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第30話 様子がおかしいっぽい その1
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これが愛という感情なのか。不思議な夢の中で、ルドに似た男を慕う身体の主の感情が流れ込んできたことで、初めて誰かを愛するという感情を知った。
前世では、たくさんの女性と大人の付き合いをしてきたけれど、こんな感情を抱いたことはなかった。
相手が幸せそうだと自分も幸せで、相手が悲しんでいると自分も悲しくなる。そして最期は、これから自分が死ぬということよりも、残していく相手のことを、ただひたすら想いながら死んでいくんだ。とても悲しい物語だったけれど、僕は、お互いを想い合っていた二人が羨ましかった。自分は、こんなふうに、誰かを愛することができるのだろうか――――
――パチンッ
頬に痛みを感じて、目を覚ますと、ハインツさんの顔があった。
「――ハインツさん?」
「ようやく目が覚めましたか?」
「は、はい、あれ? 僕いつのまにか眠って――」
「いいえ。ウィルは、歌っている最中に、気を失ったのです」
「そうですか。僕またそんな失態を……。一曲も歌い終えていないのに、ごめんなさい」
「ええ、本当に。最後まで歌ってもらわないと意味がないんですよ」
「えっ――」
ハインツさんの雰囲気がいつもと違う。いつもなら、そんなふうに、突き放したような言い方はしないのに。それに、先ほどまで、集会用の部屋で宴を開いていたはずなのに、別の場所に移動したようだ。暗闇でよく見えないけど、屋内ではなく、屋外にいることはわかった。
「あの、本当にごめんなさい。これからまた歌わせてください」
急いでもう一度歌を歌おうと身体を動かしたが、おかしい。身動きができない。理由はすぐにわかった。僕は今、身体を大の字にした状態で立っていた。身体が動かなかったのは、両手両足を、それぞれ左右の柱のようなものに括りつけられているからだった。
「――っ!? あの、どうしてこんな格好――」
「貴方が逃げ出さないようにですよ」
「どういうことですか? 僕は逃げたりなんかしませんけど」
さっきから、ハインツさんがいつもと違っていてなんだが怖い。
「本当にそうでしょうか?」
ハインツさんは、僕が着ていた衣装を触りながら、顔を覗き込んできた。
「ちょっと、ハインツさん――」
顔が近い。さっきまで見ていた夢でキスしたことを思い出し、反射的に顔を背けたが、ハインツさんはそれを許さず、僕の顎を掴んで、正面を向くよう引き戻してしまった。
「んっ――」
指が顔に食い込み、痛みを感じた。普段のハインツさんなら、こんなに乱暴なことはしないのに、本当にどうしてしまったのだろうか。
「歌を歌ったとき、何かを感じませんでしたか?」
「え――」
「身体から何かが放出されるような感覚です」
「はい、それは感じました。それが何か――」
「そうですか、やはり貴方は――」
「貴様ぁっ! ウィルから離れろっ!!」
突然、大きな声が聞こえたので、声のする方を見ると、ルドとエタが床に転がっていた。よく目を凝らすと、二人も何かで拘束されているようで、その周りを、ルイーサさんや、他のエルフの皆さんが取り囲んでいた。
「ルド!? 一体何が――んんっ!!」
ルドに事情を聞こうと話しかけたが、ハインツさんが僕の口をふさいだため、最後まで話すことができなかった。
「ハインツ貴様ぁーーー!!!」
ルドが怒号を上げる。その横で、エタはぐったりしているが、意識はあるようだ。一体何が起こってるんだ!?
「お喋りはここまでです。ウィル、貴方には特別に、エルフの里に伝わる伝承を教えて差し上げましょう」
こんなときに、ハインツさんは何を言っているのだろう? 確かに前に、エルフの里の伝承を教えてほしいと頼んだことはあるけれど、今はそんな場合ではない。僕たち三人が身動きができないように縛られているのに、どうして早く助けてくれないんだろう。
「ちょっとその前に――んんっ!!!」
抗議の声を上げようとしたが、再びハインツさんの手が僕の口をふさいだ。もう片方の手の人差し指を口元にあて、静かにするようにハインツさんが無言の圧力をかけてくる。どうやら今は、ハインツさんの話を聞くしか選択肢がなさそうだった。
ハインツさんが話した伝承は、こうだ。
遥か太古の時代、まだこの地上に神々が住んでいた頃の話。
神々の中に、ひと際、美しい神がいた。
彼は、闇を司る神で、人々に安らぎを与えていた。
地上には、神の他にも、人間、エルフ、ドワーフ、妖精など、様々な種族が暮らしていたが、異なる種族間で交わることは禁忌とされていた。
しかし、闇の神と、妖精族の一人が恋に落ちる。
闇の神は、他の神々にそのことを咎められ、妖精族との交流を禁止される。
愛する人と引き離された闇の神の心は壊れ、神の力を制御することができなくなり、その力を暴走させてしまった。
その結果、世界は暗闇に覆われ、神々以外の生命は、皆死に絶えてしまったように思われたが、闇の神を愛した妖精が、最後の力を振り絞り、その歌の力で、全ての生命を再生する。
しかし、その力は、自分の生命力を代償とするため、妖精は力を使い果たし、消滅してしまう。
愛する者の行動で正気に戻った闇の神だが、悲しみからは立ち直ることができず、そうして誕生したのが悪魔だった。
前世では、たくさんの女性と大人の付き合いをしてきたけれど、こんな感情を抱いたことはなかった。
相手が幸せそうだと自分も幸せで、相手が悲しんでいると自分も悲しくなる。そして最期は、これから自分が死ぬということよりも、残していく相手のことを、ただひたすら想いながら死んでいくんだ。とても悲しい物語だったけれど、僕は、お互いを想い合っていた二人が羨ましかった。自分は、こんなふうに、誰かを愛することができるのだろうか――――
――パチンッ
頬に痛みを感じて、目を覚ますと、ハインツさんの顔があった。
「――ハインツさん?」
「ようやく目が覚めましたか?」
「は、はい、あれ? 僕いつのまにか眠って――」
「いいえ。ウィルは、歌っている最中に、気を失ったのです」
「そうですか。僕またそんな失態を……。一曲も歌い終えていないのに、ごめんなさい」
「ええ、本当に。最後まで歌ってもらわないと意味がないんですよ」
「えっ――」
ハインツさんの雰囲気がいつもと違う。いつもなら、そんなふうに、突き放したような言い方はしないのに。それに、先ほどまで、集会用の部屋で宴を開いていたはずなのに、別の場所に移動したようだ。暗闇でよく見えないけど、屋内ではなく、屋外にいることはわかった。
「あの、本当にごめんなさい。これからまた歌わせてください」
急いでもう一度歌を歌おうと身体を動かしたが、おかしい。身動きができない。理由はすぐにわかった。僕は今、身体を大の字にした状態で立っていた。身体が動かなかったのは、両手両足を、それぞれ左右の柱のようなものに括りつけられているからだった。
「――っ!? あの、どうしてこんな格好――」
「貴方が逃げ出さないようにですよ」
「どういうことですか? 僕は逃げたりなんかしませんけど」
さっきから、ハインツさんがいつもと違っていてなんだが怖い。
「本当にそうでしょうか?」
ハインツさんは、僕が着ていた衣装を触りながら、顔を覗き込んできた。
「ちょっと、ハインツさん――」
顔が近い。さっきまで見ていた夢でキスしたことを思い出し、反射的に顔を背けたが、ハインツさんはそれを許さず、僕の顎を掴んで、正面を向くよう引き戻してしまった。
「んっ――」
指が顔に食い込み、痛みを感じた。普段のハインツさんなら、こんなに乱暴なことはしないのに、本当にどうしてしまったのだろうか。
「歌を歌ったとき、何かを感じませんでしたか?」
「え――」
「身体から何かが放出されるような感覚です」
「はい、それは感じました。それが何か――」
「そうですか、やはり貴方は――」
「貴様ぁっ! ウィルから離れろっ!!」
突然、大きな声が聞こえたので、声のする方を見ると、ルドとエタが床に転がっていた。よく目を凝らすと、二人も何かで拘束されているようで、その周りを、ルイーサさんや、他のエルフの皆さんが取り囲んでいた。
「ルド!? 一体何が――んんっ!!」
ルドに事情を聞こうと話しかけたが、ハインツさんが僕の口をふさいだため、最後まで話すことができなかった。
「ハインツ貴様ぁーーー!!!」
ルドが怒号を上げる。その横で、エタはぐったりしているが、意識はあるようだ。一体何が起こってるんだ!?
「お喋りはここまでです。ウィル、貴方には特別に、エルフの里に伝わる伝承を教えて差し上げましょう」
こんなときに、ハインツさんは何を言っているのだろう? 確かに前に、エルフの里の伝承を教えてほしいと頼んだことはあるけれど、今はそんな場合ではない。僕たち三人が身動きができないように縛られているのに、どうして早く助けてくれないんだろう。
「ちょっとその前に――んんっ!!!」
抗議の声を上げようとしたが、再びハインツさんの手が僕の口をふさいだ。もう片方の手の人差し指を口元にあて、静かにするようにハインツさんが無言の圧力をかけてくる。どうやら今は、ハインツさんの話を聞くしか選択肢がなさそうだった。
ハインツさんが話した伝承は、こうだ。
遥か太古の時代、まだこの地上に神々が住んでいた頃の話。
神々の中に、ひと際、美しい神がいた。
彼は、闇を司る神で、人々に安らぎを与えていた。
地上には、神の他にも、人間、エルフ、ドワーフ、妖精など、様々な種族が暮らしていたが、異なる種族間で交わることは禁忌とされていた。
しかし、闇の神と、妖精族の一人が恋に落ちる。
闇の神は、他の神々にそのことを咎められ、妖精族との交流を禁止される。
愛する人と引き離された闇の神の心は壊れ、神の力を制御することができなくなり、その力を暴走させてしまった。
その結果、世界は暗闇に覆われ、神々以外の生命は、皆死に絶えてしまったように思われたが、闇の神を愛した妖精が、最後の力を振り絞り、その歌の力で、全ての生命を再生する。
しかし、その力は、自分の生命力を代償とするため、妖精は力を使い果たし、消滅してしまう。
愛する者の行動で正気に戻った闇の神だが、悲しみからは立ち直ることができず、そうして誕生したのが悪魔だった。
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