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第9話 久々に歌ったっぽい

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「わぁ~~~~! 早朝なのに、凄く賑わってるね!」
 無事、フライハルト共和国に入国した僕らは、宿屋を探して街を歩いていた。
 早朝にもかかわらず、朝市の屋台と、新鮮な食べ物を求めてやってきた人々で、とても活気がある。
 転生後、リヒトリーベ王国から出たことがなかった僕は、見るものすべてが新しくて、思わず興奮してしまう。
 前世でいうところの、マルシェみたいな感じかな?
 リヒトリーベは、どちらかというと、国民の自由が制限されていて、こんなふうに、個人のお店が道にたくさん並ぶなんていうことはあり得なかった。
 心なしか、人々の表情が生き生きしていて、僕も自然に笑顔になってしまう。
「わっ――!」
 色とりどりの屋台に目を奪われていると、向かいから歩いてきた人とぶつかってしまった。
「す、すみません」
「ウィ、ウィル、はぐれないように気を付けてくだ――気をつけるんだ」
「ごめん、ルド」
 人の波に流されそうになったところを、腰をぐいと引き寄せて支えてもらう。
「ひとまず、宿を探、す。市場は落ち着いたら見に、くる」
「ぷっ……!」
「な、何を笑ってい、いる、の、だ!?」
「だって、話し方を気を付けるあまり、壊れたロボットみたいになってるんだもん。ぷぷぷっ……」
「ロ、ロボット……? とは、何、だ?」
あ、まずい。思わずこっちの世界にはない言葉を使ってしまった。
「ううん、何でもない。それより、早く宿を探して何か食べよう!」
 はぐれないように、ルドの服の裾を掴む。
 それを見て、ルドの左眉がピクリと動いた。
「どうしたの? 早く探そう?」
「そ、そうだな。あちらに宿の看板が見え、た。行ってみ、よう」
 ルドの喋り方はそのうち慣れるだろう。それよりも今は、腹ごしらえである。

「わぁ! よさそうな宿だね。空いてる部屋があるか聞いてみよう!」
 僕たちは、適当な宿屋を見つけて、入り口をくぐった。
「今夜からしばらく宿泊したいのだが、二部屋空いているか?」
「ちょっと待ってね――すまん、今は一部屋しか空いてないねぇ。ただ、広い部屋だから、ベッドをもう一つ入れれば、二人で止まれないこともないが、どうする?」
「そうか……では他をあたる」
「えっ!? どうして? 二人で泊まれる広さなんでしょ?」
 部屋が空いているのに、断ったルドに驚く。
「しかし、一つの部屋に、一緒に泊まるというのは憚られ、る」
「何が? 年頃の男女というわけでもないんだし、問題ないと思うけど……?」
 本気でルドの考えが解せぬ。確かに、今までは、立場上、同じ部屋で寝るなんてことは考えられなかったけれど、この状況だ。贅沢は言ってられない。
「そ、そう、か……。ウィルがいいのなら、分かっ、た」

*** 
 
 その夜。僕は、なかなか寝付けずにいた。
 フライハルトに入国して、この宿を見つけたが、空いている部屋が一部屋しかなくて、今はルドと同室で寝ている。
 宿を見つけた後は、さっそく1階の食堂で食事をとった。
 リヒトリーベでは見たこともないような料理がたくさんあって、しかもどれも美味しかった。
 リヒトリーベは、あまり裕福な国ではなくて、食べるものも質素だったので、フライハルトの、色鮮やかで味の濃い食べ物は、本当に美味しく感じられた。
 お腹いっぱいになり、そのまま子供のように眠ってしまったのだが、その間、ずっとルドが見張りをしてくれていた。
 たくさんの敵と戦って、一晩中僕を抱えて歩いていたのだから、ルドの方が絶対疲れているはずなのに、申し訳ないことをしてしまった。
 夜になっても、ルドは、僕が眠るまでずっと起きているので、寝たふりをすることにした。そのおかげで、今、隣のベッドからは、ルドの規則正しい寝息が聞こえている。
 昼間たくさん眠ったこともあるが、今になって、やっと、昨日の出来事が、現実に起こったことなのだと、頭で理解できるようになり、眠れないでいた。
 ふと、窓から空を見上げると、星空がとても綺麗だったので、少し夜風に当たろうと、ルドを起こさないように部屋から出て、裏庭の方へ来てみた。
 静かに空を見ていると、前世で好きだった、星空をテーマにした歌が思い浮かんだ。
 リヒトリーベでは、歌、踊り、絵など、芸術に関することは、全て禁止されていた。
 以前はそんなことはなかったそうなのだが、ディアーク王の代になり、歌などの芸術は全て娯楽とみなされ、娯楽は国民を堕落させるとして、禁止されたのだ。
 魔法が禁止された経緯を考えると、娯楽が禁止されたのも、もしかすると、同じ原因なのだろうか。
 僕が転生したのは、娯楽が禁止された後だったので、前世では当たり前だった、歌ったり、絵を描いたりといったことは、全くすることなく育った。
 しかし、フライハルトでは、娯楽は禁止されておらず、むしろ、芸術を重んじる国として発展している。
 今なら、ちょっとだけ歌ってみても問題ないよね……?
 そう自分に言い聞かせ、前世でよく聞いていた歌を、16年ぶりに、口ずさんでみた。
 あ~やっぱり歌うのって楽しいなぁ。
 最初は鼻歌程度に口ずさんでいただけだったが、歌っているうちに、どんどん楽しくなってしまう。
「~♪~~♪♪」
 歌いながら、前世のことや、こっちの世界で起きたことを思い、少しだけ胸がぎゅっとなった。

 僕は、前世では、いわゆる芸能人だった。
 16歳でモデルとしてデビューし、20歳になる頃には、俳優としても活動するようになっていた。
 結構人気はあったし、お世話になった事務所にも、その分の恩は返せていたと思う。稼いだお金で、母や弟の生活を支えることもできたので、不満はない。
 ただ、1つだけ心に引っかかっていることがあった。
 まだ父が生きていた頃、母を弟にとられてしまったと拗ねては、1人で部屋にこもって、よく歌を歌っていた。
 父は、そんな僕のところへ来て、頭を撫でながら、『お前の歌は世界一だ』と褒めてくれた。父にそう言って頭を撫でてもらうと、ささくれ立った気持ちが癒されていくようだった。
 だから僕は、歌うことが好きだった。

 芸能人としてそれなりに名が売れた頃、事務所から歌手デビューを打診されたことがあったが、僕はそれを拒んだ。
 歌は好きだったけれど、それを仕事にすることは、どうしてもできなかった。
 僕の歌を、父は褒めてくれた。その父を殺したのは僕。
 心のどこかで、そんな自分が、歌でお金を稼いで生きるのは、許されないと考えていたんだろうと思う。
 頑なに歌手デビューを拒んだので、事務所には迷惑をかけた。
 それに、歌手としても売れることができれば、もっと母と弟の生活を楽にできたかもしれない。
 だけど、僕は、どうしても歌を仕事にすることができなかった。
 1曲歌い終えた後も、色々なことが頭をよぎっては消え、眠れそうになかったので、僕はそのまましばらく歌い続けた。
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