ユメノオトコ

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鳥籠の中の楽園

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12月。
教師も走る12月、ヤクザにとっても書き入れ時の季節がやってきた。
暮れと正月に向けて、人々の財布の紐が緩まる季節。
その場のノリと勢いで購買意欲を刺激され、罠に嵌る人間を鴨に何でもありの商法が裏も表も跋扈する。
正に一朝一夕の稼ぎ時。
このチャンスを見逃す商売人などあり得ない。
世界は金で廻っているのだ。

「者共稼げ!」を合言葉に、今日も血眼で働く部下達を尻目に西遠は社長室で淡々と書類に目を通していた。
自分の祖父が貿易商をしていた縁で、海外の主要な都市に流通ルートがある。
まだ西遠が小さい頃、祖父の会社を先代の勝貴が引き継いでくれたのだが、勝貴が引退した今では代表の名義は西遠のものだ。
いくら世襲制にしたくても、10代にもならない子供を役職に就かせる事は不可能だったため、とりあえず、代理人として勝貴が社長代理を引き受け、手に余る仕事は部下に任せ、なんとか会社を維持してきた。
西遠の成人を機に名義を変更し、会社の株の半分を勝貴が買い占めた。
これで実質、会社の経営権があるのは勝貴という事になるが、それは西遠の地位を揺るぎないものにするための措置で、勝貴が経営に口を出して来た事は一度もない。が、もし西遠を出し抜こうとする輩が出て来れば、彼がそれを見逃す事は絶対に有り得ない。
西遠の後ろでは、常に勝貴の目が光っている。

西遠は、今目を通した書類の中に腑に落ちないものを感じ、もう一度それを手に眺めた。
この所、右下がりだった搬出量が増えてきている。
あまり本腰を入れていない仕事なので、会社の利益が下がっても西遠は経営陣に活を入れる事もしない。社長代理人に全て任せっきりだ。
どちらかと言うと新藤の方が会社の経営に詳しく、何かあればすぐに連絡が寄せられる。
だが、新藤は新藤でこのところ忙しく動き回っていて、会社の経営をチェックする余裕があったようには見えない。
やや赤字に傾きかけていた会社が、なぜ持ち直し始めているのか。
「社長、七戸の叔父貴から電話です」
「七戸の叔父貴?ああ、車の話か・・?」
「でしょうね」
盗難車を秘密の荷物として、海外へ運んで欲しいと言うのだ。
もちろん、車のトランクには漏れなく見てはいけない物も含まれているだろう。
危ない荷物を運ぶには、其れ相応のリスクがある。
こっちを見くびって貰っては困ると、西遠は胸の内で舌打ちした。
「運賃は設定の20倍と、上がりの30%を要求してやれ」
「わかりました」
顔も上げず、無表情に返した西遠に新藤は苦笑する。
無下に叔父貴連中の頼みを断らないところが気に入られている理由だと本人は気づいていない。
組を継いだ時、自分が背負った物の大きさに嘆息しながらも、西遠はそれをしっかりと受け止め『親』になる覚悟を決めた。

あの人達は、3割増しでも5割増しでも、あなたになら喜んで出しますよ。

新藤の予想通り、電話口で西遠からの条件を伝えると、七戸からの連絡人はホッと息を吐き、礼の言葉を述べた。
たぶん、電話口だというのに深々と頭を下げているに違いない丁寧さで。


年末に向け、商談も相談も追い込み。
夜は連日の会食と顔合わせ、組長同士の近所付き合いも楽じゃない。
出来るなら、放り出して逃げてしまいたいところだが、義理を欠くと後々面倒な事になりかねない相手には礼を尽くす他ない。
なにせ、こっちには中澤がいる。
突如、サラリーマンからヤクザの組長の側近へ鶴の一声で昇格させた男だ。
お披露目も既に済んだが、何かしら難癖を付けたがる連中は出て来る筈だ。
力次第で下克上も上等と夢見るヤクザ達だが、基本は年功序列を厳しく守る世界。
自分の立ち居振る舞い次第では、そんな勝手な采配をした事をあげつらわれ、ともすれば、中澤を手元から取り上げられてしまうかも知れない。
トップに立っているからと言って、全てが自分の自由になる訳ではないのだ。
そういう懸念を口にすると、新藤が目を瞠って驚いた顔をする。
「そんな気遣いができるようになったなら、中澤を側に置いておく価値もありますね」
今夜も会食のため、都内の老舗料亭へと向かう車中で、西遠は新藤と二人並んで後部座席に座っていた。
「自分のためだ。お前にも引き込んだ責任がある。一度飼うと決めたら最後まで面倒見てやるのが筋だろうが」
小憎たらしいと新藤の顔を睨むと、いつもはニコリともしないシルバーフレームの奥の目を細め「ええ、わかってます。面倒は見るつもりですよ、最後までね」と口元を引き上げた。
「お前が人の面倒をまともに見れるとは思えないがな・・」
「まあ、そこは多少アレンジが効いている方が、中澤にとっても楽しみかと」
「どんなアレンジだ?どうでもいいから、今夜貸せ」
「嫌です」
「じゃ、2時間でいい」
「嫌です。そう易々と人の物が借りれると思わないで下さい」
「じゃあ、クリスマス」
「ダメです。社長、わかってて言ってるでしょう?」
冷たい視線で睨みつけてくる新藤に、西遠は舌打ちする。
「すっかり亭主気取りか?あれはオレのオモチャじゃなかったのか?」
「始めはそのつもりでした。ご褒美としてはなかなかの効果を発揮してたんじゃないですか?」
「だったら」
貸せ!と言い掛けたタイミング。
「アイツが、弱った顔するんです。予想以上に一途で、オレに『悪い』って、申し訳なさそうな顔をするんですよ。あなたと寝た日にね」
新藤らしくもない顔。
目を伏せて本当に勘弁してくれと、あのふてぶてしい新藤が西遠に頭を下げる。
こんな新藤を見た事があっただろうか。
取らないでくれ、と、人に頭を下げてまで守りたいと思う恋人らしい恋人など、いなかった筈だ。
本気で人を愛したりしない。
愛なんてバカバカしいと笑っていた人間だ。
どんな人間にも本気になんてならなかった。
それが・・、あいつに出会って変わったのか。
中澤の人生を自分の勝手で振り回しておいて、まさか、自分の方まで変えられてしまうなんて思ってもみなかっただろう。

「まさか、クリスマスに二人でしっぽり・・って算段じゃないだろうな」
「社長、今回限りは、探さないで下さい」
「テメエ!!いつも、いつも、オレの事は見張り付けて追いかけ回す癖に、自分の事は棚に上げて、高飛びか!?」
「偶には休養も必要ですからね。今回は社長も十分休めるよう手配中です」
「ふざけんな・・相手もいないのにビーチで何しろってんだ」
「本当に性欲だけは旺盛ですね。わかりました。中澤は貸せませんが、オレが抜いて差し上げます」
言うなり、新藤の手が西遠のズボンのベルトに掛かる。
その手を押しとどめ、西遠は大きなため息を吐いた。
「新藤、無理。絶対、無理。頼むからチガキ貸してくれ」
「言ったな?もしオレでイったら、金輪際、中澤は諦めて貰う。どうせ、中澤の他にもオモチャは持ってる筈だ」
「はあ!?ちょ、待て、金輪際って・・!」
「暴れ、るなッ!10秒でイカせてやるっ」
「新藤ッマジで放せ!!」
車が緩くカーブを曲がり、二人が遠心力でシートの上に倒れた。
その瞬間、車が停車し、それと同時にタイミング良く後部座席のドアが開かれた。
「お疲れ様です!忘れ物とどけに・・」
ドアを開けて、重なり合う新藤と西遠の姿を目の前にして、中澤の笑顔が固まる。
「ちが、これ、違うからっ」
「中澤・・これには訳が・・」
真っ青になって自分に弁明しようとする二人の焦る姿に、中澤は二人の本気を見た。
「・・以前からそういう事もあるのかなって思ってましたけど・・そうなら、そうって教えておいて下さい。・・クリスマス、期待してたオレ、バカみたいじゃないですか・・っ」
真っ赤になって走り出す中澤を、慌てて新藤が追い掛ける。
「お前、この責任取れよ・・!もしチガキが戻って来なかったら、クリスマスも休みも取り消しだからな!」
背広でダッシュする男の背中に叫ぶと、新藤は片手を上げて答えた。
『もし戻って来なかったら』か。
たぶん、不要な心配だ。
身なりを整えて、西遠が車から降りる。

あの男から逃げ切れる人間などいやしない。
あんな男が本気になったとしたら・・。

「ま、捕まるよな。自分しか愛してないって言われたら、普通、逆上せるわな」
だが、本気を出した事のない新藤の本気。
どう考えても一筋縄ではいかなそうだ。
「間違った方向に、本気出してなきゃいいけど・・」
そう口にしつつ、諦めたように西遠は料亭の中へと入った。



西遠の気がかりは100%当たっていた。
中澤を追いかけて捕まえた新藤は、自分が弁明するよりも、それを聞かずに逃げ出した中澤の行動を攻め立て、自分の事が信じられないなら、この場で犯すと脅し、すぐにそれに答える事が出来なかった中澤をあっさりと街中の路地で犯した。
それもあまつさえ、射精を遮り「イキたかったら、クリスマスにオレと一緒に過ごすと誓え」と無理やりに誓わせた上で・・。
この性交渉は、この日からクリスマス当日まで毎日続いたと言う。
これが、新藤が中澤と一緒にクリスマスを過ごしたいという本気度だった。
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