木場に、間近でビール臭い息を吐かれて、僕はその体を肘で押しのけた。
「そうだ!お前も飲め!飲めば変われる!脱・童貞だーーー!」
コップ片手にいきなり立ち上がった木場。それに煽られた男共が一斉に腕を突き上げ「いいねいいね」と奇声を上げる。
そこから、脱童貞と言ったのに部屋中が「童貞!童貞!」と、手拍子つきの大コール。
まるでその波に乗れない自分は線で切り取ったようにその場に取り残されてしまう。
童貞コールに高々と答えるように、最後はコップの中身を飲み干す木場。
それに大声援を贈るクラスメイト。
いつもは、自分と大差無く大人しめな友人が、皆の前でイッキ飲み。

・・これが、アルコールの力か・・。
ヤバい。
全然ついてけてない・・。

いつからか、こういうノリについてけてない。
別に冷めてるつもりじゃなかったけど、やっぱり冷めてるんだろう。
やたらと、くだらない。
それに、自分がしたくない事を無理にしたいとは思わない性格で。
それぞれが楽しくやってればいい。
僕は僕で楽しくやるから、適度に!放って置いて欲しい・・なんてワガママな心情。
そう思ってる時点で、僕はどんな形であれ、集団行動に向いていないと実感する。

けど、なんとなく参加したクラスの打ち上げで盛り上がれない理由は多分、他にもある。
そう、2つ上の兄のこと。
実は酒を飲まないようにしてるのも、兄が気になるからだ。
もし、僕が酔っ払って帰りでもしたら・・兄に襲われかねない。
自分の太腿の内側につけられていたキスマークの危うさ。
兄は僕の両足を開かせ、股の間に屈んで、僕の足に唇を・・。
頭の中の想像に、ゾクリ、と、背中が粟立った。
慌てて頭を横に振って、妄想を振り払う。
こんな事がここ最近の睡眠不足と、僕の悩みだ。
つまり。
クラスの女子とクリスマスを過すことより、僕の頭の中は、兄の奇行で一杯だった。
事実、身に迫る危機は日ごとグレードアップしていて、考えたくなくても兄の事をついつい考えてしまう。
そんな日々の繰り返しをリセットするために参加したイベントも、自分には大した効果が無かった事にがっかりした。
結局ここに居ても場違いすぎると、僕は一人カラオケ屋から抜け出した。

店の外では、クリスマスソングがどこからか流れ、化粧モリモリのお姉さんに引っかかった仕事帰りのサラリーマンが手を引かれている。
道の所々で淫猥な掛け声が響き、僕は居心地の悪さに足を早めた。
そんな界隈を早足で通り抜けた僕は、角のコンビニに吸い込まれる。
今日は両親共に飲み会で、家には大した食い物は無い。
店に入って、真っすぐお弁当の並びに行きかけて、一応お菓子コーナーをチェックする。
兄のパシリをさせられていた名残りで、つい兄の好きな物を探す癖がついてしまった。
頼まれても無いのに買っていくのも変かと思い、買うか悩んだ挙げ句、結局、お菓子くらい買ったっていいだろうと、考え直してレジへと向かった。
こんな事で悩むなんて、と、溜め息が零れる。
最近は、こんな些細な事でも、兄の事となると、つい神経質に考えてしまう。
元はと言えば、それもこれも、アイツの『一生のお願い』のせいだ。
自分の弟に無理矢理キスして、舌まで入れて、完全に頭がおかしくなったとしか思えない。
だけど、あんなんでも兄は兄で。
自分の実の兄弟で。
毎日イヤでも顔を合わせる。
それに、昼間なら、普段は普通だ。
そう、あの早朝の奇行さえなければ・・。
それを思い返すと、途端に僕の足は重くなった。

考るな。
それが一番いい。

それが例え誤摩化しだとしても、そう自分に言い聞かせて、重い足を前に出した。
だって、僕の家はあそこにあるんだから。
アイツが居る所が僕の家なんだから。

「ただいまー」
玄関から声を掛けると、リビングから「おかえりー」と返事が返ってくる。
その『普通』さに、ホッとして、僕はリビングの引き戸を開けて中に入った。
いつもの様に、兄は上下スウェット姿でソファーの上に寝ッ転がり、肘をついてテレビを見ていた。
ソファーの前のローテーブルにはお菓子の袋がいくつも散乱している。
兄はテレビから視線を外さず「早かったな」と僕に言った。
「あー・・あんま面白くなかったから・・帰って来た。はい、お土産」
コンビニの袋から取り出した、冬季限定のチョコの箱。
それを見た兄は、嬉しそうに口元を緩めて、体を起こした。

チョコくらいで、そんな嬉しそうな顔すんなよな。

僕は兄から視線を外し、ソファーを背に、いつもの定位置で足を投げ出して座る。
それから、自分に買って来たおにぎりを袋から取り出し、ビニールを剥がす。
と、いきなり。
顎を浮かされたと思った瞬間には、兄の唇で僕の口は塞がれていた。

あー・・・っもう・・マジでヤメろって・・!

もう何度目かわからない兄からのキス。
イヤだと思いながらも、される事に慣れてしまった兄とのキス。
その上、今チョコを食べたばかりの兄の舌は、うっすらと甘くて、思わずその味に舌を伸ばして探るように、自分から兄の舌へと舌を絡めていた。
お互いの唇を夢中で貪り合った後、兄の唇が離れていく頃には、僕の頭の中は甘いシビレで熱くなっていた。
離れて行く兄の顔を薄目でぼんやりと見つめ、兄が舌なめずりする表情に、僕の心臓の音が大きく跳ね上がる。

その顔・・ヤバいって・・。
完全に・・スイッチ・・が・・っ
抵抗しろ・・っ
抵抗しないと・・!

そう思っているのに、僕は兄の唇を拒めない。
兄としてても、キスはキスなんだ。
唇同士が触れた瞬間に沸く、あの甘い疼き。
濡れた唇を合わせた時の高揚感。
今まさに、その柔らかな唇の感触を味わったばかりで、その誘惑に勝てる訳が無かった。

これから『キスするぞ』って、ソファーの上から体を前屈みにした兄が、ゆっくりと僕の目を見ながら顔を寄せてきた。
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