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第1話 赤い宝石 : 困っている人は放っておけない。そんな彼に手渡された赤い宝石。

4.一夜明けて(3/4)

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デュナが真っ先に飛び込む。
その右手は白衣の中に差し込まれている。
魔法が使えずとも、他にいくつもの攻撃手段を持っているデュナは、やはり私達にとって頼れる存在だった。

私達が部屋に入ると、デュナが部屋の中央で、手紙のような物を握り立ち尽くしていた。
「読んでみて」
手紙を私に渡すと、デュナは慎重に辺りを見回し始める。
言われたとおりに手紙を開くと、そこにはあまり綺麗でない文字で走り書きが残されていた。
少なくともスカイの文字ではない。
彼は私達のうちで一番字を綺麗に書ける人だった。
「なんて書いてある?」
床から目を離さずに、デュナが問う。
フォルテはじっとこちらを見つめている。
手紙の内容は単純で明快だった。
「スカイを返してほしくば、石を持ってココまで来い。って地図が添えてある……」
つまり、スカイを攫った人の狙いは、あの赤い石だという事だ。
石を奪う為に私達に眠り薬を盛って、眠ったところをこっそり持ち出すつもりだったのだろう。
昨夜のバタバタという足音がそうだったのだとしたら、三、四人はいただろうか。

しかし、デュナの周囲には電撃結界が張られていたし、私とフォルテに至っては、不在だったわけだ。
昨日の様子では、全員がスープをすべて飲んだように見えただろうし、相手は驚いたに違いない。

昨夜のドスンという物音は、誰かがデュナの結界に弾き飛ばされた音だったのか……。

床に屈みこんでいたデュナが、立ち上がりこちらを向く。
立ち上がった拍子に、やはり腰が痛むのか手を当てていたが。
「とりあえず争った形跡も無いし、人質にされてる以上、スカイはまあ、無事でしょうね」
横からデュナが、手紙に書かれている地図を覗き込む。
とても簡易的な地図だったが、分からない事はなさそうだ。
「むしろ、あいつはまだ寝てる可能性の方が高いわ。三杯も飲んでたもの」
呆れたように言うデュナの言葉に、ホッと肩の力が抜けるのを感じる。
量的に、飲みすぎは危険ではないかという考えも一瞬浮かんだが、スカイなら大丈夫な気がする。根拠はないが。
いや、小さい頃からデュナの実験につき合わされ続け、何度も倒れ、何度も吹き飛ばされ、その度に立ち上がってきた彼だ。
その事実こそが、何よりの根拠になるのではないかと思えた。

「時間の指定はないわね」
デュナが確認する。
「そうだね」
「それなら、ショップで回復アイテムを買ってから行きましょう」
「うん……けどお店が開くまでまだ時間あるよ?」
「そうねー……」
デュナが顎に手を当てて視線を上のほうへ投げる。
と、なんだか申し訳無さそうにフォルテが声をかけてきた。
「ラズ、スカイは大丈夫なんだよね?」
「うん、多分ね」
それを聞いても、まだフォルテは何か言いたそうだった。
「どうかした?」
「あのね……お腹、減らない?」
もじもじと恥ずかしそうなフォルテは、たまらなく可愛らしく、抱きしめて頬擦りをしたい衝動を堪えるのに苦労をしてしまったが、私の胃は、まだ昨日の豪華な食事が若干もたれている感じで、素直に同意できない。
「うーん……」
私が返事に困っていると、デュナがきっぱり言い切った。
「減ったわね。 朝ご飯も食べて行きましょう」
食べ終わって即寝だったにもかかわらず、
彼女の体はもう食べたものをすべてエネルギーに変えてしまったのか……。
なんとなく、この違いがプロポーションに影響しているのかも知れないと思わされた。
一人、拘束されているであろうスカイをおいて、のんびりご飯を食べてもいいものなのか、とも思うが、ショップは十時まで開かないだろうし、デュナの現状を考えると回復なしでは向かえない。
それまで待つなら、確かに何をしていても同じだろう。

大きな町では、冒険者が多いこともあってか、朝から外食をする人が多く、大衆食堂や軽食屋さんは朝早くから開いている。
「このお屋敷、もう誰も居ないの?」
フォルテの疑問は、私も思っていた事だった。
七時を過ぎても、屋敷には人の気配がまったくない。
大方、本当の使用人達は揃って暇を出されたか、犯人に強制的に追い出されたか……。
後者では、追い出された使用人達に通告されて罠にならないだろうし、前者なのだろう。
だとしたら、使用人達に暇を出した、この屋敷の主は今どこに居るのか。
本当に出張だったのなら良いが、最悪、スカイのように敵に捕まっている事も考えられる。
「そうね……使用人達は敵の変装だったみたいだけれど、コックさんは居るかもしれないわね」
デュナがいい事に気付いたとばかりに、ニヤリと微笑んだ。
「昨日の料理の味はそれなりだったもの。この屋敷のどこかにふん縛られて転がされてるんじゃないかしら」
コックを探し出すつもりなのか、デュナがきびすを返して部屋を出る。
話を聞いたフォルテも、瞳を輝かせて後を追う。
どうやら、かくれんぼか、宝探しのつもりらしい。
もし万が一、口封じのために殺されていた場合を考えると、
フォルテには探してほしくないのだが、可能性としては、極めて低いだろう。
死人が出れば、治安管理局が動く。
そもそも、殺してでも石を奪おうとする相手なら、こんなまどろっこしいことはしてこないだろうし……。

二人の後をついて屋敷を歩く。
フォルテは、そのふわふわのプラチナブロンドをなびかせて、キョロキョロと辺りを見回している。
この子が、もし昨夜トイレに行こうと誘い出してくれなかったら、私達はあの時、犯人と対面することになっていた。
殺されなくても、怖い目に遭っていただろうし、攫われていたのは私達だったかも知れない。
私達が難を逃れられたのは、本当に、運がよかったとしか言えなかった。

フォルテの幸運に救われたのはこれが初めてではない。
今までにも、転んだフォルテに駆け寄ったら落石を逃れたりだとか、そういった経験をしている。
境遇こそ幸せとは言い難い子だったが、不思議と運には恵まれていた。

「ラズ?」
フォルテがこちらを振り返る。
十分に幅のある廊下にもかかわらず、私がいつまでも後ろにいたのが気になったのだろう。
「うん」
慌てて隣に並ぶ。
そんな私を見上げて、フォルテは可愛い笑顔で言う。
「コックさん見つけて、お料理作ってもらおうねっ」
……二人の張り切る理由が、とてもよく分かった。
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