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34 あいつには会いたくなかった

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ゼンジとポーラは、ブラックドラゴンから逃げるために、山を背にして川沿いを歩き続けていた。

土砂降りの雨は小降りになり、薄らと明るくなり始めた。

「もう直ぐ朝だな!」

「モンスターに一度も出会わず、運が良かったですね」

「それは言ったらダメなやつじゃ?フラグが立つぞ」

するとポーラは前方を指差した。

「あそこを見てください!」

「何!?もうフラグ回収か?どこだ?」

「ほら!あの大きな木の下です!」

ゼンジは目を細めて、ポーラが指差す先を追った。

そこには大きな木があり、その下には人だかりが出来ていた。

「木の下に何かいるな?…あ、あれは!!」

何人もの人影が、大きな木の下に集まっているように見える。

「双眼鏡!」

ゼンジは手元に出てきた双眼鏡を覗き込んだ。

「あいつは!まさかそんな…」

双眼鏡越しに見えたのは、ゼンジが最も見たくないものであった。

その眼光に捕らえられたら最後、逃げる事はおろか、動くことさえ出来なくなる。狙った獲物は逃がさない、ギラギラと黄金に輝く瞳。

例え岩であろうと、軽々と噛み砕く、鋭く尖った牙という断頭台が並ぶ、強靭なアギト。

その巨大な手には、自分の領域に何人も寄せ付けない。触れる者を瞬く間に切り裂く、湾曲した鋭利な鉤爪。

生半可な攻撃は受け付けない、全身を覆うそれはまるで鎧。返り血を浴びたかの如く、紅に染まった鋼のような鱗。

尻尾を一振り横に振れば山を薙ぎ倒し、一振り縦に振れば地が割れる。縦横無尽に動き回る様は正に大蛇。

一度羽ばたけば風を呼び、二度羽ばたけば嵐を呼ぶ。大空を自由に飛び回ることを許された、王者の翼。

そこには、ゼンジが知る全てが凝縮された、大空の覇者が佇んでいた。

「あれはトラウマだ!伏せろ!」

「トラウマとは何じゃ!?」

「ドラゴンだよ!良いから早くしゃがめ!!」

慌てて二人はその場に伏せた。

「ハァハァ」

ゼンジはあのブラックドラゴンから、ドラゴンを視認しただけで息が上がる程の恐怖を植え付けられていた。

双眼鏡から目を離し、呼吸を整えて肉眼で大きな木の下を見た。
しかしそこには、あの巨大なドラゴンは居なかった。

「あれ?」

違和感を感じたゼンジは、再び双眼鏡を覗き込んだ。
やはり双眼鏡にはハッキリと、今にも飛びかかりそうな深紅のドラゴンの姿があった。そして、そのドラゴンと目が合ってしまった。

「うおっ!こっちを見た!見つかったぞ!」

慌てたゼンジは双眼鏡から目を離した。
しかしやはり、肉眼では視認することが出来なかった。

「ドラゴンなどどこにもおらぬぞ!」

「な、何だ?幻覚か?自分は何かの攻撃を受けているのか?」

再度、双眼鏡を覗いた。
やはり口を大きく開けてこちらを威嚇する、紛れもないドラゴンの姿があった。

「いや、いるぞ!ん?もしかして」

ゼンジは双眼鏡から目を離し、倍率の調整をした。
そして生唾を飲み、意を決して双眼鏡を覗き込んだ。

すると、その全貌が明らかとなっていく。

「あの人だかりは……」

大勢の人に見えていたものには、全身に青い鱗があり、頭から腰にかけて、黄色いヒレがあった。ヒレは腕の側面と、ふくらはぎにもついている。手には水掻きがあり、目は魚のような目をしていた。
三又に割れたモリのような槍を持ち、二足歩行で立つ様は、まさに半魚人であった。

「あいつら人間じゃないぞ!」

〔ザッ「CPO、あいつらは何者だ?」ザザッ〕

〔ザッ『種族名サハギン。モンスターです』ザザッ〕

「やっぱりモンスターか!ん?小さい何かが動いたぞ」

双眼鏡を覗きつつ、倍率をジワジワ上げると、半魚人の股の下には、小さな小さなドラゴンが確認できた。

「何ぃ~!子供か?」

「ゼ、ゼンジ……」

隣にいるポーラが、ゼンジの右肩を突ついた。
しかし興奮状態のゼンジは、双眼鏡から目を離さなかった。

「子供のドラゴンがサハギンに囲まれてるぞ!」

半魚人が数十匹、木を囲むように集まる先にはドラゴンの子供がいた。

「ゼンジ…」

ポーラが引き続き、ゼンジの肩を突ついた。
ゼンジは双眼鏡を覗き込んだまま、ポーラに聞いた。

「どうする?このままだと、あの子は殺されるぞ!
しかし相手の数が多すぎる!今の俺には手に負えない」

ポーラがゼンジの右肩を叩いた。

「さっきから呼んでおるじゃろうが!後ろを見らんか!戯けが!」

「痛いな!いきなり何するん…」

振り向いたゼンジの目の前には、一匹の半魚人が槍を持って立っていた。

「サハギンじゃ!」

「警棒!」

「くそっ出ない!警棒!」

ゼンジは立ち上がり、右手を前に構えた。しかしやはり、出て来なかった。

「ダメだ出ない!こいつ、いつから居たんだ!」

「『いや、ん?もしかして』辺りからおったわ!」

『ギュルルルル』

サハギンと呼ばれた半魚人は、槍を両手で構えた。

「サハギンは、ゴブリンとは比べ物にならん程強いのじゃ!口から飛ばすウォーターボールに気をつけるのじゃ!」

サハギンは槍を構えたまま、口を開けて軽く頭を上げた。

「来る!横に飛ぶのじゃ!」

「了解!」

ポーラは左に、少し遅れてゼンジは右に飛んだ。
その直後、サハギンは口から握り拳ほどの水を飛ばした。

「痛っ」

逃げるのが僅かに遅かったゼンジの左足を水の玉がかすった。そしてそのまま地面に当たると、ハンマーで叩いたような音が響いた。
二人が先程までいた場所には、穴が空いていた。

『ガチャッ』

サハギンの吐き出したウォーターボールに当たったため、ゼンジのスキル、正当防衛が成立した。

「イテテ。マジか!ボンって言ったよな!水が出して良い音じゃないぞ!!」

サハギンは、ゼンジの左にいるポーラに向かい槍を構えた。

「おいおい!そっちじゃない!こっちを向けよ!正当防衛だ!警棒!」

ゼンジは立ち上がりながら、出現した警棒をキャッチしホルダーから抜き取るとともに、腕を振り警棒を伸ばして走り出した。

そしてポーラを見ている、サハギンの顔目掛けて、左下から警棒を振り上げた。

ゼンジの攻撃は、サハギンが顔を引いたことにより左肩に直撃した。金属同士がぶつかり合うような音を立て、鱗が数枚剥がれて飛んでいった。

『ギュルッ!』

「硬ぇ~!」

サハギンは、たたらを踏み怯んでいる。
ゼンジはそのままの勢いで、左足を大きく前に踏み込み、振りかぶった状態の警棒を、左側頭部目掛けて渾身の力を込めて叩き下ろした。
しかし、あっさりとバックステップでかわされた。

「しまった!」

空振りをしたゼンジは、勢い余って地面を叩いてしまった。

『ギュルッ』

隙だらけのゼンジに対して、ニヤリと口を歪めたサハギンは槍を突き刺した。

「ゼンジ!」

「うおお!」

ゼンジは崩れた態勢で、無理やり体を捻り、迫り来る槍の矛先へと体を向けた。

「ぐはっ」

槍はゼンジの胸にヒットした。衝撃で大きく体を退け反らせ、警棒を手放してしまった。

しかしそれは狙い通り。
防弾チョッキがそれを防ぎ、貫通する事はなかった。ただし、サハギンの強烈な突きにより、肋骨にはヒビが入ってしまった。

(肋骨が!)

激痛の中、態勢を崩しつつも、咄嗟に左手でサハギンの槍を握り締めた。

「クソ痛え!」

警棒は、吊り革紐を手首に通していたので、落ちる事なく右手にぶら下がっていた。
ゼンジはそれを逆手でキャッチして、左手に握っている槍を手前に力一杯引いた。

「くっ」

力を入れると肋骨に痛みが走る。

『ギュル』

槍を引いた事により、サハギンが前屈みになった。ゼンジは無我夢中で、警棒をサハギンの首にある割れ目に、ねじ込むように刺した。

「うらぁっ!」

だが、痛みで力が入らなかった。

『ギュルルッッ!』

警棒の先が、サハギンの首のエラに入ったが力が足りず浅い。
しかし動きが止まったため、左手を槍から放し、警棒を両手で持ち直すと、全体重を乗せてサハギンごと地面へ叩きつけた。

「だらぁ~~~!」

サハギンに覆い被さるように地面に倒れた直後、警棒から首の骨が折れる感触が伝わってきた。
そしてそのままの勢いで、首を貫通し先端が反対側から出て地面に刺さった。
槍を落としてガクガクと痙攣したサハギンは、その場で動かなくなった。

「ぐっ。ハアハア。痛ぇ」

肋骨を痛めたゼンジも、地面にぶつかった衝撃で、うつ伏せのまま動けないでいた。

ーパッパッパッパカパ~ンー

(レベルが上がった……)

肋骨を負傷した痛みで、気を失いそうになるのを必死に堪えた。

ポーラがゼンジの元へと駆け寄って来た。

「ハアハア。大丈夫か?」

「妾は大丈夫じゃ!それよりゼンジは!?」

「だ、大丈夫だ。くっ……肋骨をやられた」

仰向けに転がり、表面の生地に三つ穴が空いた防弾チョッキを摩った。

「しかし、こいつが無ければアウトだったな」

「良かったのじゃ。心配したのじゃ」

ポーラは緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んだ。

「ただ……サハギンは、仲間意識が強すぎることで有名なモンスターなのじゃ」

ゼンジたちは大きな木の下を見た。
そこに居たサハギンたちは、全員ゼンジたちを見ていた。

「……こっちを見てるのじゃ」

「こっち見てるな……」

「「ヤバイ!」のじゃ!」

サハギンたちは、一斉にゼンジたちへと歩き始めた。


(女神様、こちら自衛官、
ドラゴンの描写のくだり長すぎませんか?どうぞ)
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