上 下
32 / 32

8話 命の時間と目に映る差異(1/6)

しおりを挟む
庭で走り回る子ども達の中に、ケトは居なかった。
おやつに呼びにきた俺は、四人が楽しく遊べていることを見てからケトの姿を探す。
やっと見つけたスライム少年は、巣と保育室の隙間にピタリと嵌っていた。
「おぉお!? どうした!? 出られないのか?」
「……出られる。……狭いとこが好きなだけ」
「そ、そっか……。それなら良かった……」
そういやシートにもそんな風に書いてあったな、と思い返しながらもう一度その姿を見る。
いや、うん。これ多分スライム姿ならそんな違和感ないと思うんだけどさ。
人型だとまずいだろ。そんな隙間にそこまでフィットしちゃってんのは……。
「他の子と遊ぶのは初めてってママさん言ってたもんな。疲れたか? うちの連中うるさいもんな」
皆良い子達なんだけどな。と言い添えると、ケトは小さく頷く。
お。ライゴ達の事は結構気に入ってくれてんのかな。
嬉しい気分で、おやつの誘いを口にしようとした俺に、ケトはポツリと呟いた。

「父さんが……帰ってこないんだ」
……んんん???
「……母さんは、もう諦めなさいって言うんだ……」
なっ、なんの話だ? 離婚か……??
「だから、母さんが働くことになったんだよ」
ああ、なるほど、ケトは今までずっと母親と二人で家にいたって話か。
「そうか。大変だな……。ケトも頑張ってるんだな」
俺が共感を示せば、ケトはコクリと小さく頷いた。
「皆と中でおやつを食べようか」
俺の誘いに、ケトは隙間からずるりと這い出した。

***

家政婦さんは、ドロッとした見た目と豪快そうな性格とは裏腹に、隅々まで掃除の出来る人だった。
「うわぁ……お部屋ピカピカ……」
瞳を輝かせたライゴの言葉に、シェルカも同じ顔でコクコク頷いている。
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ、おばちゃん明日から毎日来るからね」
スライムママ……タルールさんが、ライゴとシェルカの頭をデロンデロンした手(?)で撫でる。
二人はちょっとだけ驚いた顔をしたが、不快な感触ではないようで、大人しく撫でられている。
「お夕飯も作っておいたからねぇ、皆で食べておくれよ」
「ありがとうございます。ケトくんは今日一日皆と楽しく過ごせてましたよ」
俺は、ケトの今日の様子を書いたメモを出しつつ、ケトを振り返る。
ケトは少し恥ずかしそうにしながらも、スライム用の割烹着らしきものを脱ぐタルールさんのそばに寄り添った。
タルールさんにケトの今日の様子やこの先の保育方針について簡単に確認している間に、子ども達はわいわいと食卓に着く。
「ねぇ。ヨーへー、もう食べようよー」
「シェルカ、お腹すいちゃった……」
食卓に並んだ料理は俺の見たことのない物ばかりで、どんな味なのか想像もつかないが、出汁の効いた和食のような匂いは、それらがきっと美味しいのだろうと期待させた。
「お料理上手なんですね」
「あら、嬉しいねぇ。あたし達の分まで一緒に作っていいなんて言ってくれて助かっちゃったよ。ザルイルさんはいい人だねぇ」
タルールさんは、自宅へ持ち帰るらしい二人分の料理をひょいと掲げて言う。
「そうですね……」
料理はしっかり四人分作ってある。俺が子ども達の世話をしてる間に、ザルイルがそう言ったのだろう。
……俺の分は無くてもいいんだけどな。と、かさみそうな食費を申し訳なく思いつつ時計を見上げる。午後から仕事に行った家主は、帰宅が遅くなるだろう旨を告げていた。

***

「父さんおかえりなさいっ」
「お父さん、おかえりなさい……」
元気に尻尾を振るライゴも可愛いが、眠いのにぱたんぱたんと揺れるシェルカの尻尾も可愛いな。
「ああ、ただいま。お前達はまだ寝なくていいのかい?」
「もう寝るー」
「……シェルカ、寝てたとこなの……」
「おや、起こしてしまったのかな、悪かったね」
子ども達に出迎えられて、巣に降り立ったザルイルが食卓をチラと見てから俺を見た。
「ヨウヘイ……、食べずに待っていてくれたのかい……?」
俺は、お帰りなさいと挨拶をしてから答える。
「子ども達と一緒に味見はしましたよ。温め直しますね」
俺の言葉にザルイルは「それは私でもできるよ、先に子ども達を寝かせようか」と答えた。

小さな灯りがひとつきり灯された薄暗い寝室。
しんと静まり返った部屋の中、すうすうと寝息を立て始めるライゴ。
それを見つめる俺の頭の中では、ケトの呟きがぐるぐると回っていた。
『母さんは、新しい父さんを探してあげるって言ってくれたけど……。でも、ぼくは、あの父さんが好きだったんだ……』
新しい父さん。か。
俺の母親はどうだったんだろう。父さんと別れてから……。
もしかしたら別の人と結婚して、俺の知らない俺の兄弟がいたりするんだろうか。
父は母とは全く連絡をとっていないらしく、別れた後の母のことは何一つ聞いた事がなかった。

ああ、そうだ。ザルイルさんが食卓で待ってるよな。行かなきゃ……。

ザルイルはやはり、温めた料理の前に座ったまま、俺が来るのを待っていた。
「食べようか」
と笑ったザルイルが、俺の顔をじっと見つめる。
「……何か、あったかい?」
なんでもない顔をしてたつもりなんだが。
この人はそういう意味でも目が良いのかも知れないな。
俺は仕方なく苦笑して、今日のケトの話をした。
「離婚でしょうか……」
タルールさんから受け取ったシートには父親の名前が書かれていたが、その上に二重線が引いてあった。
「いや、おそらく死別だろうね」
俺の問いに、ザルイルがさらりと答える。
「死別……?」
「あの種族は男性の寿命が女性よりずっと短いんだ。確か五分の一ほどだったと思うよ。だから女性は生涯で何度も結婚する人も多い」
なるほど……。そんな可能性は考えてもいなかったな。
確かに人間だって女性の方が男性より長生きだし、人と全然違う異形の事だ、性別で寿命がまるで違うことだってあるだろう。
しかし五分の一ってことは、女性が百年まで生きるとしても男は二十歳で死ぬ感じか……?
そんなの男子はいつ結婚するんだよ。十で結婚したって十年もすれば死ぬんだろ?
ケトは五歳って書いてあったが……。
「ズライムの女性は二百回りほど生きるはずだから、あの子もまだまだ死にはしないよ」
俺の懸念に気付いてか、ザルイルが俺を励ますように温かく告げた。
ザルイルの言う一回りは俺の知る一年と二ヶ月弱くらいだから、まあ男子も四十年以上は生きるってことか……。
「ズライム達も晩婚化が進んでいるからだろうね。こんな風に子が小さいうちに父親が亡くなってしまう点は、最近問題視されているようだよ」
「……そうなんですか……」
……こんな異界にも来てるのか、晩婚化の波が……。
まあ、俺だって彼女の一人もないままこの歳だからな、人のことは言えないが。
できれば三十歳頃には結婚できるといいなと思ってはいる。
つか、ザルイル達の寿命ってどのくらいなんだ……?
チラと見上げれば、ザルイルとバッチリ目が合ってしまった。
「何だい?」
ザルイルは琥珀色の瞳を細めて、俺に柔らかく微笑む。
「ザルイルさんは……」
ザルイルには好きな人はいないんだろうかと。思いはしたが、そんなの俺が聞いていいような事じゃないしな。
「どのくらい生きる種族なんですか?」
尋ねれば、ザルイルは小さく笑って答えた。
「私もライゴもシェルカも、君が生きている間に死ぬ事はないよ」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

アップルパイ

わあ〜〜!!ヾ(*’O’*)/
とっても面白かったです!(≧▽≦) 夢中になって最後まであっという間に読んじゃいました!
徐々にケトに対するザルイルの独占欲(?)が出てきたり、ケトの人(?)たらしで、周りの人たちが今度どうなっていくのか気になります!
╰(*´︶`*)╯
これからも応援しています!✧\(>o<)ノ✧

弓屋 晶都
2022.06.23 弓屋 晶都

感想ありがとうございますー-っっ♪♪
混沌大小は今月来月執筆お休み中ですみませんー💦
ここからはちょっとライゴが大変なターンですが、また続きを書きますねー♪♪
楽しんでいただけて、私もとっても嬉しかったですーっっ!!!

解除

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

辺境左遷の錬金術師、実は人望が国王以上だった〜王国在住の剣聖や賢者達が次々と俺を追って辺境に来たので、のんびり最強領地を経営してみる〜

雪鈴らぴな
ファンタジー
【第4回次世代ファンタジーカップ最終順位7位!】 2024年5月11日 HOTランキング&ファンタジー・SFランキングW1位獲得しました! 本タイトル 国王から疎まれ辺境へと左遷された錬金術師、実は国王達以外の皆から慕われていた〜王国の重要人物達が次々と俺を追って辺境へとやってきた結果、最強領地になっていた〜 世界最高峰のスラム領とまで呼ばれる劣悪な領地へ左遷された主人公がバカみたいなチート(無自覚)で無双しまくったり、ハーレム作りまくったり、夢のぐーたら生活を夢見て頑張る……そんな話。 無能を追い出したと思い込んでる国王は、そんな無能を追って王国の超重要人物達が次々と王国を出ていって焦りだす。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。