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6 ラッパ気をつけ

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「折れてるな……」

ゼンジは、ゴブリンが投げたショートソードを見て呟いた。大楯で弾いただけなのだが元々錆びていた事もあり、根元から綺麗に折れていた。

「使える物が有れば良かったんだが……」

『ゲギャギャギャ』

『ギャーー!』

「えっ?この声はまさか!」

声のする方を見ると、新たなゴブリンがニ匹いた。

「おいおい。マジかよ」

警棒と大楯が、まだ手元にあったのは不幸中の幸いであった。
ニ匹のゴブリンは棍棒と、くたびれた木の槍をそれぞれ装備している。

「どっちから来る?」

警棒を中段に構えた途端、一匹のゴブリンが、棍棒を掲げ奇声を上げながら走り始めた。

『ゲギャギャギャーー!』

ゼンジは間合いに入った瞬間、警棒を右になぎ払った。

『ゲギャッ』

しかしゴブリンは、棍棒で受け止め、警棒を振り抜いた方にジャンプして流した。

「くっ!?」

視線の端では、槍を構えたもう一匹のゴブリンが突撃してきていた。

(連携している!コイツら意外と賢いぞ!)

ゼンジは咄嗟に大楯を構える。すると、衝撃と共に木が折れる音が響いた。

覗き穴から覗くと、折れた槍を見て慌てる様子のゴブリンが見えた。

(チャンス!)

「そらっ!」

楯を突き出して攻撃をする、シールドバッシュのように、大楯を相手に叩きつけた。

ガツンと鈍い音がして、ゴブリンは後方に倒れた。
すかさず大楯を振り上げ、そのまま大楯の下部をゴブリンに叩きつけた。

大楯が首に直撃したゴブリンは、声を上げることもなく動かなくなった。

ーパッパッパッパカパ~ンー

聞き慣れたラッパの音がした。

(ラッパ気を付け!?)

自衛隊では、ラッパを鳴らして号令を掛けるのだが、ゼンジが聞こえた音は気をつけをする際の、ラッパ気をつけであった。

ラッパ気を付けが鳴ったため、ビクッと体を震わせたゼンジは、普段の癖で姿勢を正して気をつけをした。

しかし何も起こらなかった。

「何だ!?今のは?」

視線を戻すと、棍棒を持ったゴブリンがニ匹に増えていた。

「何匹いるんだ!くそッ!」

そう吐き捨てて大楯を構え直す。
しかしニ匹は襲ってこなかった。

その時不意に後方から音がした。振り向いたゼンジは、目を大きく見開いた。

視線の先には、棍棒を持ったゴブリンが更にニ匹、少し離れた間隔で隙を伺っていた。

「囲まれてる!いつの間に!?」

(くそッ四匹はまずい!一匹づつならいけるか?)

後ろからにじり寄るニ匹の内、左の少し離れた一匹に大楯を構えて駆け寄った。

「この野郎!」

先程と同様、大盾を突き出しシールドバッシュをしたが、バックステップであっさり交わされてしまった。

素早く大楯を手元に引き寄せ、覗き穴から相手を見ると、ゴブリンはゼンジの右側をチラリと見た。
ゼンジは不審に思い、ゴブリンの視線の先を見ると、離れていたもう一匹が飛び掛かって来ていた。

『ゲギャギャギャ!』

「うわぁ~!」

慌てて大楯を横にして、そのまま右側にスイングした。
すると雨で濡れた手元が滑り、大楯がすっぽ抜けてしまった。
回転しながら飛ぶ大楯は、ゴブリンの頭に直撃した。頭の形が変わったゴブリンは、その場に落下し動かなくなった。

「ハァハァ…ラッキー…」

『ゲギャギャギャギャ~!』

警棒を下段に構え、残りの三匹を睨んだ。

「ゲギャゲギャ言いやがって!」

(ニ匹と一匹。こっちからだ!)

一匹に狙いを定め走って行く。相手も跳ねながらゼンジへ向かって来る。

『ゲギャギャ!』

そう鳴き声を上げると、大きくジャンプして棍棒を振りかぶった。

ゼンジは下段に構えた警棒を、タイミングよく斜めに振り上げる。するとゴブリンの足に当たった。
ゴブリンはそのまま体勢を崩し、背中から落下すると、足を抱えて、のたうち回り始めた。

とどめを刺そうとしたが、残りのニ匹が気になり振り向いた。

そこには三匹のゴブリンが、その場でジャンプをしながら威嚇していた。

「嘘だろぉ!弓持った奴が増えてるしぃ!」

(まずい!これじゃあキリがない!どうする?)

一匹ずつだと何とかなりそうだが、三匹には勝てる気がしない。まだ増える可能性もある。

「女神様ぁ!」

その時、弓を持ったゴブリンがジャンプをやめて、キリキリと矢を引き絞り始めた。そしてそのまま、ゼンジに向けて放った。

「うわっ!」

幸か不幸か足元を滑らせ、尻餅を突いてしまった。

ゴブリンの放った矢は、風切り音を立てて帽子のつばに当たり、頭から帽子を引き剥がしてそのまま後ろの木に刺さった。

運良く紙一重でかわす事に成功したゼンジは、背筋が冷たくなるのを感じた。

「今のは死んでたぞ…どうすれば良いんだ?」

(そうだ!さっきのラッパは何だったんだ!?何かスキルを覚えたかも!!頼む)

「ステータスオープン」

ステータスウィンドウには、レベルが2と表示されていた。
先程のラッパの音は、レベルが上がった事を知らせる音だった。

「レベルが上がってる!スキルは……あった!トランシーバー…ってアホかっ!!!なんだよトランシーバーって!使えるか!」

レベルが上がった事により、新たなスキル『トランシーバー』を覚えていた。
しかし、現時点では全く使えない物だとゼンジは嘆いた。

「ゲギャ!ギャ!」

残りニ匹のゴブリンは、ジャンプするのをやめて武器を構え始めた。

「!?ヤバイぞ!どうする!?」

周囲を見回したが、現状を打破出来るようなものは何も無かった。

(こうなったらアレしかない!)

「気を付けぇ~!」

大声で叫び立ち上がると、ゴブリンたちはビクッと震えて動きを止めた。

「回れぇ~~右!」

ゼンジは続け様にそう叫ぶと、右足を後方に下げ、両足のかかとを軸にクルリと180度回転した。
そして後方に下げた右足を、左足の横に引き寄せ、元の位置に戻した。
カツンと、かかとがぶつかる音が鳴り響いた。
回れ右をして、気を付けの姿勢に戻ったゼンジは次の号令をかけた。

「駆け足進めぇ~!」

(逃げる!)

全速力で走り出した。

逃走進路上で、足を抱えて悶えているゴブリンが、ゼンジに気付いて立ち上がり手を伸ばしてきた。
しかしその手をかわし、すれ違い様に警棒で頭を叩き、そのまま振り向きもせず一目散に逃げ出した。

その後は只ひたすら走った。

真っ暗で、頼りになるのは、木々の隙間から漏れる月明かりのみ。しかしそれも雨雲のせいで、わずかに見える程度。周りには目もくれず、振り向くこともせず必死で逃げた。

「ハァハァ。まずい。死ぬ。ダメだ。死ぬ」

鬱蒼と茂った草木と、降りしきる雨が邪魔をして思う様に走れない。
頭や肩、腕、足、至る所をぶつけながら、それでも、もつれながらも足は止めなかった。

次第に下り坂になり、転がる様に逃げ続けた。倒木を飛び越え、道無き道を無我夢中で走り続けた。

雨が当たらない程、木々が一層深くなった。

そろそろ撒いたのではないかと、後ろを振り向いたその時、足が何かに引っ掛かり派手に吹っ飛んだ。

「うわ~~~~~!」

『ゴフッ』

そして何かにぶつかり、その場に落ちた。

「あたたたた……」

身体中を撫で回してみたが、擦り傷やタンコブが出来たくらいで、大した怪我はしていない。

ーパッパッパッパカパ~ンー

またしても聴き慣れた、ラッパ気をつけの音が頭に響いた。
ゼンジは慌てて立ち上がり、無意識に気を付けをしていた。

「ハァハァ、何でレベルアップの曲が、自衛隊のラッパ気を付けなんだ?ハァハァ、女神様の趣味なのか?それにしても、ハァハァ、どうしてレベルが上がったんだろう?って、アイツら追って来てないだろうな!?」

我に返り、振り向きざまに警棒を持っている手を前方へと向けた。しかし、その手に警棒は無かった。

「あれ?警棒がない?」

ふと足元を見ると、自分の影が長く伸びていて、ゼンジは何かに照らされている事に気がついた。

「嘘だろ…」

壊れた人形のように、首からギギギと音を鳴らして振り向いた。

そこには、丸々と太ったブタの様なモンスターが、右手に松明を持ち、ニ本足で立っていた。
そして口を大きく開け、左目を異様に光らせながら、ゼンジを睨みつけていた。


(女神様、こちら自衛官、
モンスターが次から次に出て来ますが、トランシーバーじゃ状況変わりません。どうぞ)
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