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 簡素な造りの部屋に、女の悩ましげな鳴き声が響き渡る。目立った私物の置かれていない部屋の主は、今、その女の身体の上に跨り、熱心に口づけを繰り返している男だ。

 まさか、この男——ルイス・ブラッドを慕う部下たちは、その精鋭の者たちが住まう寮の最上階に位置するこの部屋で、己の司令官がうら若き乙女を恫喝し、その肌に触れようとしているなどとは思いもしないだろう。

 酩酊した乙女が拙い抵抗をせんとして彼のシャツについた手は、呆気なく男の大きな手のひらに捕らえられた。

 己の手のひらが触れているソフィアの手首の薄さを感じ取ったルイスは、熱のこもった目を細め、無意識に唾を飲み下している。

 片手の自由を奪われてもなおもう一方で拒絶を示そうとする女を見下ろした彼は、容易くその手もシーツに縫い付け、片手で彼女の両手首を拘束した。頭上で両手を一纏めに拘束されたソフィアは、今にも食らいつかんとして己を見下ろしている男へ魔法を打とうと思考を巡らせている。

 獰猛な肉食獣に捕食されようとしている乙女の無駄な抵抗を見たルイスは、咎めるように彼女の手首を拘束する手のひらに軽く力を込めた。

「っ、あ……」

 彼がそうしてソフィアを咎めた瞬間、彼女は酩酊とも怯えとも取れるような掠れた鳴き声をあげた。

 彼女の昼の姿とは似ても似つかないほど、頼りない表情だ。しどけなく揺れるソフィア・フローレンスの瞳を見おろしたルイスは、たまらずもう一度顔を寄せ、その唇に己の分厚い舌を差し入れる。


 シーツに乙女の手首を押し付け、拒絶を無視して薔薇色の唇を貪る男の姿は、まさしく獣のようだ。

 華奢で小柄なソフィアには、あまりにも猛々しい相手だろう。ソフィアも、はじめて間近に見る男と己との体格差に、身体中が本能的な危機感に震えあがっているのを感じる。危機なのか、それとも、獣人の体液を欲する呪いのせいなのか。正しく判別することも叶わず、ルイスの舌に送りこまれる唾液を飲み下すたび、甘い痺れに脳幹が酔いしれた。

 舌が痺れ、男の舌に擦られるだけで脳天に強烈な陶酔感が響く。まるで、媚薬を飲みこまされているかのような感覚だ。

「や……っん、な、にを、っ、なにが、ねら、い……んぅっ、」

 ルイスはソフィアの唇の感触を楽しむかのように唇を何度も触れ合わせ、食んでくる。まるで恋人同士のような触れ合いに目を回した彼女は、息も絶え絶えになりながらルイスの瞳を睨み上げた。金色の眼は、瞳孔が開ききっている。過ぎる興奮を感じると、そのようになるのだと古書で読んだ記憶がある。古い記憶をおぼろげに思い返していたソフィアは、その男が真顔のまま、空いた手を彼女の胸元に触れさせるのを見た。

「貴女の期待に応えようとしているだけだが」
「このような……っあ、ん、ぅ」

 豊かに実ったソフィアの胸元を不埒な目で見つめる紳士は少なくない。ソフィアの苛烈な性格を知らなければ、彼女は絶世の美女として名を馳せていただろう。彼女の生まれがフローレンスでなければ、幾多の誘いがあったはずだ。彼女自身も己の美しさをよく理解し、そのうえであえて誘うような胸元が開いたドレスを着用している。可憐な見た目とは裏腹に大胆かつ妖艶な格好は彼女の印象をアンバランスにさせ、人々は、彼女が世にも恐ろしい悪女であることを理解していても目を反らすことができない。それほどの美しさを持った乙女を組み敷くルイスは、頬を緩めることもなく真顔で口を開き直した。

仲良く・・・したいと言ったのは貴女だ」

 まさか、受け入れられるとは思っていなかったのだ。ソフィアは言い訳を口にする暇もなく、男の手が大胆に開いた胸元を這い、無遠慮にドレスの中へと指を差し入れるのを見た。放蕩王子の婚約者であるソフィアもまた、淫奔な女性として知れ渡っている。彼女は時に、気に入った騎士を王宮の奥に引き込み、めくるめく快楽の時間を過ごしているのだとも言われている。

 王宮でのソフィアの評判を知る者であれば、その身体が清いものではないことなどほとんどが察している。

「っ、あ、んん」

 武骨な指先が彼女のドレスと下着を胸下にずり下げ、あっけなく胸の膨らみがまろびでる。抜けるように白い胸を見下ろした男は、僅かに熱い息を吐き下ろし、その胸の中央に飾られた蕾を捏ねた。

 皮の固い指先が遊ぶように転がし、爪先で引っ掻く。ソフィアはただ触れられるだけで激しい快楽の渦に引き込まれる身体を必死で律しようと呼吸を繰り返しては、微弱な刺激に粉々に打ち砕かれ続けている。

 相手を殺してはならない。この男は、ソフィアにとって利用価値のあるものだ。どうにか生かさなければならない。一度まぐわえば、このどうしようもない疼きは収まるのだろうか。それさえも定かではない。何よりも、ソフィアは己が、この男の精を受けるところなど、想像することができなかった。そもそも彼女は——。

「まだ随分と余裕がありそうだな」
「ひゃんっ!? あっ、やっ」

 左胸の頂を熱心に片手で嬲っていた男が、ソフィアの思考を打ち砕くかのように音を立ててもう一方の胸の頂にしゃぶりついた。

「あっ、っ……!!」

 その歯が口内で彼女の蕾に唾液を擦りつけた時、魔法でルイスの意識を失わせようと考え始めていたはずの彼女の身体が、びくびくと痙攣した。魔法を練りかけていた思考が真白く弾ける。

 ——身体が、どうしようもなく熱い。

「貴女はただ何も考えずに俺に身を委ねて居ろ」

 熱く吐息を洩らした男に囁かれたソフィアは、その吐息が耳にかかる感触にさえ、身体を震わせた。ルイスが舐めた胸の先がてらてらと光っている。その部分が猛烈な熱を訴えかけてきていた。どくどくと鼓動を刻んでいるかのように主張する快楽に思考が散らばる。

 混乱するソフィアの瞳を覗き込んだルイスは、片手で彼女のドレスの背に結ばれた紐を荒々しく解きながら再び唇を合わせてくる。唾液が、激しくソフィアの身体に作用している。彼女がそのことを理解しても、もはや男の不埒な舌の動きを拒絶することもかなわない。

 まるで獣に襲われる可憐な乙女のようだ。2人の関係性を知らなければ、誰もがソフィアを擁護しただろう。もしくは、恋人に激しく求められる乙女が、まだ見ぬ快楽に怯えるさまにも見えているかもしれない。

 ドレスの難解な紐に痺れを切らした男は、とうとうその紐を解くことを諦めてしまったらしい。僅かに眉を寄せた男が、やすやすとその紐を引きちぎる。ぶちぶち、とドレスが引き裂かれる音を聞いたソフィアは、酩酊する思考の中で、どうにか拒絶の声を囁いた。

「らめ、ぅ、や、やら、っあ、っ……!」

 たっぷりと男の唾液を含んだソフィアは、すでに呂律を壊されている。甘える雌の鳴き声を聞いたルイスは、ますますその目の黄金を色濃く輝かせ、熱い息をかみ殺した。

 彼は押さえ続けていたソフィアの両手を解放し、その手首に舌を這わせ、マーキングする犬のように舐めしゃぶっては甘い皮膚を吸った。じゃれつく犬のようにソフィアの肌を甘噛みしたルイスは、手を放されても抵抗することを忘れ、ただ彼の行動をぼんやりと見上げてくるソフィアの頬を撫でた。

 愛おしい恋人の肌を愛でるような仕草だが、呪いの力に身体を支配されたソフィアがそれを感じ取ることはない。
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