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第32話 地獄じゃないっぽい
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「「……ル! ウィル……!」」
僕を呼ぶ声がする。この声は、ルドの声だ。それに、エタの声も聞こえる。僕は地獄に落ちたはずなのに、二人の声が聞こえるなんて、夢か!? また夢なのか!?
でも、夢にしては感覚がリアルだ。自分の肩を掴んでいる手の感触とか、お腹にひっついている何かの温い感じとか、ものすごく本物っぽい。
「ウィル! 頼む、目を覚ましてくれ……!」
「!?」
リアルな感触に感心していると、唇に、何か、熱くて柔らかいものが触れた。その熱い何かから、優しく温かいものが、身体に流れ込んできた。生前、ルドに魔法をかけてもらった時の感覚に似ていた。その温もりが気持ちよくて、ずっとこうしていたいと思ったが、やがて、離れていってしまった。残念。
身体に流れ込んできた温かい何かのおかげなのか、先ほどまで感じていた身体の重みがすっかり消え、意識がはっきりとしてきたので、ゆっくり目を開いた。一気に目を開けて、見た光景が、トラウマものの地獄絵図だったら困る。ここは慎重にいかなければ。
「「ウィル!」」
「あ、あれ?」
地獄と聞いて、さぞかし凄惨な光景が広がっていることだろうと覚悟して目を開くと、ルドとエタの顔があった。
「良かった!」
やっぱりまた夢なのかと思っていると、ルドに思いっきり抱きしめられた。お腹にはエタが大泣きしながら巻き付いている。
「二人とも、どうしてここにいるの?」
まさか、二人も死んでしまったのだろうか。だとしても、二人が地獄に落ちるはずなんてないと思うんだけど。
「ウィル、どこまで覚えている?」
「え? エルフの里で、ハインツさんに言われて、歌を歌ったところまで、かな? そうだ! それで、エルフの里はどうなったの!?」
「ウィルの歌の力で、再生した。俺たちは、その過程をずっと見ていた」
「うん、見てた! すごかった!」
「良かった……」
僕の歌は、無駄にはならなかったようだ。エルフの里を再生することができたのなら、命をかけて歌った甲斐があるというものだ。
「で、どうしてルドたちまで地獄にいるの?」
「地獄だと?」
「え、ここって、地獄でしょ? ルドたちまで死んでしまったのかと――」
「いや、俺たちは生きている」
「え」
どういうこと? 閻魔様に悪態ついて、不意打ちで地獄に落とされたものだとばかり思っていたけど……。
「エルフの里が再生した後、気づいたら俺たちは、エルフの里の外にいた。おそらく、ハインツが里の外に飛ばしたんだと思う。ウィルの身体も一緒だった。……実は、ウィルが歌っている間、思い出したことがある」
「思い出したこと?」
「ああ。俺の一族に関することだ。だが、話せば長い。まずは、森から出る。ウィル、身体の調子はどうだ?」
「え、ああ、うん。今はなんともない。むしろ、以前よりも力が漲ってくる感じがする」
そうなのだ。不思議なことに、一度死ぬ前よりも体中にエネルギーが満ちて、今なら空も飛べそうなくらい、身体が軽いのだ。
「そうか、それは良かった。では、一人で馬に乗れるか?」
「え?」
「いつまでもここにいるわけにはいかない。一度、滞在していた村に戻る」
「あ、そうだよね、うん、わかった」
僕たちは、エルフの里から締め出され、森の中にいた。外はすっかり夜になっていたが、そこには、来た時に乗っていた馬が二頭、繋がれたままになっていた。
ルドとエタで一頭、僕が一人で一頭に跨り、移動する。馬に揺られながら、色々なことを考えた。ハインツさんと、エルフの里はどうなっているのだろう。ルドの話によれば、無事再生したってことだけど、ハインツさんにはもう会えないのだろうか。
結果的に、僕の力を利用しようと裏で画策していたハインツさんだけど、そうとわかっても、どうしても彼を悪いエルフだと思うことはできなかった。
前方で、馬に乗っているルドの背中を見つめた。胸が苦しくなる。ルドへの気持ちを自覚した今、僕は、これがどういう感情なのか理解している。
本当は、僕もルドと一緒に馬に乗りたかった。白状すると、エタに焼きもちを焼いているのだ。ルドに、こんな感情を抱く日が来るなんて……。この気持ちは絶対にルドに知られてはいけない。もし知られれば、ルドを困らせてしまう。だから、別々に馬に乗ろうと言われても、一緒に乗りたいなんて、口が裂けても言えなかった。
***
森を出た後、エルフの里に行く前に滞在していた村に戻り、宿屋のドアを叩くと、店主が喜んで迎え入れてくれた。それに、すっかり回復したクシャさん、トリヤさんとも話をすることができた。
僕の姿は、ハインツさんの魔法が解けて、元の男の姿になっていた。髪の色も黒いままだったけれど、宿屋の店主も、クシャさん、トリヤさんも、驚きはしたものの、不気味がらずに、迎え入れてくれた。
そればかりか、歌の力で怪我を直したことをすごく感謝してくれて、ハインツさんが売っていた僕の姿絵を嵌めたペンダントを、お守りにするとまで言っていた。この二人もペンダントを買っていたとは……。
ハインツさんのことを聞かれたけれど、本当のことは話さなかった。
クシャさんとトリヤさんを襲ったのは、恐らく、ハインツさんだろう。エルフの里の情報を集めてくれた彼らの口を封じようとでもしたのかもしれない。
ルドによると、割れた窓ガラスの破片が、内側ではなく、外側に散っていたそうだ。そのことから、ルドは、外から誰かが侵入したのではなく、もともと建物の中にいた誰かが二人を襲い、外に逃げたと考えていたらしい。改めて、ルドの洞察力には驚かされる。
だけど、まさか、ハインツさんが犯人だとは、流石のルドも考えなかったそうだ。もっと早くハインツさんを疑っていればと謝られたけれど、ルドは、最初から、見知らぬ相手には気をつけろと言ってくれていた。それに、今回のことは、誰が悪いと言うわけではないと思う。強いて言うなら、エルフの里を滅ぼそうとした、ディアーク王が大元の原因だ。ルドが謝ることなんて何一つない。
「エタ寝ちゃったね」
「ああ、今日は本当に色々あったからな。疲れていたのだろう」
店主やクシャさん、トリヤさんとひとしきり話した後、用意してくれた部屋に移動し、休むことにしたのだが、まだどこか興奮が冷めず、なかなか寝付くことができかなった。
どうやらルドも同じだったようで、こうして、話をしようと誘ってくれたのだった。
話をしようとは言ったものの、何から切り出そうかと考えてしまって、結局二人とも無言で、こうして窓から見える夜空を見上げている。
「森で、思い出したことがあると言ったな」
沈黙を破ったのはルドだった。そう切り出すと、思い出したという、一族に関する話を聞かせてくれた。
この世界には、美しい黒髪、美しい顔立ちをした男がいた。その男は、安らぎをもたらす力を持っていて、闇の神と崇められていた。
ある日、男は、妖精族の女と恋に落ちる。妖精族は、他の種族には見られない、七色に輝く髪をしているのが特徴だった。
男は、女と結婚し、幸せに暮らしていた。
しかし、あるとき、天変地異が起こり、多くの生命が失われてしまう。
男は心を痛めたが、自分ではどうすることもできなかった。だが、女は違った。女には、『歌姫の力』と呼ばれる、再生の力があった。
女は、力を使って、全ての生命を再生するも、その力は、自分の生命力を代償とするため、力を使い果たし、消滅してしまうかにみえた。
しかし、心を通わせた男の生命力を共有することで、女は、再び息を吹き返す。生命力を共有したことで、男の黒かった髪は緑に、女の七色の髪は黒に変わっていた。
男は、通常よりも遥かに長い寿命を持っていたため、女と生命力を共有してもなお、十分なほど、その後の時を生きることができた。
その後、二人とその一族は姿を消した。女の歌の力が強大だったため、悪用されないようにと考えてのことだった。
しかし、その力を欲した者たちに見つかってしまい、女は攫われ、利用され、殺されてしまう。
男は、愛する者を殺されたことに絶望したが、女との間にできた子の存在のお陰で、復讐に身を費やすことなく生きていくことができたのだった。
僕を呼ぶ声がする。この声は、ルドの声だ。それに、エタの声も聞こえる。僕は地獄に落ちたはずなのに、二人の声が聞こえるなんて、夢か!? また夢なのか!?
でも、夢にしては感覚がリアルだ。自分の肩を掴んでいる手の感触とか、お腹にひっついている何かの温い感じとか、ものすごく本物っぽい。
「ウィル! 頼む、目を覚ましてくれ……!」
「!?」
リアルな感触に感心していると、唇に、何か、熱くて柔らかいものが触れた。その熱い何かから、優しく温かいものが、身体に流れ込んできた。生前、ルドに魔法をかけてもらった時の感覚に似ていた。その温もりが気持ちよくて、ずっとこうしていたいと思ったが、やがて、離れていってしまった。残念。
身体に流れ込んできた温かい何かのおかげなのか、先ほどまで感じていた身体の重みがすっかり消え、意識がはっきりとしてきたので、ゆっくり目を開いた。一気に目を開けて、見た光景が、トラウマものの地獄絵図だったら困る。ここは慎重にいかなければ。
「「ウィル!」」
「あ、あれ?」
地獄と聞いて、さぞかし凄惨な光景が広がっていることだろうと覚悟して目を開くと、ルドとエタの顔があった。
「良かった!」
やっぱりまた夢なのかと思っていると、ルドに思いっきり抱きしめられた。お腹にはエタが大泣きしながら巻き付いている。
「二人とも、どうしてここにいるの?」
まさか、二人も死んでしまったのだろうか。だとしても、二人が地獄に落ちるはずなんてないと思うんだけど。
「ウィル、どこまで覚えている?」
「え? エルフの里で、ハインツさんに言われて、歌を歌ったところまで、かな? そうだ! それで、エルフの里はどうなったの!?」
「ウィルの歌の力で、再生した。俺たちは、その過程をずっと見ていた」
「うん、見てた! すごかった!」
「良かった……」
僕の歌は、無駄にはならなかったようだ。エルフの里を再生することができたのなら、命をかけて歌った甲斐があるというものだ。
「で、どうしてルドたちまで地獄にいるの?」
「地獄だと?」
「え、ここって、地獄でしょ? ルドたちまで死んでしまったのかと――」
「いや、俺たちは生きている」
「え」
どういうこと? 閻魔様に悪態ついて、不意打ちで地獄に落とされたものだとばかり思っていたけど……。
「エルフの里が再生した後、気づいたら俺たちは、エルフの里の外にいた。おそらく、ハインツが里の外に飛ばしたんだと思う。ウィルの身体も一緒だった。……実は、ウィルが歌っている間、思い出したことがある」
「思い出したこと?」
「ああ。俺の一族に関することだ。だが、話せば長い。まずは、森から出る。ウィル、身体の調子はどうだ?」
「え、ああ、うん。今はなんともない。むしろ、以前よりも力が漲ってくる感じがする」
そうなのだ。不思議なことに、一度死ぬ前よりも体中にエネルギーが満ちて、今なら空も飛べそうなくらい、身体が軽いのだ。
「そうか、それは良かった。では、一人で馬に乗れるか?」
「え?」
「いつまでもここにいるわけにはいかない。一度、滞在していた村に戻る」
「あ、そうだよね、うん、わかった」
僕たちは、エルフの里から締め出され、森の中にいた。外はすっかり夜になっていたが、そこには、来た時に乗っていた馬が二頭、繋がれたままになっていた。
ルドとエタで一頭、僕が一人で一頭に跨り、移動する。馬に揺られながら、色々なことを考えた。ハインツさんと、エルフの里はどうなっているのだろう。ルドの話によれば、無事再生したってことだけど、ハインツさんにはもう会えないのだろうか。
結果的に、僕の力を利用しようと裏で画策していたハインツさんだけど、そうとわかっても、どうしても彼を悪いエルフだと思うことはできなかった。
前方で、馬に乗っているルドの背中を見つめた。胸が苦しくなる。ルドへの気持ちを自覚した今、僕は、これがどういう感情なのか理解している。
本当は、僕もルドと一緒に馬に乗りたかった。白状すると、エタに焼きもちを焼いているのだ。ルドに、こんな感情を抱く日が来るなんて……。この気持ちは絶対にルドに知られてはいけない。もし知られれば、ルドを困らせてしまう。だから、別々に馬に乗ろうと言われても、一緒に乗りたいなんて、口が裂けても言えなかった。
***
森を出た後、エルフの里に行く前に滞在していた村に戻り、宿屋のドアを叩くと、店主が喜んで迎え入れてくれた。それに、すっかり回復したクシャさん、トリヤさんとも話をすることができた。
僕の姿は、ハインツさんの魔法が解けて、元の男の姿になっていた。髪の色も黒いままだったけれど、宿屋の店主も、クシャさん、トリヤさんも、驚きはしたものの、不気味がらずに、迎え入れてくれた。
そればかりか、歌の力で怪我を直したことをすごく感謝してくれて、ハインツさんが売っていた僕の姿絵を嵌めたペンダントを、お守りにするとまで言っていた。この二人もペンダントを買っていたとは……。
ハインツさんのことを聞かれたけれど、本当のことは話さなかった。
クシャさんとトリヤさんを襲ったのは、恐らく、ハインツさんだろう。エルフの里の情報を集めてくれた彼らの口を封じようとでもしたのかもしれない。
ルドによると、割れた窓ガラスの破片が、内側ではなく、外側に散っていたそうだ。そのことから、ルドは、外から誰かが侵入したのではなく、もともと建物の中にいた誰かが二人を襲い、外に逃げたと考えていたらしい。改めて、ルドの洞察力には驚かされる。
だけど、まさか、ハインツさんが犯人だとは、流石のルドも考えなかったそうだ。もっと早くハインツさんを疑っていればと謝られたけれど、ルドは、最初から、見知らぬ相手には気をつけろと言ってくれていた。それに、今回のことは、誰が悪いと言うわけではないと思う。強いて言うなら、エルフの里を滅ぼそうとした、ディアーク王が大元の原因だ。ルドが謝ることなんて何一つない。
「エタ寝ちゃったね」
「ああ、今日は本当に色々あったからな。疲れていたのだろう」
店主やクシャさん、トリヤさんとひとしきり話した後、用意してくれた部屋に移動し、休むことにしたのだが、まだどこか興奮が冷めず、なかなか寝付くことができかなった。
どうやらルドも同じだったようで、こうして、話をしようと誘ってくれたのだった。
話をしようとは言ったものの、何から切り出そうかと考えてしまって、結局二人とも無言で、こうして窓から見える夜空を見上げている。
「森で、思い出したことがあると言ったな」
沈黙を破ったのはルドだった。そう切り出すと、思い出したという、一族に関する話を聞かせてくれた。
この世界には、美しい黒髪、美しい顔立ちをした男がいた。その男は、安らぎをもたらす力を持っていて、闇の神と崇められていた。
ある日、男は、妖精族の女と恋に落ちる。妖精族は、他の種族には見られない、七色に輝く髪をしているのが特徴だった。
男は、女と結婚し、幸せに暮らしていた。
しかし、あるとき、天変地異が起こり、多くの生命が失われてしまう。
男は心を痛めたが、自分ではどうすることもできなかった。だが、女は違った。女には、『歌姫の力』と呼ばれる、再生の力があった。
女は、力を使って、全ての生命を再生するも、その力は、自分の生命力を代償とするため、力を使い果たし、消滅してしまうかにみえた。
しかし、心を通わせた男の生命力を共有することで、女は、再び息を吹き返す。生命力を共有したことで、男の黒かった髪は緑に、女の七色の髪は黒に変わっていた。
男は、通常よりも遥かに長い寿命を持っていたため、女と生命力を共有してもなお、十分なほど、その後の時を生きることができた。
その後、二人とその一族は姿を消した。女の歌の力が強大だったため、悪用されないようにと考えてのことだった。
しかし、その力を欲した者たちに見つかってしまい、女は攫われ、利用され、殺されてしまう。
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