ユメノオトコ

ジャム

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4、誘惑は、戸惑いも絶望も全てをかっさらう。

ヤクザという職業がどんなモノなのか、就職先に考えた事も無かったオレには予想だに出来なかった。

艶のある紫の柄シャツに、だぶついた白いズボン。
慇懃に礼をする若造が、オレを見て言った。
「ナカザワさん、お疲れ様です!」
その後ろには、お約束みたいな黒いベンツ。
おい・・オレが今どんな目で見られてるかわかるか・・お前。
お前みたいなイキってる兄ちゃんの友達なんかオレは一人も居ないんだぞ。
自分が二十歳くらいの時だってお前みたいのとは付き合いなんか無かったんだぞ。
それを、おい。なんだ、その後ろの車は・・・!
自分の上司でも無いのに、「お疲れ様です」なんて言うんじゃねえ・・・!!
フツフツと怒りが込み上げる。
残業を3時間。空腹と疲れが極限まできているオレに、まだ更に試練を浴びせる気か・・!?
見なかった。
見なかった事にしよう。
オレはその場から急いで足を進めた。
「ちょっま、待ってくださいよ!!ナカザワさん!!」
追って来た若造の手がオレの右肩にかかった。
「イッ・・!!」
思わず痛みに仰け反り、振り返ってその手を掴んでどける。
「あ、スミマセンッけど、マジ車乗ってもらわないと、頭(カシラ)に怒られます」
ちっともスミマセンなんて顔じゃない。むしろ、敬語を使っていても『とっとと車に乗りやがれ』くらいの勢いだ。
一体何時間前から、この青年はここに居るのか。
その労力は、心から尊敬に値するが自分には関係はない。
いつ現れるかわらない相手を、ただ待つ仕事なんてどんなに苦痛だろう。
そう考えると、どんな嫌な仕事だろうと、上から命令されたら絶対それに従うしかないこの若者の不憫を思う。
だが、同情こそすれ、こっちには従う義理は無い。
「今朝の誘いなら、しっかりお断りした。新藤さんもわかっている筈だ」
ヤンキー小僧にビビるもんかと痛む肩を広げ、背筋を張ると、
「ないっす」
「・・・え?」
「いや、ないっすから」
「何が・・?」
「断るとか、ないっすから。そういうの」
暫し、オレは路上に立ち尽くし、あっけらかんと言い放つ若造と見詰め合った。
気が、抜けた。
話が通じない。
信じられないくらいの横暴だ。
どう言えば理解してくれるのかと惑うオレを、不思議そうな顔で若造は見る。
「じゃ、頭が待ってますんで、行きましょう。ナカザワさん」
「あっ」
若造はオレのバッグをサッと引ったくると、車へ向かって踵を返した。
人間ってなんだろう・・・・。
オレは、真っ黒のスモークガラスを見つめ、宇宙の神秘とか誕生とか、そんな事を考えずにはいられなかった。

車が着いたのは、オレの会社から僅か車で5分の繁華街だった。
歩いても来れる距離に、わざわざヤクザ御用達の外車を差し向けて来る新藤のやり方に、ムカつくのを通り越して、半ば呆れ、ヤケクソに車を降りる。
鞄に財布が入っているが、そんな物を持って行く気にもならない。
どうせ、ヤクザの車だ。
そんな危ない車を狙うバカは居ないだろうし、そもそも、オレは金を支払うつもりは微塵もなかった。
いったい何で楽しませてくれるっていうんだ!?
店の扉を開けると、そこは薄暗い細い通路になっている。
一つ角を折れる。すると、これ見よがしに厳つい感じの大男が黒いスーツ姿で立っていた。
一瞬、人が居た事に驚いたが、若造がオレの後ろから「お疲れ様です」と声を
掛けると、軽く頷き、男の後ろにあるドアを開けてくれた。
黒く艶のある床に、シャンデリアの光りが反射する。
薄暗い照明の中、真っ赤なベロア調のコの字型のソファーが、間に大きな生け花や観葉植物を挟んでいくつか並んでいる。
店の客はやや年配の人間が多く、女を侍らせて愉しんでいると言うよりも、何かの密談のためにこの店に来ているような雰囲気で、時々笑い声も聞こえるが店内は至って静かだ。

バーカウンターをグルッと廻り一番奥のテーブルに視線が止まり、ドキッとする。
さっきまで、鮮やかだと思わせていた赤が一気に廃れて見える程重厚な黒い革張りのソファー。
その背に首をもたげ、ぐったり、まるで寝入っているかのように体を預けている男がいる。
西遠。
見間違えようもない。
端正な顔立ちは、一目で誰かわかる程、目立っている。
そのすぐ隣に女がいるが、どう見ても艶負けしていた。
「ナカザワ」
名前を呼ばれて、少し西遠から視線をずらすと、西遠の向こうに新藤が居る。
「新藤さん」
長身の男は、長い足を大きく広げ、ソファーの背に悠然と背中を預けてタバコを口に咥えていた。
「疲れただろう?何か食べるか?ああ、そうだ、明日は会社を休めよ?色を入れるからな」
笑って言う台詞に、女達が『まぁ』とかなんとか感嘆の声を漏らす。
「明日は会議があるんです。勘弁して下さい。もうこれだけでも十分でしょう」
「・・・十分?」
新藤が口に咥えていたタバコを指に持つと、スッとホステスが灰皿を差し出した。
「これだけ入れられたら・・・誰が見たってヤクザだと思います。アンタの、思惑
通りに・・・」
新藤がニヤリとして、指で座れと促す。
見れば、ホステスが「どうぞ」と、席を開けてくれ、西遠と新藤の向かい側の席へ座った。
西遠はやはり眠っているのか、オレが来ても微動だにしない。
ずっしりとケツが深く落ちるソファに仰け反る。と、肩にあの衝撃が来て、ウッと
眉を顰めた。
「痛いか・・・?まぁ、飲め。飲んでりゃ気にならなくなる」
「いや、結構です。オレは今日は帰りますから」
新藤が自分で、オレにグラスを作って酒を注ぐ。
「帰る・・?そういや、何処に住んでるんだったっけな?」
「・・教えませんよ」
顔を背けると新藤が笑う。
「ヤクザ、舐めんなよ」
笑ってタバコを吹かした。
「誰がヤクザだ・・・?」
西遠が呟き、目を開いた。
その声に、思わずオレはソファーから背を正した。
首を起こした西遠が、右手で左右のこめかみを掴むようにマッサージしながら前屈みになる。
そして、視線をオレに留めた。
「ナカザワ チガキ・・・」
「そうです。社長の新しいボディガードですよ」
新藤がサイオンに水を差し出した。
「ハ!?あ、アンタ何言うんですか!?」
声を上げたオレに、その場にいた全員の視線が集まる。
「・・・新藤」
「はい」
「すごいな。新藤を、アンタ、言ってるぞ」
頬杖をつきながらサイオンがオレを見ている。
新藤も肘掛けに両手を乗せてソファーに寛ぎ、面白そうな顔でオレを見ていた。
「いいでしょう?サラリーマンなんてさっさとやめちまえ、ナカザワ」
「なんだ、新藤・・。ボディガードは嘘か」
あからさまにがっかりするサイオンに、毒気を抜かれる。
「今スカウト中です。あと一歩ですよ。なんならアナタが落としてみて下さいよ。オレもあの手この手で頑張ってますがね、イマイチなんですよ」
「落とす・・・?ナカザワをか?」
しっとりと重みのある声がオレの名前を呟く。
「落とすって・・・」
思わず、意味がわからないと笑うと、ジッとサイオンが黒目勝ちな瞳で見つめてくる。
まっすぐ、切れ長の目がオレの顔にヒタと据えられ、身動きが出来なくなる。
すると、サイオンがソファーからスッと立ち上がり、テーブルを回ってオレの横へ座った。
あの夜、見たサイオンが、今、自分の真横にいる。
淡い間接照明に照らされ、睫毛の一本一本まで見えた。
夜の闇のような、どこか捉え所のなかった存在が、この手で触れる距離にいる。

その目が動く。
にっこりと微笑む男の顔に、ここが何処か忘れる程魅入っていた。

そしてーーー
オレの肩へ、サイオンの体が寄り掛かる。
「トラだって?」
「あ、ああ」
声が掠れた。
「楽しみだ」
自分の顔を覗き込むように笑うサイオンが、オレの体をソファーの背もたれへ押し付ける。
それから、サイオンが硬直しているオレの膝の上へ、コロリと寝転んだ。
甘えるような仕草に、全身の血が必要以上に駆け巡り、ドッと汗が噴き出した。
クスクスと笑い声に顔を上げると、新藤が額を押えて笑っている。
サイオンに落としてみてくれ、とは言ったが、本当にやるとはね・・といった顔だ。
「ナカザワ。オレの側にいろ」
自分の膝の上で緩やかに微笑む男の命令に、オレは為す術もなく「ハイ」と、返事を返していた。
新藤は大爆笑。
ホステスが諌める程笑っていやがった・・・。

祝。依願退職。
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