ユメノオトコ

ジャム

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「ナカザワ」
自分を呼ぶ渋い低音に、書類を片付ける手を止めた。
見ろ、と言わんばかりに、新藤が指を立てた手を顔の近くへ上げて見せてくる。
「もしかして・・タバコ、ですか?」
「わかってるならすぐ持って来い」
イライラした声音で新藤が自分の膝を叩く。
どこに置いてあるのかと、新藤の机の上を見渡すが、乱雑に散らかった机の上は一目で見つかるような雰囲気ではない。
仕方なく、「ちょっと待って下さい」と声を掛けると、「5秒」と新藤が答える。
急いで新藤の机の上を片付けながらタバコを探すが、見つからない。
『この世界』では、『無いってのは無し』なのだ。
一旦、口から出たものは戻らない。
タバコを取ってくると言ったら、絶対に取ってくる。
『探したけれど見つかりません』では、子どものお遣いだ。
だから引き出しも開けて探す。「失礼します!」と、もちろん一言添えて。
引き出しの中も乱雑。ありとあらゆる物が一緒くたに入っている。
と、タバコの匂いがする。

引き出しから?そんな訳が無い。

顔を上げると、新藤がタバコを吸いながら、スーツの上着を羽織り、その襟を直しているところだった。
「新藤さん・・・」
脱力するオレに、新藤は何もなかったかのように、オレの上着を持って近づいて来る。
そして、無言でオレの背後に廻り、それを羽織るように袖を通させる。
それから、オレの肩を軽く押して、自分の方へ向き直させると、今度はオレの2つ開いたシャツのボタンを1つ閉め、「行くぞ」、とだけ言って歩き出した。

『こういう新藤』は、時々現れる。
優しい面もちゃんとある・・が、基本、人が悪いのだ。
それを一遍に出してくるから、更に、質が悪い。

事務所に鍵を掛け、ビルの廊下へ出る。
突き当たりがエレベーターだ。
新藤と並び、エレベーターが表示階を一つずつ移動するのを待つ。

「どこに、あったんですか?」
タバコを咥えたままで新藤が答える。
「胸ポケ」

エレベーターが来る。
ドアが開く前に、新藤の咥えていたタバコを唇から抜き取る。
新藤が目を眇め、視線でそれを追う。
俺は、新藤から奪った煙草を自分の唇に咥え、深く吸い込んでからゆっくりと煙を吐き出した。
「お前・・」
エレベーターのドアが開き、前に足を進めながら、新藤用に俺が持ち歩いている携帯灰皿へそれを押し付けて揉み消す。
「エレベーター内は禁煙です」
勝ち誇って言った俺に、新藤は箱の中の壁に新藤が腕を組んで寄り掛かり、やれやれと溜め息を吐いた。
それから再び、新藤は懐からタバコの箱を取り出すと、また一本口に咥えて、言う。
「なるほど・・煙草なんかじゃ物足りねえよな。あとでたっぷり咥えさせてやるよ」
そう言って、俺に火を寄越せとジェスチャーする。
「貴方が言うとシャレに聞こえませんよ・・だいたい、こんな狭い所で吸って、火災報知機が鳴っても知りませんよ?」
渋々、ライターを胸ポケットから取り出し、新藤に一歩近づく。
「大丈夫だ。切ってある」
火を点けながら、その台詞には本気で驚いた。
「どこでも股開けなんて言わねえから、煙草くらい自由に吸わせろ」
不敵に笑う男を見つめ、『いや・・どこででも、足開かされてる気がするが・・』と内心つっこむ。
いや、それよりもセンサーを切ってあるのは問題なんじゃ・・。
「言っとくが、センサーを切ったのは俺じゃないぞ。社長だ」
その一言で、ああ、と全ての片が付く。
「じゃあ仕方無いですね」
「だろ」
「でも、ヤクザの事務所が火事なんて・・」
「だからだ。どうせなら全部燃えた方が都合がいいだろって」
ヤバいものが沢山あるからな。
そう言ってる内に、エレベーターは一階へ到着する。
「どうする?時間も無いし、車でヤるか」
口が寂しいんだろ?と、腕時計を覗き見ながら、新藤が淡々と言うから思わず、「ヤりません・・っ」とムキになって答えてしまう。
「ムキになるなよ。本気になるだろうが」
開いたエレベーターのドアを手で押え、新藤を先に通した。
「本気だったら困ります」
そう嘯いた俺に新藤がチラと視線を投げ、煙草の煙を吐き出す。
「本気?」
それから、心外だと呟き、新藤が俺を振り返った。
「お前が本気じゃない相手に、あそこまで良がれるとは思ってなかったぞ」
その眼が、やたら真っすぐ自分を見つめてくるから、嫌になる。
そんな事、思ってもいないくせに・・、そう思いながらも、新藤が満足する答えを口にしてしまう自分が情けない。
「本気にさせたのは貴方でしょう」
新藤の眼を見つめ返す。
エントランスの向こうでは、いつもの黒塗りの車のドアを、運転手の男が開けて待っている。
暫し見つめ合ったままでいたが、新藤が先に動いた。
「全く忙しい時に限って・・・」
チッと舌打ちした新藤が、自分の口に咥えていた吸い止しを俺の口元へ向ける。
「物足りねえだろうが、これで我慢しろ。・・戻る前に連絡する」
前へと体を戻し掛けて言った最後の言葉に、年甲斐も無くドキリとした。
こんな殊勝な事を言う男では無い。
いつもその場その時の衝動で動いているような男だ。
新藤から、会う約束なんて来たことが無かった。
胸がザワつくのを抑え、俺は口に咥えさせられた煙草を指に挟み、静かに一礼して新藤の背中を見送る。

いつか。
置いて行かれるんじゃなく、来い、と呼ばれて、同じ場所へ立てたらいい。
そんな男になるには、どれ程場数を踏まなければいけないのか・・今の自分には予想だに出来ない。

とりあえず、いつまでも危険だからとヤクザに匿われているんじゃ格好悪い。
地道に体を鍛える事を心に決め、暇な時間に腕立てや腹筋をしていると、たまたまそれを見た西遠が「なんだ、そんな事気にしてたのか」と自分の懐から出した小さく黒い光沢のある物体を、俺に差し出した。
「細身だけど、ブレが小さいから初心者にも扱い易い。こいつのいい所はコストが低く、使い捨て出来るってとこ」
ほら、と手に握らされて、心臓の鼓動が早くなる。
わかってはいたが・・実際、「銃を持っている」と、耳で聞くのと、目の当たりにするのでは雲泥の差がある。
つまらない事務仕事ばかりをこなす毎日で、実感がなかったが・・。
本当にヤクザなんだ・・。
俺は、本当にヤクザになったんだな・・。

そう実感するのが遅すぎる程に遅すぎたのは、きっと彼らのせいだろう。
いつか、俺もこれを使う日が来るのかも知れない。
そう思って手にしたそれをジッと眺めていると、ヒョイと西遠の手がそれを持ち上げた。
「まあ、あと少し待ってて。今、俺の後釜狙ってる不穏分子を炙り出してるとこだから。これが片付けば、チガキも堂々と俺と一緒に表を歩けるからさ」
そう口元を引き上げた西遠の顔に悪どいものを見て、イヤな汗が背中を伝った。
「狙われてたんですか・・?」
命を。
「いつものことだ」
と、西遠が笑う。さも気持ち良さそうに。
「すぐ終るよ。新藤がいるから」
そんな風に、新藤に全幅の信頼を寄せる西遠の顔は、自慢のおもちゃでも見せびらかす子供のように無邪気な表情だった。

そうして数日後、大きな幹部会が近々、身内で開かれるという噂を耳にする。
だが、思っていたよりも上手く事は進んでいなかった。
西遠が言っていたように、堂々と二人の隣を歩くには、まだ危険があると、新藤から言い聞かせられ、また俺は置いてけぼりを食らう事になる。







そして、幹部会の当日。

「全くなんで、こんなに忙しいんでしょうね」
新藤が愚痴ると、西遠も更に昏い顔で「行きたくねえ」とゴネ出す。
「社長・・それだけは、許してください」
「ヤダ。マジで行きたくない。チガキとヤってたい」
「それは、俺も一緒です」

暫し、二人で顔を見合わせた。

「・・新藤、出るまでに、まだ時間あるよな?」
「・・・そうですね」
答えながら、新藤が、素早く中澤の番号を呼び出す。
「すぐに来い。社長室だ」
それだけ伝えた新藤は、通話を切ると上着を脱ぎ、西遠に視線を投げ、その視線を受けた西遠は黙って袖のカフスを外した。
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