要らないオメガは従者を望む

雪紫

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発情期が終わり1ヶ月がたった頃、アイリーン家当主に呼ばれ、リオは現在父の前に立っていた。
広い部屋には2人しかおらず、侍従や従者もいない。性別の話をされるのだと、リオは手に汗を握る。

「本日呼んだのは、マシューのことで知らせることがあったからだ」

病気がちで床に伏せることが多い、リオの兄マシュー。2年前に伯爵家の令嬢と婚約して1年前に結婚をしている。
リオは何を言われるか、分からない訳では無い。恐らく妻が妊娠しているのだろう。嫡男であるマシューは体が弱い。リオは嫡男に万が一のことがあった時のスペアであり、世継ぎが生まれればスペアの必要性はなくなるのだ。

リオの予想はおおよそ当たっていて、マシューの妻はもう妊娠8ヶ月ほどだ言う。妊娠どころかもうすぐ産まれてきそうなくらいの月日が経っていることに驚く。
中の子供は双子で、どちらもアルファだということが分かっているらしい。「あと2月もすればアルファの双子が産まれる」笑顔でそう言う父親に、意外にも何も思うことは無かった。

「元気な孫が産まれてくるまで、お前をアイリーン家の一員とする」
「はい」

それはつまり、マシューの子が産まれればリオはアイリーン家の一員ではないと言うことだ。親に面と向かって破門を言われるのは、どこか辛いものがあった。

「その後はくれぐれも、オメガのお前がアイリーンを名乗るなよ」
「承知致しました」

息苦しい部屋から出て、自室を目指す。
この家がオメガを良しとしない家で、よかったんだ。
貴族の家に生まれたオメガは、存在を隠されるか、他家との交流で使われるか妾になるか、大半はこのどれかに当てはまる。
有能なアルファでさえ駒として使う社会だ。オメガで交流を図ろうとする世界には目も当てられないだろう。うちの家にオメガはいない、と存在を隠される方がよっぽどマシだ。

そうは思ってみるものの不安は計り知れないほど大きくのしかかってくる。

家庭教師を呼んで、人並み以上に勉強はさせてもらった。だがその知識は全て、上の立場に立つものの教えだ。兄マシューのスペアとしての学びのみ。これからリオが足を踏み入れるのは平民なのだ。

(知らない。ものの価値も、働く場所も、1人生きる方法も。僕は、なんにも知らない)

落ち着く自分の部屋へと入ると、リオは服が折れることも気にせずベッドへ身を投げた。




夢見心地のような意識のはっきりしていない状態で、リオは何故か、ベッドの縁に座りボーッとベッドを眺めている。こんもりと小さく盛り上がった布団からは、すすり泣きが聞こえた。

ベッドに、いつも1人泣いていた幼いリオがいる。寂しくて、悲しくて、僕の何がいけないんだ、と嘆いていた。幼子の頃から、いや産まれることが分かってから、両親にはもう嫌われていた。面倒を見てくれていた乳母は仕事を辞め、兄はリオを見ないふり。

大きなベッドに身を丸めた小さなリオは、今度はわんわん喚きながら泣く。誰かに見つけて欲しくて、見て欲しくて、大きな声を出していたように思う。

リオはそっと、布団の上から小さな頭を撫でた。




いつの間にかうたた寝をしてしまっていたのか、リオは薄らと瞼を上げる。胎児のように身を丸ませ、瞳からは微かに涙を流している。一瞬だけ夢で見た、過去の自分のまんまだ。

(小さな僕には、スライが来るんだ)

従者として彼が近くに来てからは、寂しい思いをしなくなった。いつも近くにいて、いつも見てくれる。大きな友達が出来たような、唯一の味方ができたような、そんな気分だった。

(今の僕には……)

悲壮感溢れる心情に蓋をして、気持ちを切り替えるように両手で頬を軽く叩く。

(秘密漏洩防止のため、お金は貰えるんだ。何を気にすることがある。僕は平気だ)

問題はリオの従者スライの方だ。リオの発情期を治めるためだけに雇われた従者、リオがアイリーン家にいなくなれば、必然と役目は無くなる。リオに仕えていたままでは、路頭に迷わせてしまうかもしれない。
リオをオメガだと気づいたものは徹底的に口止めをし、屋敷から追い出していた父をひしひしと思い出す。父なら長年秘密を守ったスライをも、追い出しそうだ。
世継ぎが産まれるまでに、リオはスライを兄の従者にと意気込んだ。



……そうは思ったものの、簡単にことは運ばない。

リオと兄に接点はなく、会話をすることも屋敷内で顔を合わせることすら珍しい。オメガとアルファの子どもがいる家庭は、何処も隔離して育てるのが一般的だ。オメガのフェロモンは血の繋がりがあれどアルファであれば誰だって当てられる。近親相姦を危険視しての対策をしているがゆえ、兄に近づくこと自体が難しかった。


兄がどんな性格で、リオに対しどんな感情を持っているか分からない。怒られたことも、罵られたことも無い。兄の前ではただただ透明な空気のようになるだけだ。
今の事情を知って、耳を傾けてくれるかも分からないがリオはペンを握る。これまで自分からは一切関わろうとしてこなかったが、兄に向けて手紙を書くことにした。










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