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3 虫

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光が収束し、次第に視界が晴れていく。

(ここはどこだ?)

人々が話す声が聞こえてくる。

戸惑うアスカの目の前には、円形の大きな公園がある。
その中央にある美しい噴水に、子供たちが足を入れてバシャバシャと水遊びをしている。

公園の奥には、レンガ造りの二階建てがあった。
年季がかったその建物の入り口には、西部劇に出てくるような、ウエスタンドアが付いている。

今仕方、店の中から酒に酔った冒険者風の男が、ウエスタンドアを乱暴に開けて外に出ようとしたが、反動でドアが戻って顔に当たり、そのまま店に戻された。

その二階の窓には、『冒険者ギルド』と書かれた垂れ幕が下げられている。

甲高く鳴り響く、硬質な何かを叩く音が聞こえる。
公園の左隣には、赤々と燃え盛る炉の前で、二人の毛むくじゃらな子供が上半身裸で、赤くなった鉄を一心不乱にハンマーで叩いていた。

看板には『ドワーフの鍛冶屋』と書いてある。

そして公園の右手には、白を基調とした厳かな教会が建っている。窓にはステンドグラスが煌びやかに輝いており、白い屋根の上には黄金に輝く十字架が、これでもかと存在感を強調していた。

そして眼前には、北欧風の人達が行き交っている。

「本当に異世界に来たんだ…」

歩く人達の髪の色が、緑やピンク色であり、身長も様々で猫耳や尻尾、肌に鱗を付けた人たちが歩いているのだから、そう確信する他なかった。

何とも、メルヘンで賑やかな街並みが広がっていた。

「ママ~、このお人形さん買って~」

「良い子にしてたご褒美に買ってあげましょうかねぇ」

「やった~!ありがとうママ~」

店の前で楽しそうに話す親子を、アスカは気の抜けた表情で眺めていた。

「よう兄ちゃん。いつまでそこに突っ立ってるつもりだ」

不意に後ろから声を掛けられた。
アスカが振り向くと、スキンヘッドに白のタンクトップを着た、城のようにデカく厳つい男が立っていた。

その男は、まるで城門を塞ぐかの如く、太い腕を胸の前で組み、店のカウンター越しにアスカを見下ろしていた。

「何も買わねぇんならどいてくんねぇか?商売の邪魔だ!」

スキンヘッドの男にそう言われ店を見渡すと、様々な種類のパンが置いてあり、カウンターの上にはパンのマークが描かれた看板が掛けられていた。

そこには『キャッスルのパン屋』と書いてある。

アスカはその店の前に立ち、入り口を塞いでいた事に気付いた。

「ああ、わりぃ」

パンの良い香りが刺激したのか、アスカの腹の虫がギュルリと鳴った。慌てて腹を押さえるアスカに、スキンヘッドの男は白い歯を見せ豪快に笑い始めた。

「だはははは!ウチのパンは見ただけで腹が減るんだよ。兄ちゃん新顔だな、試しに一つ買っていかないか?」

「…金が無いんだ」

しかし腹の虫は正直で、先程よりも大きな音で鳴いた。

「だはははははは!仕方ねぇなぁ!持って行け!」

そう言うと男は紙袋にパンを包み、横に置いてあった飲み物と一緒に、アスカに無理矢理押し付けた。

「おいおい聞いてたのか!」

「良いんだよ!兄ちゃんの左目のホクロはウチのかみさんと同じ位置にある。これも何かの縁だ気にするな!美味かったら、今度仲間を大勢連れて買いに来てくれ!」

異世界に来て初めて話す人間は、とても気持ちの良い人間だった。アスカはこの先、まだ見ぬ異世界に心を躍らせた。

「それも飲んでみてくれ!ウチの新商品だ」

「じゃあ遠慮なく…美味い!コーヒーみたいだ!ありがとう!」

「だはは!礼なら今度ウチのかみさんに言ってくれ!」

「今度来た時にお礼をするよ。いただきます」

アスカはパンをかじった。

「ゲロうま!」

「当たり前だ!不味いはずがない!」

「必ずまた来るよ!」

そしてコーヒーを口に含んだ。

「おう!宣伝頼むな!」

そう言って男は頭を下げた。すると頭の天辺に丸い熊の耳がちょこんと付いていた。異世界で初めて話したのは人間ではなく、スキンヘッドの熊の亜人だった。

この世界では人間以外の獣人等は、総称して亜人と呼ぶ。

まさかスキンヘッドに熊の耳が付いているとは、夢にも思っていなかったアスカは、意表を突かれてコーヒーを吹き出してしまった。

「ぶーーーーっ!」

スキンヘッドがコーヒーまみれになり、血管が浮き出てきた。

「兄ちゃん…さっきはそこをどけっていったがよぉ…今度はそこを動くなよ!!」

「やべー!申し訳ない!」

「この野郎!」

熊の亜人が目の前のカウンターを、ハンマーのような握り拳で殴りつけた。それと同時に、とてつもない爆発音が聞こえた。

「何だ?」

アスカは爆発音に驚き振り向いた。

続け様に爆発が起こる。

公園の向こうの建物から黒煙と炎が上がった。
賑やかな街並みは一変。逃げ惑う人達の悲鳴や怒号が響き渡った。

「キャー!!」

「どけ~!早く逃げろ!」

逃げ惑う人たちがアスカにぶつかり、貰ったパンと飲み物を落としてしまった。

「あっ!」

押し寄せる人々に、パンと飲み物は踏みつけられてグチャグチャになる。

「俺のパンとコーヒーがぁ!!」

落ち込むアスカの耳に、新たな情報が飛び込んだ。

「怪人だ!」

眉をピクリと動かし声のする方を見てみると、破壊された建物から、蜘蛛の怪人と、カマキリの怪人が出てきた。

「何だ何だ!いきなりイベント発生かぁ?」

アスカは不安な気持ちを、大声を出すことで振り払った。

「おい!兄ちゃんも逃げろ!」

熊の亜人がそう叫んだが、怪人達の目の前には逃げ遅れた女の子が倒れていた。

「ママ~怖いよ~!え~ん」

『うるせぇガキだな!』

そう言ってカマキリの怪人が鎌を振り上げた!

(まずい!間に合わない!)

アスカはとっさにポーズを決めた。そして無意識のうちに叫んでいた。

「変身ッ!!!」

それと同時に、アスカは眩ゆい光に包まれる。

『クッ!何だ!』

怪人達は目を瞑り、顔を逸らした。

「兄ちゃん!」

熊の獣人も城門のような腕で目を覆った。

(今だ!)

アスカは駆け出した。

カサカサ!0.1秒

(何て速さだ!)0.2秒

女の子を抱き上げる。0.3秒

女の子の人形も拾い上げる。0.4秒

そして一瞬で元の場所に戻る。0.5秒

女の子を安全な場所に優しく降ろす。0.6秒

ジャンプする。(何て脚力だ!)0.7秒

空中で前方に回転する。(体が軽い!)0.8秒

そのまま教会の屋根の上に着地する。0.9秒

最後は太陽を背にポーズを決める。1.0秒

この間、わずか1秒!

カマキリの怪人が鎌を振り下ろすが、当然それは空を切る。

『ガキがいねぇ!』

『何が起きた!?』

怪人達はキョロキョロと見回している。

『あそこだ!屋根の上だ!』

(おっ気付いたな。良いねぇゾクゾクする!ここで口上だ!)

変身したアスカは、太陽を背にポーズを決めていた。

「アク……それはワル!
世に蔓延る害虫どもを、私が残らず駆除してやろう!」

(怪人ども、何者だと聞き返せ)

「き、貴様何者だ!」

(王道!これがヒーローのテンプレだ!教えてやるぜ)

「耳の穴をかっぽじって、よ~く聞けよ!」

アスカはポーズを決めた。

「害虫戦隊ゴキレンジャー!
チャバネレッド!推参」

そして再び、シャキーン!と音が鳴る程、渾身のポーズを決めた。

(決まった……)

「って何ぃぃ!!?ゴキブリじゃぁねぇかぁぁ!」

アスカは、自分のおぞましい体を見て悟った。

(決まったのは俺の『ヒーロー完』だ!)

アスカは、持っていた女の子の人形を足元に投げつけた。

「くそッ」

(これはもう女神のイジメだ!(涙)仕返しか?
無視したからか!?女神の気取った自己紹介を俺が無視したからかぁ~?そうなんだろぉ~!だから俺を虫にしたんだろぉ~(涙)無視してごめん)

「クソッ!俺はゴキブリに餌をやっていたのか!」

熊の亜人が叫んだ。

「いや、餌って…」

『なんだ、仲間か』

蜘蛛の怪人が安堵の表情を見せた。

「ホッとしてんじゃぁねぇ!」

アスカはそう言って、女の子の側へジャンプした。

「とぅ!」

背中にある四枚の羽を広げ、『ブィーーーン』と耳障りな音を立てて飛行した。

「キャー!ゴキブリィ~」

女の子の側に着地したアスカは、安心させるために優しい声をかけた。

「もう大丈夫だよ。心配はいらない」

そしてしゃがみ込み、少女と同じ目線になった。

「こんな格好してるけど、正義のヒーローなんだぜ。俺が来たからにはもう安心だ!」

「いやぁ~!助けてぇ~!」

「いやいや!だから俺が助けてやるって」

「嬢ちゃんこいつを使いな!」

熊の亜人は、カウンターの下から巨大な殺虫剤を取り出し、女の子に放り投げた。女の子は華麗にジャンプして、見事にキャッチした後、殺虫剤にまたがり、アスカに向けて空中から噴射した。

「えいっ!」

「うわっ!何してるんだ、やめてくれ!これは違うんだ!これには深~い訳があるんだ!聞いてるのか?無視するな!虫だけど!」

アスカは噴き出す液体を浴びると、体の自由が効かなくなってきた。

「頼むやめてくれ!何かの間違いなんだ!うわ~冷たい!顔に当てるな!」

足の力が無くなり仰向けに倒れるが、それでも必死に、カサカサともがいた。

蜘蛛の怪人たちを見ると、沢山ある腕を組み、残念そうにアスカを見ている。

「おい!お前たちも虫だからって無視するなぁ!助けてくれ!仲間だろぉ!聞いてるのか!?おい!冷たくて息が出来ない!女神の罰かぁ?もう無視しないから許してくれ!冷たい!寒い!誰か~助けて~!助け…て…くれ……」



「ハッ!」

アスカは目を覚ました。
顔には水が激しく当たっていた。

「やめてくれぇ~息が出来ない!た…すけ……ん?」

周りを見回すと、そこは、木々がうっそうと生茂るジャングルのような場所で、土砂降りの夜だった。

「夢か……だよな。スキンヘッドの熊の獣人なんて居るわけないよな!蜘蛛の怪人が仲間な訳ないよな……はぁ、夢でよかった~~~。……って、どこまでが」

そう考えると恐ろしくなった。

「ゴキブリになったらどうしよう…」

あの言葉を言えばハッキリする。
しかしアスカは迷っていた。

「言うぞ~。言うぞ~。俺は言うぞ!」

大きく息を吸い、夢と同じポーズを取った。

「変身ッ!!!」

静寂が訪れた。

アスカは変身しなかった。

「ほっ、ゴキブリにならない…じゃねぇ!変身は?」


『夢落ちからの静寂。
それはアスカの心を不安でかき乱した。
果たしてアスカはヒーローに変身することが出来るのであろうか?
セリフが違うのか?ポーズが違うのか?
そもそも変身できるのか!?
次回予告
変身』

「ん?誰の声?」
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