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プロローグ

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ボク、佐々田《ささだ》京也《きょうや》は空気が読めない。
だから時々、失敗してしまう。
 
君ならこんなとき、なんて答える?
 
友達に「俺バカだからさー」って言われたとき。
 
気になる女子に「私ちょっと太ったんだよねー」って言われたとき。
 
ボクは友達の亮介《りょうすけ》に「俺バカだからさー」って言われた時「そんなことないよ、こないだのテストもボクより点数良かったし」って励ましたら「ただの自虐ネタだって、そんな本気で答えんなよ、引くわ」って言われたんだよね……。
 
だから、米倉《よねくら》さん……隣の席の可愛い子なんだけど、米倉さんに「私ちょっと太ったんだよねー」って言われた時は「あはは、そうかもね」って笑って答えたんだ。そしたら亮介が慌てて「んなことねーって、米倉さんすげー細いって」なんて言うんだよ。
 
どうやら、ボクはどっちも失敗しちゃったみたいだ。
 
「なーんでお前はそんなに空気が読めねーんだよ」って亮介が言ってたけど、そんなのボクが知りたい。
 
ボクだって頑張って色んな正解パターンを覚えようとしてるんだ。でも同じ言葉なのに言い方とか相手との関係とかで答えが変わったりするんだもん。そんなのわかんないよ。
 
 
 
 
――でも、こんな風に悩んでたのも、もう過去のこと。
 
だって、今のボクには相手がどんな気持ちなのかハッキリ『読める』からね。
 
***
 
 
小学生最後の夏休み。
ボクは一人、おじいちゃんとおばあちゃんが住む田舎に来ていた。

本当はボクだって、友達とプールとか映画とか夏祭りとか、そんな風に夏休みをエンジョイしたいよ?
でも、あれから……亮介がボクの空気読めない発言をフォローしてから、亮介と米倉さんはよく話すようになって。夏休みに入る直前、亮介が「俺、米倉さんと付き合うことになった」って言ったんだ。

ボクは付き合うとかってよく分からないけど、とにかくおめでたいことだと思って「よかったね、おめでとう」ってお祝いした。そしたら亮介は「お前は空気読めねーからはっきり言っとくけどな」と前置きをして「俺らは付き合いたてのカップルなんだからな、夏休みの間くらいは遠慮してくれよ?」とボクをめんどくさそうに眺めて言ったんだ。

「遠慮って?」
「だーかーらっ、映画とか夏祭りとか、俺と行く予定だったろ?」
「うん」
「そーゆーの、全部キャンセルって事な!」
「えええっ!?」
「俺は彩ちゃんと二人で行くから、京也は別のやつと行けって事!」
「そんなぁ……」

楽しみにしていた夏休みの予定の数々が、いきなり白紙になってしまって、ボクはとぼとぼと家に帰った。

そしたら、家におじいちゃんがいたんだ。

「おんやぁ? どうした京也、元気がねぇなぁ」
「あれ? おじいちゃん? どうしたの? 来るなんて聞いてなかったよ」
「隣町まで行っとったんじゃが、風が強うなってきたけぇの、今夜はここに泊めてもらうことにしたんよ」
「ふーん、そうなんだ」
おじいちゃんの話によると、今夜は台風がこの辺りを通るらしい。
言われてみれば外は風が強かった気がする。ボクは落ち込んでいてそれどころじゃなかったけど。
ボクが二階に上がろうとすると、キッチンからお母さんが手招きで呼んでいた。
「こら京也、おじいちゃんにそんな言い方失礼でしょ。ごゆっくりってお茶を出してきてちょうだい」
お茶とお菓子が乗ったおぼんを渡されたので、ボクは言われた通りに出してくる。
なんかボク、おじいちゃんに失礼なこと言ったっけ?
首をかしげながら「ごゆっくり」と言うと、おじいちゃんは笑ってボクの頭をガシガシ撫でた。
「京也は、夏休みの予定はよけぇあるんか?」
「?」
「おじいちゃんは、予定がたくさんあるのかって聞いてるのよ」
ボクが返事に困ってると、お母さんが来て通訳してくれた。
「予定……昨日までいっぱいあったんだけど……無くなっちゃったんだ」
しょんぼり答えると、おじいちゃんは「ほーかほーか、ほんならわしと一緒に田舎に来ぇ」と言った。

そんなわけで、いつもならお父さんとお母さんと妹と一緒に行く田舎に、ボクだけ一足早く、おじいちゃんの運転する車に乗って来てしまったんだ。

田舎って言っても、そこまで遠いわけじゃない。
家から車で三時間かからないくらいの場所だ。
でも、駅が遠くて、バス停もなくて、コンビニもなければスーパーですら自転車で二十分はかかる。
まわりに子どもも住んでないし、公園だってこの辺りにはない。

だからボクは、昨日も今日も、畳の部屋で寝そべって家から持ってきた漫画を読んでいた。

「京也は外で遊ばんのか。セミがよけぇおるが」
「外は暑いし、ボク虫はあんまり……」
「京也は漫画が好きじゃのぅ」
「うん、大好きだよ」
「ほんなら、川向こうの神社に連れてってやろうかの」
「神社?」

「漫画の神様のおやしろがあるけぇの」
おじいちゃんはそう言って、ニッと笑った。
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