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3話 放送室と部長 (16/20)

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通知が来ていたのは気付いていた。なのに見ていなかった。
僕がもっと早く確認していたら……。
生徒会長の池川陸空は、己の不手際を呪いながら廊下を駆ける。
彼女は今頃どんな思いで、どんな目に遭って……。
たどり着いた放送室には、鍵がかけられていた。

声をかけても開けられる気配はない。
陸空は扉に耳を当てる。
ミキサー室側の扉は防音ではない。
会話の内容は分からなくても、彼女の声が聞こえる事だけはハッキリわかった。
「ここにいるのに……」
焦りを浮かべた陸空が両腕を振り上げる。そこへ新堂が駆け込んだ。
「わーっ! バカやめろ! 本番前に怪我したらどうすんだよっ!!」
陸空は声を振り返り、振り上げた腕をじわりと下ろす。
「俺職員室からスペアキーもらって来っから、それまで絶対無茶すんなよっ!?」
踵を返した新堂の後ろで、カチャッと鍵の開く音がした。

開けたのはミモザだった。
「明石さん、暁さん……」
陸空は扉の向こうに二人の姿を確認して、ホッと息をつく。
その様子に、やはり空は会長だったのだとミモザは確信する。
「……二人は放送部ではなかったよね? どうしてここに……?」
状況判断をしようとする陸空。
ミモザは、彼の落ち着いた態度に胸を撫で下ろす。
自分が余計なメッセージを送らせてしまったせいで、揉め事にでもなったらどうしようかと思っていたが、それは取り越し苦労だったようだ。
安心のあまり、じわりと涙が滲む。
ここまでずっと気を張っていた、その糸が切れてしまった。
ヒョイと会長の後ろから顔を覗かせたのは新堂だった。
新堂はミモザを見て、明らかに顔色を変える。
遅れて部屋の中を覗いた新堂は、室内に飛び込み麗音を殴り飛ばした。

吹き飛んだ麗音が、ガシャンと派手な音を立てて窓際の椅子に叩きつけられる。
甲高いミモザの悲鳴と、アキの驚きの声。
「新堂!?」
陸空が慌てて二人の間に割って入る。
「何やってるんだお前……っ、利き腕で……っ」
言われて、考えてもいなかったというような顔で新堂が自分の拳を見る。
「……あ、ほんとだ。血が滲んでら。……俺、人殴ったの初めてだわ」
新堂の正気を確認した陸空が、素早く麗音に視線を移す。
「鈴木くん、怪我は……」
振り返った先では、アキが麗音の頭を膝に抱え上げていた。
「麗音さん、大丈夫ですか!?」
ミモザも落ちた麗音の眼鏡を拾って駆け寄り、怪我の程度を見ている。
「酷い……こんな……」
殴られた麗音の頬は痛々しく、既に色が変わり始めていた。
「ぅ……。た、多少……頭が揺れているが、まあ、大丈夫だ……」
その言葉にミモザがハッとする。幼い頃から転んで頭を打つ度両親に教えられた、転倒時、頭部損傷時の手順が鮮明に蘇る。
「部長さん、まだ起き上がらないでください。脳震盪の可能性がありますから、そのままの姿勢で。アキちゃん、部長さんの頭はその高さで上げたまま揺らさないでキープね」
「うんっ」
「私、保健室で氷もらってくる。意識がなくなったり、呼吸や心音がおかしくなったら先生を呼んでAEDを持ってきてね」
的確に支持されて、陸空とアキが頷く。

「……何だよこの空気。……俺は……また一人で勘違いして、先走って、迷惑かけただけだってのかよ……。……くそっ」
新堂が愕然と呟いた言葉は、どうしようもなくミモザの胸にも刺さった。
私もそうだと思う気持ちはあれど、話も聞かずにいきなり人を殴るなんて許されることじゃない。
こんなことをする人だったなんて。
ようやく見る目が変わってきたところだったのに。
裏切られたような気持ちを抱えて、ミモザは立ち尽くす新堂を大きく避けて部屋を出た。

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